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パストラミ。

Dsc_0829_2  今日で夏休みが終了。

 といっても、今週は夏期講習をやっていた。

 (事情あって一週間遅らせたのだ。)

 公立校は今週アタマから2学期が始まっているところもある。

 勤務校の目の前にある新宿区立の小学校もそう。

 三重県や横浜市の公立高校にお勤めの歌人の先輩方の学校も始まっているようだ。

 なんだかせわしない。(猛暑のため休暇を延期、ということにはならないかなあ。)

 写真は、〈ルノアール〉新宿三丁目店にて。

 パストラミビーフとハニーマスタードのサンドウィッチ。

 これを夕食にしつつ、『河骨川』読書会。

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レッド。

Dsc_0823 田中教子さんから「なづのき」5号をお送りいただく。

 寄稿(招待作品)として、黒瀬珂瀾さんの10首がある。いい一連だったと思う。

余したる離乳食わが白米にかけて済ませし朝餉のあはれ

しばらくを付ききてふいにそれてゆくカモメをわれの未来と思ふ

われはわが生を知るのみまひかりの奥海底へ下りゆく水深計(レッド)

などの歌。

 レッドはおそらく、lead (鉛)であるのだろう。よく使う単語だし、発音問題でもよく出題される。いい響きのする単語だ。

 写真は、宅配パエリア店〈VIVA パエリア〉のもの。なかなかうまい。

 電話一本で、こんなものが来るのだから、商売とはいえ恐悦至極である。

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かのときに。

Dsc_0730

 「短歌研究」9月号に、宮英子さんの作品が15首が載っている。

かのときに手握られたるあたたかさそのまま七十年ひとりごころに

九十五歳生きながらへてなほすこやか。この置いてけぼり誰を恨まむ

など、95歳!の感懐が述べられている。

 95歳というご年齢には、!をつけるのは失礼なのかもしれない。

 でも、やはり、95歳で歌を詠み続けていることには!がつくように思う。

 自分の70年前の過去(それも成人してからの)を覚えているうとは、どんな心境なのだろうか。

 写真は、中野〈コパン〉にて。

 野菜たっぷりのリゾット。

 もっと塩胡椒を振ってしまえばそれなりにまとまるところを、抑えてあるようだ。

 それによって、素材をよく味わえるようにしてあるのだと思った。

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バッカス。

Dsc_0778 写真は、オーバカナル紀尾井町にて。

 AUX BACCANALES。

 AUX と書いて、オーと発音するのだから、フランス語はセクシー。

 いや、漢字の方がセクシーかな。

 les Bacchanales は古代ローマの宗教的なお祭り バッカス祭を指します。 
 3月16日〜17日にローマのアヴェンティヌスの丘で 女性だけの間で密かに行われていました
転じて 「喧噪」「乱痴気騒ぎ」という意味にもなります。

解説してあるページもあって、ありがたい。

 羊肉の煮込みとクスクス。美味。 

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服部さん。

Dsc_0736 今年の短歌研究新人賞は、鈴木博太氏。

 ちょっとやり過ぎで、おもしろいとは思うけれど、楽しめない感じ。

 新人賞とはそういうものであるかもしれない。

 私は、服部真理子さんの30首の方がずっといいと思った。

(お二人以外は30首掲載されていないので、他の作品と比較できない。)

