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『メロディアの笛』。

Photo 渡英子さんの『メロディアの笛』(ながらみ書房)。

 刊行前からご依頼いただいていた短い書評をようやく送ったところ。

 散文に対する評は意外と難しい。とくに、こうした時代を追っての一冊に対しては。

 これだけの資料を集めてごりごりと書いてゆくのは相当の技術と気力あってのことだとわかる。

 さすが渡さんである。

 今年が白秋の没後70年。

 高野公彦さんのラジオ「北原白秋 うたと言葉と」(NHK第2 金曜日午後8時半~)の企画も、そうした区切りを意識してのものなのだろう。

 『メロディアの笛』では、「日光」廃刊後の白秋の歌集については触れられていない。

 おそらく、渡さんは別枠でなにか準備されているのだろう。

 楽しみに待ちたい。 

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はぐれたる。

Ca3g2856 今日も、大辻隆弘さんの『汀暮集』の歌をきっかけに。

・はぐれたる表紙を粘着テープにて補修してありき裕子さんの辞書は

がある。

 河野裕子さんへの眼差しがすごくいい。

 「はぐれたる」に立ち止まる。

 昨年、千葉の人が宅配便の伝票の一枚目を「はぐってください」というような言い方をしているのを耳にしたことがある。(記事にした。)

 たぶん、この歌では「めくれて剥がれてしまった」という意味ではないかと思う。

 広辞苑には「はぐれる」には、そういう意味は出ていない。

 とすると、方言なのかなあ。

 この歌の場合、「はぐれたる」の方がいい。

 写真は、大久保駅すぐの「ベトナムちゃん」にて。

 イカとパイナップルの炒めものだったかな。

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『夕照』。

Yuu  江田浩之さんの遺歌集『夕照』(柊書房)をいただく。

 こうだ・ひろゆきさんの「ゆうしょう」と読む。

 「コスモス」の歌人で、私が〈О先生賞〉の選考をしたときに、2年続けて上位に推したこともあった。(受賞には至らなかったが。)

 長く透析をされていたそうだが、昨年の1月25日に亡くなられたのだった。

 日常のちょっとしたできごとや光景をそのままに詠みながら、鋭く温かな視線とほのかなユーモアを感じさせてくれる歌。

・谷川に歩幅をとりて並びゐる石を渡れば瀬音かはりぬ

・みづからの形と違ふ影を置き石ころひとつ土にころがる

・半熟の卵つるんとむかれゆくこんなひとときこの世にはある

・テーブルにつかまり歩く幼子よ死ぬまで歩く足と承知か

・借りて来し本に引かるる線を消すだれかの過去をこつそりと消す

 こんな歌が特にすばらしい。

 合掌。

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ひりょうづ。

Ca3g2846 大辻隆弘さんの『汀暮抄』に、

・病み慣れてゆく恥(やさ)しさは飛龍頭とモヅクと買ひて帰りきたりぬ

があった。

 「恥しさは」以下に文脈のねじれがあるところが渋い。

 ムラト(腎)を病まれていると他の歌にあって心配。

 それはそうと、「飛龍頭」がわからず、広辞苑でヒリュウズからヒリョウズに飛ぶ。

 「がんもどきの関西での異称。」

ともある。大辻さんは。三重県松阪市にお住まい。

 「がんもどき」の項目の記述と少しずれるけれど、同じものなのだろう。

 モヅクとともに、腎臓にいいのかな。お大事になさっていただきたい。

 写真は、東京駅黒塀横町の「二汁おでん 羅かん」にて。

 ガンモでないけれど。おいしいお店だった。 

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『早熟みかん』。

Ca3g2812 喜多昭夫さんの『早熟みかん』(わせ・みかん)。

 さまざまに工夫を凝らしてみづから楽しみ、読者を楽しませようとしてくれる歌集。

 そうとう思い切ってハジケテいらっしゃる。

 ただ、文体的にも素材的にも、弾みすぎ俗っぽくている印象はぬぐえない。

(もちろん作者はそれを目指しているのであろうけれど。)