 テーマや時期とは関係なく、修辞レベルの高さと外連味のなさ、何もないところから一首を作り上げられるかは、とても大切なことだと思う。

向こうという言葉がときに外国を指すこと 息の長い水切り

窓際で新書を開く人がみな父親のよう水鳥のよう

花曇り 両手に鈴を持たされてそのまま困っているような人

「春だね」と言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる

行くあてはないのよあなたの手をとって夜更けの浄水場を思えり

などが特によかった。

 ここに、本人の実物の人間像(個人の情報)が重なるともっと説得力が増すだろう。

 もっともっとベタに作っても、芯があるから大丈夫だと思う。でも、やはり綱渡り的レトリック方に行っちゃうのかなあ。

 今後も楽しみにしています。

 写真は、中野〈コパン〉のクリームチーズのプリン。濃厚ですばらしかった。

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イートイン。

Dsc_0740 きのう、イートインという言葉を書いた。

 なにかもやもやして確認。

 英語では、やはり eat in は「自宅で食事をする」の意味。

 eat out (外食する)の反対である。

 eat-in という形容詞も発見。

 (米)〈台所が〉食事もできる大きさの、食堂兼用の、

とジーニアスにある。

 和製英語はかまわないけれど、英語での意味が逆になるのは困るなあ。

 写真は、〈築地銀だこ〉の「ねぎたこ」。

 さいきん、銀だこは、かなりの実質値上げをした。

 8コ600円が、6コ500円に。

 小麦粉の価格高騰のせいなのかなあ。こういうところに、じわじわと世界経済の影響があるのかなあ。

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夫と違ふ。

Dsc_0745 「棧橋」111号の柴田佳美さんの作品に、

・ヤマト便佐川急便 夫と違ふ逞しき腕われに差し出す

があった。ストレートでいい歌。

 これで思い出したのが、「佐川萌え」という言葉。

 歌のとおりで、説明は不要ですね。

 同名の本もあるらしいし、「佐川男子」というタイトルの写真集もあるらしい。

 柴田さんのお話だと、宅配のミネラルウォーター30リットルを軽々とかかえてくるドライバーさんがいるそうだ。

 佐川急便の人はたしかに、いつも走っている印象もある。

 写真は、神戸屋のパン。夏野菜を乗せたピザ風のものと、キタアカリがごろりと入っているもの。こういうのが好き。

 東京メトロ東西線、高田馬場駅にてイートイン。いわゆるエキチカですね。エチカかな。

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トェルビ。

Dsc_0663 このごろときどき、トェルビを見る。

 TwellV のつづりがややこしい。

 BS12チャンネルで、千葉ロッテの試合をよく中継してくれるところ。

 地上波の番組はくだらないものが多すぎる。

 そこで自動的に録画しておいたものを見ることにしている。

 さいきんでは、「中国 麺ロードを行く」がおもしろい。

 宮柊二の足跡を追った山西省旅行のような、観光では行かないふつうの田舎町で、ローカルな麺料理を食べて紹介する番組。

 地上波で見たこともない女性リポーター(ただし、中国語ができる)があれこれと取材する。

 「アジアHOTプレス!」もいい。

 高田純次がチェンマイにいったり、プサンに行ったり。

 両番組とも、地上波ではない視線が、ちょっと短歌的というか、ミニコミ的というか、お偉いさんのフィルターを通していない、ナマの具体むき出しの映像がいい。

 写真は、〈すき家〉のうな丼ふたたび。

 この夏、なんどか食べた。そのたび、形状が違う。あたりまえだけど。

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かたよらないこころ。

Dsc_0729  写真は、いつもの中野通り〈コパン〉にて。

 〈ピッツェリア・コパン〉と看板を出しているだけあって、ピザがとくにうまい。

 週末は、具(というのか?)を選べる。

 スモークサーモン、ベーコン、茄子、黒オリーブ、ほうれんそう。

 とりとめなく適当に。

 そういう大雑把で直感的でこだわらない選び方でいいのだ。にんげんなんて。

 かたよらないこころ こだわらないこころ とらわれないこころ ひろくひろく もっとひろく それが般若心経 空のこころなり

 と言うのが、書斎の壁に貼ってある、高田好胤さんの「般若心経のこころ」。

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ソイ。

Dsc_0442 某日。

 スターバックスコーヒーで、ソイソイフラフラみたいな名前の冷たい飲み物をオーダー。

 写真のカードを渡された。

 豆乳系ドリンクを頼んだのだ。

 豆乳は、英語でソイ(大豆)ミルク。そのままやんけ。

 (イギリスでは、ソーヤ (Soya) という商標名で呼んでいたけど、一般的なのかどうなのか。)

 もし私がそういう牛乳アレルギーだったら、安心である。

 ただし、この豆乳の大豆が「遺伝子組み換えでない」とはどこにも書いていない。

 ちなみに、私は、牛乳の中の乳糖を消化する酵素がないの、ときどき豆乳を飲む。

 シリアルにかけるのも豆乳である。

 紀文の調整豆乳だけれど。

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毛利ひいなさん。

Dsc_0394  高野公彦『河骨川』には、故・毛利ひいなさんへの挽歌がある。

・〈静かの海〉よりも寂しく在さむか子を逝かれたる毛利朋子氏

・柳川で出会ひし毛利ひいな氏の若くかがやきをりしよ、その日

・歌は人を救ふと言へど筑紫の子毛利ひいなを救はざりき歌は

の3首がある。

 それぞれ、一首おいてひっそりと置かれている。

 毛利ひいなさんは著名な歌人ではない。だが、われら「コスモス」「棧橋」のたいせつな仲間だった。はつらつとしていた。何かいつも発するものがあった。それが重かったのかどうか。