 その中でいいと思うのは、

・中年のわれはなかなか使へない色鉛筆の白に似てゐる

・「なでしこジャパン」みな知れども知覧高等女学校「なでしこ隊」知るもの寡し

・梅干のどぼんと沈む白粥を啜れば生きてみようと思ふ

などの、ひっかかるもののある歌。作者はまだまだこういう方向で行けると思うし、がんばっていただきたい思う。

(プリンタの不調により書影は無しです。すいません。)

 写真は、海鮮居酒屋〈はなの舞〉富士見ヶ丘店にて、イカの丸焼き。

 こういうものがいちばん落ち着く。

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汀にくだる。

Ca3g2824

 大辻隆弘さん『汀暮抄』その2。

 生活のなかに、柿や柘榴がひんぱんに登場する。

 都会生活者からするととてもうらやましく、ぜいたくなことのように思える。

 旅行詠や喪の旅の歌もいい。どれも自然と作者の呼吸が合っていることを感じる。

・橋のかげの寒くかがやく泥(どろ)の上にひとは錆びたる鉄板を敷く

・膝に陽が当たり始めてゐしことがまどろむ前の最後の記憶

・湖の岸の宿りのひと夜ゆゑさびしといひて汀にくだる

 あるいは、こういう歌も混じっていて楽しい。歌集全体のトーンとははずれるけれど。

・僕的にはありだと思ふんですよねと言ふ若者よ殴つてもよいか

・若きらの歓を買はんとする卑し誑(たぶら)かしゐるとまでは言はねど

 写真は、新大久保〈クンメー〉にて。

 クィティオ ナーム(屋台風汁そば)などのランチセット。

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賞状。

Ca3g2759

 今日は、北原白秋の誕生日(1885年)。

 生誕127年目ということになるか。

 それはさておき、土曜日のNHK短歌大会で。

 ジュニアの部の表彰式があって、小学生の男の子に賞状を渡した。

 もにゃもにゃと読み進めて、最後にNHK会長とNHK学園理事長の名前を読む。

 なんだか不思議な感じがした。

 そういえば、人の名前で賞状を読みあげたのは初めてかな。

 写真は、中野〈ジョバンニ〉の生ハム。

 パルメジャーノチーズがかかっているのもいい。

 ワインに合う合う。

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『汀暮抄』。

Photo  大辻隆弘さんの『汀暮抄(ていぼせう)』(砂子屋書房)をいただく。

 大辻歌集はどれもタイトルもいい。

 すでに大家の風格をもって、若い世代の歌にアンチテーゼとして立ちはだかるようだ。

 まさにプロによるプロ向けの作品という印象。

 一文字一文字をゆっくり付き合わされてゆくうちに、短歌本来の定型に呼吸があってゆく心地よさがある。

 これぞ短歌である感じ。これぞ良質のアララギであると言うべきかもしれない。

 やや低温で擬古的な文法でねじ伏せるところが気にならなくもないが、これはこれ。

 読み進めるうちに、自分の言葉も汲みだされてきて、歌を作りながら読んだ。

 まづ、前半からいいと思う歌を挙げておきたい。

・朝の雨はことばを綴るやうに降るとぼしらに立つ葱のかたへに

・わが影を先だたしめて歩むとき樹々の影よりわが影は濃し

・黄の蘂の椿たかきに咲く角(かど)をやがて曲がらむまでの数秒

・夏の河の水のひかりは橋上をよぎれるときに網棚に射す

・雨粒が斜めに窓をのぼりきてわが飛行機は機首を下げゆく

 ながく歌を読んで来ると、こういう歌の良さがわかる。それはとてもうれしいことである。

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和ッサム。

Ca3g2753 おとといは、NHK全国短歌大会@NHKホール。

 私はジュニア部の選者だったので、全体でしゃべることはなし。

 観客席の最前列に座って、数秒カメラに抜かれただけ。(それと表彰式・懇親会。)

 勤務校が「学校大賞」(つまり日本一)に選ばれた。

 生徒の一人が「大会大賞」(全国で3名のうち)に選ばれた。

 これは、他の2人の選者のおかげ。(細かくは言えないが私が選んだのではない。)

 ただ、昨年度、穂村弘さんの文章で歌の初歩を学び、そのあと穂村さんご本人の授業を聴けたのが、生徒を刺激したのだと思っている。

 国語教員の企画の勝利である。

 写真は、沼袋〈たんどーる〉の「和ッサムスープ」。

 南インドのラッサムスープを和風にアレンジしたものだという。

 豆腐、梅干し、昆布、紫蘇、胡麻が入っていてうまい。

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山鳩忌。

Ca3g2818

 「コスモス」2月号。

 高野公彦の歌に。

十二月十一日の〈山鳩忌〉起きて冷たき畳を歩く

があった。

 12月11日(1986年)は宮柊二の忌日。

 しかし、「〇〇忌」という呼び方が(柊二忌とはなんとなく呼ぶけど)無い。

 そこで、〈山鳩忌〉を提案しているのだろう。

 文学忌は、糸瓜忌、白桜忌、桜桃忌、河童忌、などがある。

 だが、白秋忌も茂吉忌もそういうシャレた呼び名がない。

 自分でつけておけばいいのかな。

 写真のラベルは、「英君」と書いて、エイクンと読む。

 静岡県由比町のお酒。

 お買い得という酒店店主の言葉に乗せられて買って正解。

 まじめなお酒という印象。

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撥ねてころがる。

Ca3g2828 前田康子さん『黄あやめの頃』のつづき。

 マエダヤスコさんだから、略称マエヤスになる(らしい)。マエアツからの連想で。

 それはさておき、後半から。

・さびしさに分解したるボールペン小さいばねが撥ねてころがる

・庭土を掘り起こししとき一度だけ卵を抱きし母ムカデ見き

・五分前に初めて会いし歯科医なり奥歯の底を丹念に掘る

・ささやかな時間を山にもらいたりバスに斜めに眠りて帰る

・夏祭りの灯りの消えて去年ほどはしゃがぬ娘と夜道をもどる

など。

 歌集というのは不思議なもので、こうして抽出しない「地の歌」もいい。御一読いただきたい。これだけいい歌集は1年間にそれほど出ません。

 写真は、新大久保〈麗郷〉百合の花のスープ。黄あやめじゃないです。

 台湾料理っぽい一皿です。

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『黄あやめの頃』。

Photo  前田康子さんの『黄あやめの頃』(砂子屋書房)を読む。

 前田さんは、大好き歌人のひとり。

 日常の中の小さな物語の場面を、増幅せずに焦点を絞り込むことで伝える。

 劇化せずに、切り取り方の巧さで魅せるというのか。淡くてしっとりしているというのか。

 プロの歌人の技である。

 この歌集でも、過ぎてゆく時間を子供などを通して愛惜する感じ。せつなくなって何度も泣きそうになってしまった。

 まづ、前半から厳選して抽出しておきたい。

・自転車の速度が似合う川べりを行けば息子の眼鏡は光る

・枯れ葦につまづきかけている我を老母のように子らは支える

・死後のこと想定しながら物を買う母となりたり会わないうちに

・象の絵の長靴はいていた頃のあんな足音子はもう出さぬ

・実がなれば思い出したる花梨の木自転車の陰重ねてとめる

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鶏そば。

Ca3g2816

 「ふらんす堂編集日記」に、角川「短歌年鑑」での発言を少し引用いただく。

 さて、沼袋駅(西武新宿線)前へ。

 線路沿いの、四川麺条〈香気〉へ。

 胡麻の香りの強い担担麺のおいしい店。

 だが、この日は、喉に刺激を与えないように、〈鶏そば〉

 シンプルなスープの微妙な塩加減がいい。

 鶏肉は、塩水でつける調理法なのかもしれない。

 繊維の歯応えがやわらかく、味も塩味に丸みがあるかんじ。

 こういううまいスープのベースがあってこそ、胡麻や唐辛子が生きるのであろうなあと想像させる一品であった。

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ヨーヨー問題。

Ca3g2777 過日、原賀瓔子さんの『星飼びと』のミニ批評会を開いた。

 その中のやりとりで、

わが裡の少女ひそけく生きのびてけふ夜祭でヨーヨーを買ふ

の「ヨーヨー」が気になった。

 文脈からおそらく、

縁日で盥の水面から釣り上げる、拳大の水風船(手の平でパンパン叩くやつ)