 ひいなさんは、私と同い年だった。

 福岡で英語の教員をしていたこともあり、東京で丸善の店員さんをしていたこともある。

 私の佐賀での用事のあと、福岡でふたりで昼食を食べたことが一番の思い出。

 高野さんは意図していないだろうけれど、高野さんの歌集に名前が載ることは後世の人もその名前を読むということになる。

 歌人に対してこれ以上の供養はない。

 ときどき思い出していますよ。毛利さん。

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チェリオ。

Dsc_0717 写真は、チェリオ。

 もうすぐ半世紀かあ。

 家の近くの自販機にあった。

 高野公彦『河骨川』に、

・夜の更けの路地の行く手に点りゐて旅亭の如く親(した)し自販機

があった。これはいい歌だ。

 他にも自販機をテーマにした10首もある。

・自販機に影来て・(ぽつ)を押したらし霜夜にひびくごろんといふ音

などがいい。その他はやや作意の透ける歌かもしれない。

 なぜか、チェリオは郷愁を誘う。

 駄菓子屋にあったからだろうか。

 独立系の会社といっていいのだろうか、流通が大手とは違う感じがする。

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「棧橋」111号。

 今日が「棧橋」111号の批評会@竹橋。日本教育会館。

 ふだんは8月最終日曜日なのだが、来週は短歌甲子園がある。という事情で、繰り上がった。

Photo  

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ロキソニン。

Dsc_0703  「棧橋」111号を読んでいる。

 歌としての良し悪しが一番大切。

 だが、なかなか会えないメンバー同士の近況を知り合う側面もある。

 福岡の藤野早苗さんに、

・おそろしきまでに凝りたる背筋を宥めんとして飲むロキソニン

という作品があった。

 私もこのごろ肩凝りがひどい(痛い)ので、試しにバファリンを呑んでみた。

 ロキソニンよりも穏当なものだけど。

 効いたような気がする。

 ここ数年は、熱が出たり喉が痛くなったりすると、ためらわずに鎮痛薬を呑む。

 根治しないとわかっていても、なんとなく時間を稼いでいるうちに治ってしまうような気がする。喉が痛くては授業にならないし。

 写真は、スタバのサラダラップの能書き。

 根菜は英語いうと、ルート・ベジタブル。そのままやんけ。

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フード・インク。

Dsc_0626 DVDで、「フード・インク」(ロバート・ケナー監督)を見た。

 「いのちの食べかた」とは違って、諸方面でのインタビューが中心。

 説明が丁寧で、政治的で、激しい。

 なかでも、農家がどうやって大企業に取り込まれてゆくかの実例は恐怖映画のようであった。

 つまり、大企業が農家と専属契約を結ぶ、

→大規模な機械化で事業を拡大させられる(農家は収益が上がってうれしいが、とうぜん借金もする)