を指すだろうと推測した。

 だが、辞書的にヨーヨーは、

饅頭型の2個の木片を短軸でつらね、軸に巻きつけた紐の一端を手に持って垂らし、回転に伴う反動を利用して上下させるもの。(広辞苑)

である。

 では、前者は何と呼ぶのか。ツイッターで聞いてみると、

ヨーヨー風船、水ヨーヨー、ヨーヨー釣り(これは行為かな)などの教えを請うことができた。

 そう言われてみると、そんな気がしてきて、もやもやが少し晴れる気がしたのであった。

 みなさま、ありがとうございます。

 写真は、中野〈オリエントスパゲティ〉の、ずわい蟹のクリームソースのフェットチーネ。これは最高。

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月和茶。

Ca3g2809 用あって、吉祥寺へ。

 2年ほど住んでいた街。いつ来てもなつかしい。

 東急百貨店裏(駅からみて)の〈月和茶〉へ。

 ゆえふうちゃ、と読む。

 「本格台湾茶と台湾家庭料理」と銘打っているとおり。

 台湾の茶芸館のような内装。

 写真は、ランチで、鶏肉飯と小龍包のセット。

 香りのよいタレと薬味とご飯が合う。

 薬膳のような感じ。

 お茶は、「八宝茶(パーパオチャ)」。

 緑豆、さんざし、クコ、白木耳、陳皮などが入った、飲み飽きないお茶だった。

 こんどは夜の部に来たい。

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『山川登美子歌集』。

Photo 今野寿美さんから『山川登美子歌集』(岩波文庫)をいただいている。

 歌集は、合同歌集『恋衣』でのみの登美子。

 亡くなって100年以上たって岩波文庫に入ったのは作品そのもののすごさに加えて、ドラマチックな時代ゆえであるかもしれない。

 今野さんの解説にキレがある。

 登美子を中心に、その時代の和歌から短歌へと移行する状況、結社と機関誌という、歌を取り巻く新たな状況などもよくわかった。

 与謝野鉄幹(寛)のやややり過ぎにも見える活動の理由なども見えてくる。

 もちろん、登美子作品の解説にも厚く、

山川登美子は、たえず喪失感を抱くことで哀しみを自覚した人なのである。

とか、

山川登美子は虚しい心の空白を優れたかたちで作品化し、残した歌人であり、〈哀惜〉ということを主題になし得た歌人といえなくないだろか。

〈恋愛至上主義〉を実践した同時期の晶子には片鱗もなさそうなその主題を、表現のうえからもつきつめたところに山川登美子という歌人の魅力がある。

病を得てのちの作品にひときわ精彩があるのも、その主題のもとに、あえかな自身の生の内側で燃焼してみせたからなのであろう。

と言うに至る。

 これを機会に読みなおしてみたい。

 一家に一冊あるべき本だと思う。

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おゆび。

Ca3g2678 くだんの iPhone 乗り換え問題。

 けっきょく、先送りしている。

 入力した文字列をあとで訂正するのが予想以上に面倒なようなのだ。

 入力じだいにはだんだん慣れると思う。

 それに、例えば「あ」に触れると上下左右に「いうえお」が出るシステムはすばらしい。

 でも、メールを書くときはいつも読みなおしてどこか訂正したり改良したりするものだ。

 そのためには、カーソルの移動が容易であると助かる。

 しかし、iPhone の場合、訂正個所に指でカーソルを動かさなければならないようだ。

 これが不便らしい。みなさんは、そのあたりをどう克服しているのだろうか。

 写真は、栄寿司にて。サバを締めているところ。

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ベトナムちゃん。

Ca3g2795

 冬休み中のこと。

 大久保駅すぐそばの「ベトナムちゃん」でランチ。

 豚肉のレモングラス煮込み、青梗菜の炒め物、サイゴン風揚げ春巻き、豆腐スープなど。

 ふつうの日本の調味料では出ない(だろう)やや甘めで香りのよいものだ。

 しっかりと味がついていながら、しつこくない。

 しょっぱくないながら、ご飯がすすむ。

Ca3g2797 野菜が多いのも、店内に女性客が多かった理由だろう。

 それに、11時55分までに席を空けるか、1時過ぎに入店すると100円引き。

 旧店名は、「Saigon×Saigon」だったらしい。これを白秋っぽいとする。

 なぜ「ベトナムちゃん」になったのか。これは茂吉っぽいかな。

 どちらにしろ、すばらしいネーミングセンスだ。

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俳優。

Ca3g2765  先日の朝日新聞(東京版)。

 「俳優の」小雪さんが出産したうんぬん、と書いてあった。

 ふーんと思う。

 しかし、別のアサヒコムの記事では、「妻で女優の小雪」とも書いてある。(敬称もなし。)

 ふーんと思う。

 PC(政治的修正)を厳しく発動させたわけじゃないんだな。

 記者による違いが許容されるのか、「俳優の」の方が勇み足なのか、どっちでもいいのか。

 統一されていないことに、ふーんと思う。

 写真は、中野〈トラットリア・ジョバンニ〉にて。

 カキとホタテのクリームソース トマト麺のパッパルデッレ。

 中野の逸品グランプリにも出品中。すばらしい。

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ダカ。

Ca3g2791 ダカ・インドレストラン&バー@新井薬師前駅前。

 バングラデッシュ国旗を大きく掲げている。

 とすると、店名は首都のダッカに由来するかもしれない。

 ダッカ、とするとハイジャック事件(古いけど)を連想してしまうから、ダカと表記しているのか、もともとダカの方が原語の音に近いのか。

 それに、「バングラデッシュレストラン」だとイメージしづらい。

 それで、宗教的政治的に大きく妥協して、「インドレストラン」と呼んでいる。

 のではないか、というのは私の推測。

Ca3g2789  メニューにビーフもポークもない。チキンはある。

 これは、ほうれん草とチキンのカレー。

 ナンもうまいしサラダもうまい。

 こういうものを作る人が家の近くでお店を開いてくれる。

 なんとありがたいことか、と思う。

 写真(下)は店内のポスター。

 女優さんかな。

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豆乳麺。

Ca3g2788

 佐藤佐太郎『帰潮』の、

生活は一日(ひとひ)一日を単位としただ飲食のことにかかはる

をときおり思い出すのである。(飲食→オンジキ、です。ねんのため。)