→さらに機械に投資させられ借金漬けになる

→断れば契約を打ち切ると脅す

→契約を打ち切られたら借金を返せないので、企業の言いなり(奴隷)になる。

という図式。

 また、モンサント社が遺伝子組み換えの大豆などの特許を振りかざして、無関係の農家にまで圧力をかけてゆく実態もあばかれる。

 農業の工業化、システム化の恐ろしさ。アメリカだけの話とも思えない。

 これも道徳の授業で見せたい。

 写真は、中野〈コパン〉のパスタ。オクラとベーコン。 

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恃むごとくに。

Dsc_0685_2  大島史洋さんの『遠く離れて』の後半には、お母さまの介護で頻繁にふるさとの中津川に帰られる歌がある。

 認知症で、90歳で亡くなるご母堂。

 若い歌人の、もっと技巧とヒネリを効かせた世界も短歌。

 だが、こうした人生にしっかりと貼りついた事実を歌ってゆく歌を読むのも短歌に関わるすばらしいところ。

 必ずしも数は多くないし、ことさらに独創的でもないのだが、やはりいい歌だと思う。

 書き留めておきたい。

・耳遠き父がするどく母を叱るおのれの声を恃むごとくに

・いくたびも静かだねえとつぶやける母の心を乱すべからず

・背後より母を支えて こんなにも母のからだに触れしことなし

・中津川行き先頭車両にわが立ちて線路を見つむ死者に会うべく

・母の死をさして思わぬ感情の不可思議さ母はすでに死にいき

など。

 いつか大島さんからきいた話を思い出した。

 自宅で自分のペースでゆっくりと食事をしていたら、もっと長生きできたかもしれない。

 介護施設で、集団のペースに合わせてせかされながら食事をさせられたから、「誤嚥」という事故が起こり、死期を早めたのだと。

 写真は、無印良品の製品。わざわざイタリアから運んできたという。ありがたい。フードマイレージを気にしつつ食べる。いい商品。

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字を書かぬ。

Dsc_0692 大島史洋さん『遠く離れて』にこういう歌がある。

字を書かぬ手の神経の衰えを人は言いしが身に沁みて知る

 そういえば、長い文章を手書きすることはない。

 一番長いのは、毎月の朝日カルチャーの添削だろうか。

 数えてみたことがあるのだが、3首と総評で400~500字くらい。

 それを10名弱。

 水性ボールペンか万年筆で書く。

 散文を書くときには、横書きの画面でないと落ち着かない。

 いつのまにそうなっているのだ。

 写真は、家の近所の〈ロイスダール〉にて。

 カルピスと苺のムース。懐かしい味がした。 

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『遠く離れて』。

Photo  大島史洋さんの『遠く離れて』(ながらみ書房)。

 小学館を退職されたあたりからの歌。

 大島さんならではの、無理をしない表現から、おかしみやさびしさが染み出てくる歌。

 詰め込んだり、仕掛けをしたり、物欲しそうなところが全くない、潔い余裕の歌と言った感じがする。

・ホチキスの部分をちぎりシュレッダーに十年分の書類を捨てる

・アパートに住みし日あればアパートを見つつ間取りを思うときあり

・出できたる古き写真につくづくと死者を数える吾が目はありぬ

・折々にわが思い出す写真あり納豆を食う高見山の髯

・後ろ手に歩めばこの世の顛末を見抜いたような顔つきとなる

 などなど、いいと思った。

 装丁は、花山周子さん。この人の絵と装丁はとても良くとても好みである。

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いのちの食べかた。

Dsc_0676

 DVDで「いのちの食べかた」(ニコラウス・ゲイハルター監督)を見た。

 (アマゾンのお勧めに乗った衝動買いだけれど、これはよかった。)

 たんたんと進んでゆく映像は、ときに付属のガイドブックを見ないと何のことかわからないほど暗く想像を超えていた。

 必ずしもショッキングに撮っているわけでなくても、ひとつひとつの行程が、だれかが知恵を絞って作りだしたシステムの中のものだと思うとおそろしい。

 2学期の「道徳」の授業の教材にする予定。

 手渡しできる方にはお貸しします。 

 写真は、しばらく前にいただいてとっくに飲んでしまったお酒。

 愛知県のお酒。蓬莱泉(ほうらいせん)のブランド「空」。すごーくおいしかったです。

 こんなうまいお酒には「いのちの食べかた」が入りこむ余地はなさそう。

 ありがとうございます。 

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困ってる。

Dsc_0586 『困ってるひと』つづき。

  基本は闘病記であるけれど、もっと広く、社会や制度との格闘に傾いてゆく。

 序盤は病状の説明が多く読み応えがあったのだが、じょじょに筆が滑ってゆくのが残念。

 おもしろおかしく書けることに作者が気付いてしまって、その路線に行ったのだろう。

 もっと深刻な書き方があるのだろうけれど、それでは売れないと編集者側が判断したのだろうか。

 なんだかんだ言いながら、すさまじい行動力であって、リアリティに欠ける気もする。

 というのは、内容だけからの判断であって、作者の一瞬一瞬を思うと想像が止まるほどだ。

 とにかく、シャバに出られてよかったです。応援します。

 写真は、練馬のカフェ〈ココトモ〉にて。

 大根のトーズケーキ。

 すりおろした大根が入っていて、シャキシャキした食感。

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『困ってるひと』。

Dsc_0664 大野更紗『困ってるひと』(ポプラ文庫)を読んだ。

 この夏、国語の先生の中学1年生へのイチオシ。

 ブログでちらっと読んだことがあるけれど、そのままになっていた。

 著者は、上智大学外国語学部の後輩にあたる。(彼女はフランス語。)

 ビルマ女子と呼ばれていたとか、村井吉敬先生の名前がでてきたりとか。

 私も、中韓の留学生とつきあうサークルに入っていたし、そういうアジア好きの人の周辺にいたので、雰囲気はわかる。

 (アメリカ・英語関係、言語学・日本語関係の授業が多かったし、短歌もやっていたから、それほど深入りはしなかったのだが、そういう知り合いは多かった。)

 お客さんより主催者側のが多い講演会を何度もやったしなあ。

 昔話になってきた。すいません。(つづく)

 写真は、勤務校のゴーヤーのカーテン(みどりのカーテン?)の収穫物。

 担当者から、ありがたくいただく。 

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342。

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 「合歓」57号の高野公彦インタビュー。

 最後に、高野さんのエロスについてふれたところ。

 こういう発言がある。

僕はねえ実はアブナイ人物なんですよ。どこへ行っても女の人のどこかを見ている。じろじろ見ているというんじゃないけどそれを帰ってから思い出して作っているんです。

 まあ、本当のアブナイ人物はこういことを言わないわけだけれど。

 つづいてエロスについて、

 僕が思い出すのは上田三四二さんですね。あの人の歌は好きでね。あれくらいまでなら許されるかなと。第二の上田三四二を目指している、といったら上田さんに叱られるかな。

 大きなヒントをもらったような気がしている。

 写真は、CoCo 壱番屋の「チキンと夏野菜カレー」(1辛)、ご飯200グラム。

 オクラのねばねば感がカレーと合っていた。プチトマトにも火が入っていていい。

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合歓。

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 「合歓」57号(2012.7) に、高野公彦へのインタビューが載っている。

 久々湊盈子さんは、歌やエピソードなどをよく調べてある。

 高野さんが気持ちよく話しているのがわかる。

 その中に、オートバイの話があった。

 作品にあるとおり、高野さんは、250ccや400ccのバイクを愛用していた時期がある。

 だが、ある時期に4、5台を同時に所有していたとは知らなかった。

 高野さんは市川市の巨大なマンション団地にお住まい。

 いまは中庭に3階建ての大きな駐車場ができてしまったけれど、それまではかなりかってな駐車・駐輪スペースがあったようだ。

 身近にいるとわざわざ聞かないことが多い。

 インタビューという形式で怖いものなしであれこれ聞いてくれる人がいると、意外なエピソードが聞き出せたりするものだ。

 写真は、先日の〈つな八〉のつづき。

 小海老のかきあげと穴子。見てもなんだかよくわからないけれど、すごくうまかった。

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わかる気もする。

Dsc_0431 きのうの柔道のつづき。

 柔道や剣道の何が嫌なのか。

 私は中学のときに剣道部に入っていた。(いちおう初段。だが、そのあとすぐに止めた。)

 柔道は中3の一年間だけ授業でならった。

 先生方には恵まれたと思う。

 だから、生徒の言いたいことはなんとなくわかる気がする。

  激しい運動が嫌いなわけではないだろう。厳しい躾が嫌いなわけではないだろう。サッカー部や野球部は盛況なのだ。

 うーむ。

 写真は、新井薬師前〈富士そば〉の、冷やし肉富士。

 温泉卵まで入っていて濃厚でパワフル。

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柔道。

Dsc_0646 オリンピックの日本男子柔道の成績がよくなかった。

 ふと1学期の授業を思い出す。

 Do you like math? や Do you like biology? などと、教科名を使った口頭練習のとき。

 Do you like judo?