 と言いつつ、ひさびさに〈がんこ一徹〉@新井薬師前駅前。

 名前はどうかなと思うが、すばらしいラーメン専門店。

 新メニューの〈ピリ辛豆乳麺〉

 もちろん、「ピリ辛豆乳」の入った麺ではない。

 文法的に正しくは「豆乳ピリ辛麺」だが、それではインパクトがない。

 文法は人間の心には勝てない。

 もともとのラーメンが超ウマイのだから、豆乳を入れたってウマイのだ。

 かなり研究されたと思う。大成功の一品。

 やや「山頭火」の甘さに近いものも感じた。

 半熟卵は、「中野の逸品ブランプリ」期間中のサービスだったかな。

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ポワロー。

Ca3g2775

 今日から3学期。

 がんばるぞ。

 ここに書いたのかツイートしたのか授業でしゃべったのか、わからなくなることがある。

 今年の目標は、ブログを書き過ぎないこと。

 写真は、中野〈オリエントスパゲティ〉のランチプレートの一部。

 豚肉とポワロー葱のトマト煮。

 これが、超うまかった。名探偵の名前みたい。

 フランス名「ポワロー」に対して、和名「ぽろねぎ」。

 ってことは、ネギネギと呼んでいるわけかな。チゲ鍋のように。

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『Yの森』。

Y_2  吉野裕之さんの『Yの森』(沖積舎)。

 いろいろと思索が詰まっているように見える歌集。

 世界の一部を切り取って提示するのが短歌ではあるが、切り取り過ぎても言葉だけになる。

 起伏がなければつまらないが、ドラマチックすぎても鼻白む。

 そのあたりの呼吸が巧い作者である。

 ただ、意図は分かる気がするが、わかりづらい歌もある。

 いいと思った歌は、

・一頭の馬に喩えて終わりたる議論もありぬ去年の冬は

・胡坐とは遠い岬に降る雨のやさしき音を集める姿勢

・本社ビルの屋上に来て見ていたりアメリカへゆくかもしれぬ船

・囁くようにしゃべる男にファクスを入れて待ちおり囁く声を

・わたくしの前を流れてゆく人にときおり赤い袋混じれり

など、素朴な感じの歌。

 短歌は、考え過ぎると、読者の読解スピードと齟齬が生じる感じもあると思う。

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『雲鳥』。

Photo  田中拓也さんの第3歌集『雲鳥』(ながらみ書房)をいただく。

 詳しくは、「短歌往来」3月号の書評に書いた。

 硬質の抒情であり言葉がどっかりと屹立している歌が特徴。

 しかしちょっとレトロ過ぎるかもしれない。それより、

金色の稲穂の道を歩みつつ父の墓石を父と見に行く

泣きじゃくる子をもてあます夢を見た狼森(おいうのもり)を通り過ぎしころ

くらいの視点の低さ加減がいいと思った。(これでもレトロだとおっしゃる向きもあるだろうけれど。)

 そして、巻末の教員としての被災詠がすばらしかった。

「上履きでいいんですか」と問いかける生徒と非常階段に出る

ガスの香の漂う路地を進みおり男女二列の隊崩れつつ

真っ暗な体育館に届きたるミスタードーナツ約三百個

など五十首。

 かつての東海村臨界事故を詠んだときの連作を思い出した。

 こういう方向にも田中さんの力があるとわかる一連であった。

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花泉。

Ca3g2774  〈花泉〉というお酒。

 福島県南会津町の酒蔵からおいでいただく。

 地図で見ると、かなりの山の中なのだけれど、だからこそいい水が取れるのだろう。

 「純米無濾過生原酒 上げ樽直詰め」

と書いてある。

 ちょっと怖い。

 アルコール19度でインパクトあり。

 やや酸味あり微炭酸あり甘みあり。

 一合飲めばその日は満足してしまう濃厚さと芳醇さ。

 体格のいいお酒と言うべきかな。

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『青草』。

Photo_2  奥村晃作氏の第13歌集『青草』(柊書房)。

 氏はずっと「ただこと歌」を標榜されてきた。

 私の理解では、「ただごと歌」とは、幼児のような無碍の視線から産み落とされるものが基本であるはず。

 ところが、奥村氏は、ある時期から、かえって「ただごと歌」という方法論にみづから縛られてしまったようだ。

 そこに、長期の低迷の理由があるのではないかと思う。

 きっちりとした完成した「ただごと歌」であることと、「おもしろい歌」であることには違いがあると思わざるをえない。

 だが、この歌集中でも往年の氏を思いださせる秀歌はいくつもある。

・マイケルの踊りの所作が速すぎて顔の造作がよくは見えない

・「花やしきゆうえんち」古く狭くして遊具おおむね上下に動く

・晩年の荷風の食事処なる「大黒屋」荷風のカツ丼食(とう)

・雪の下に清き流れの音聞こゆゲレンデの雪いまだ厚いが

・「江(ごう)」を観た翌日なれば月曜日、そを確かめる老いたるわれは

を挙げることができる。

 まだまだがんばっていただきたい。

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北原白秋 うたと言葉と。

 NHKカルチャーラジオ 詩歌を楽しむ 「北原白秋 うたと言葉と」

 初回の放送は、明日6日(金曜日)午後8時30分からです。

 らじる★らじるでなら、パソコンで高音質で聴けます。

Photo

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心臓が縮む。

Ca3g2717 「八雁」創刊号をめくる。

 巻頭、島田幸典さんの作品がいい。

・晩秋の総理のことば伝へむと国旗のまへに手話をする人

・地鎮祭ありし更地にあらはれて恥づかしさうな東山見ゆ

・黄葉のしたを歩みぬ俺だけが俺の伴侶であるかのやうに

 あれ? 島田さんが旧仮名になっている?