と訊くと、なぜか生徒たちはムキになって大声で、NO!!! と叫んだのだった。

 教えている3クラスすべてで。

 勤務校には週に1時間、柔剣道の選択授業がある。

 1学期はお試し期間で、隔週でどちらかを受講。

 担当者はきちんとしている人なので、担当者の問題ではないはずだ。

 もしかすると、柔道(そして剣道)という競技(というか形式、というか存在)が、生徒にウケないのかもしれない。

 写真は、新井薬師前駅の前にある〈RYOMA〉にて。

 特級煮干醤油味の、とりちゃーしゅー。

 濃厚な魚系の出汁の味と香り。これこそ日本料理といえる。 

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わさわさ。

Dsc_0634  中野のマルイが復活してどれくらい経つか。

 旧店舗のときもその中の〈つな八〉が好きだった。

 わさわさとしていて、どの席からも、店全体が見えた。

 どの席からも揚げている様子が見えるレイアウト。

 年齢層の高い大衆食堂といった感じだった。

 今は、価格帯は変わらないのだけれど、もう少し高級なイメージ。

 お客さん同士がなるべく見えないようになっているようだ。

 それはそれでいいのだけれど、少しさびしい感じもある。

 ただし、相変わらず白米がおいしい。

 同じフロアのどの店よりもコスパは高いと思う。

 写真は、定食の初めに出るエビ、キス、それとこの日は茄子。

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相性。

Dsc_0552 写真は、(今日も)中野のピッツェリア〈コパン〉のもの。

 オクラとアンチョビのピザ。

 おそらく年に51週あるうち、25回はこのお店でピザを食べている。

 それでも、まったく食べ飽きない。

 それは、私がチーズ好きであることもあるし、この店のチーズとの相性もある。

 自宅から近いこともあるし、お店の雰囲気がいいこともある。

 しかし、一番の理由は、強烈な個性を主張していない、つまりシンプルだからではないか。

 イタリア人にとってはたぶん、うどんや素麺のようなもの。

 まいにちでも食べたくなるものが、ほんとうにおいしいものなのだ。

 茂吉は退屈だけれど読み飽きない、という境地と近いかもしれない(と強引に言ってみる)。

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マルコメ。

Dsc_06331 高田馬場駅戸山(とやま)口。

 西武新宿線を降りたところに、マルコメの東京支社がある。

 いつのころからか、写真のような車が停まっている。

 営業が朝7時半からで、いつもは横目で見て過ぎるだけ。

 この日は夏休み中。

 すこし遅く出勤したので、試しに寄ってみた。

 具をネギ(無料)の他に2種類選んで100円。

 紙コップに入った味噌汁を、マドラーでまぜながら、立ち飲みカフェスタイルで飲む。

 さすが、おいしい味噌汁。

 なんか、気持ちがすっきりした印象。

 人件費の方がかかっていると思うけれど、新しいライフスタイルの開拓ということでいうと、いい投資だと思う。

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髭を剃る息子。

Dsc_0439 米川千嘉子さんには息子さんを詠んだ秀歌が多い。

 同じ「息子」としてギョッとするというか、ハッするというか。

 栗木京子さんや川野里子さんとお話するときにも、私の「息子性」を感じることがある。

 これはじょじょに前田康子さんや江戸雪さんにも感じつつあること。

 それぞれ、まっさらな母親としての受け止め方と、歌にするときの表現の仕方は違う。

 先達があると知っていれば、表現方法も変わってしまう。

 これはちょっと辛いことだけれど、表現者としての時間軸に乗っている以上、しかたないことでもある。

 『あやはべる』に、

・いつよりか恥づかしがらず髭を剃る息子がをりぬ五月の鏡

 いやあ、いい歌だと思う。

 私じしん、なんとなく母親に揶揄されながら髭を剃っていた時期があったように思う。

 そのときにしか詠めないことを詠む。まさに短歌の得意技を生かしたすごい一首だと(ずっと息子の私は)思うのであるのである。

 写真は、新大久保〈栄寿司〉にて、穴子とイカゲソを一貫づつ。

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重苦しい。

Dsc_0623 米川千嘉子『あやはべる』(短歌研究社)を読んでいる。

 一首一首、知的で濃い考察があり、それを詩的に屈折させているから、読み応えがある。

 しかし、例えば『燕麦』や『河骨川』と比べて、とても頭を使う。

 (吉川さんや高野さんの歌は心を使うというのかな。)

 それは、米川さんの歌は字余りが多いことが一因かもしれない。それも、重い字余りと言えるようなものが。

 例えば、

・卒業式「厳しい社会へ」といふ祝辞聞く子らの髪苔のごと照る

・はりつめて若者が返事するときに名に籠もる人への希望かがやく

などに思ったこと。

 それぞれいい内容の歌(連続する2首)。教員をやっているから、よーくわかる。

 だが、どうにも重苦しい印象。

 一首目は69577、それに初句を漢語の名詞で切っている。二首目は58597、とかなり膨張し、盛りだくさんである。

 そこが米川さんの情の濃さの表れでもあるのだけれど、読み疲れる感じもする。

 どう考えたらいいものか。

 いつもの〈コパン〉にて。ブロッコリとアンチョビのピザ。ブロッコリの食感がとても合う。

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ケーク・サレ。

Dsc_05681_2

 八朔だ。

 朝の涼しいうちに学校に行く。

 夏休みにヤリマス、と言って後回しにしてきたことをこなす。

 1年以上前に完了しておかねばならなかったことなども。

 先日、縁あって、練馬の〈ココトモ〉へ。

 6畳くらいの畳敷きの個室を占有させていただいく。

 ケーク・サレというものを食べた。サレが英語のソールトに当たるのだろう。

 甘くない塩ケーキで、こうしてランチとしてサラダにも合う。

 そして、腹もちもわるくない。

 写真前のほうが、ひじき入り。奥がネギとチーズ入り。

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