 「鶏窓雑考」というページに「仮名遣いについて」という島田さんの文章がある。

 文語基調の作者として、「牙」時代には会規に従ったから新カナヅカイにしていたが、葛藤もあったとも言う。

 そして、

石田の没後に仮名遣いを変えるのは、節義に悖るような気がして心臓が縮む。せめて迷いを告白しておけばよかったとも思う。

それでも新結社での再出発を機に歴史的仮名遣いへの移行に踏み切ったのは、短歌の急速な口語化という今日的現象に反応する必要を感じるからである。

とある。

 当初から歴史的仮名遣いで歌を発表している私としては、心強い味方の出現である。そして、その理由をもっとまじめに考える契機としてもとらえたい。

 写真は、新大久保〈一六八〉の、葱油刀削麺。

 シンプルで深く力強い、魔法のような一品。

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「八雁」。

Photo  歌誌「八雁」創刊号が届く。

 石田比呂志「牙」の後継誌である。

 「あまだむ」と「牙」が合流したということになるのだろうか。

 編集発行人として、阿木津英さんの名前と東京の住所がある。

 発行所は、熊本市内。

 選者として阿木津さんと島田幸典さんの名前がある。

 結社誌という位置づけだそうだ。

 浜名理香さんの「石流」創刊号も届く。

 そういうことなんだ。

 2冊同時に元日に(熊本を発行所として)配達されたことにインパクトはある。

 それぞれの方のお考えを尊重したい。

 ありがとうございます。おめでとうございます。

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巣鴨病院。

Ca3g2716 茂吉が勤務した「巣鴨病院」はどこにあったか、気になった。

 私の実家は、高3のときに、白山から千石(せんごく)に移った。

 JR巣鴨駅から徒歩10分ほど南。

 「巣鴨プリズン」があったのは、現在の巣鴨ではなく、東池袋のサンシャインシティ。

(そこで絞首刑が執行されたのだが。)

 巣鴨病院を検索してみると、こういうページに、「小石川区巣鴨籠町41番地」とある。

 そして、こういうページには、現在の日本医師会館や文京グリーンコートのある周辺一帯、と書いてある。

 今の実家から徒歩3分のところじゃないか。

 そんなことも知らずに短歌をやってたんだな。

 インターネットはすごいものだ。

 写真は、これもいただきもの。青森のりんごちゃん。りんごぎんごん。

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花街。

Ca3g2725 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 昨年は、ブログの記述を少なくしようと宣言したが、ついついだらだらと書いてしまった。

 今年はどうなるか。

 品田悦一氏『斎藤茂吉』に、

一五年の前半には、憲吉らを相手に飲み歩いたり、巣鴨病院からほど近い白山(はくさん)の花街に入り浸ったりする生活を続け、

とある(p. 163)。

 茂吉が東京帝国大学医科大学を出たあと、巣鴨病院に勤めたのは知られている。

 その後、結婚したが夫婦仲がよくなく、予定していたヨーロッパ留学も第一次世界大戦勃発のために取りやめになったという。そのころの、茂吉の「不如意」な生活ぶりについての記述である。

 私は、文京区白山1丁目に生まれて、高校3年まで住んだ。

 茂吉が来ていたという「花街」は、まさに私が子供のころに遊んでいたエリアなのだった。

 当時も、検番(けんばん)という言葉を聞いたし、家に隣接する、祖母の経営するお茶屋(お茶っ葉を売る店)にも、オネエサンと呼ばれるおばさんが来ていたような記憶がある。

(樋口一葉『にごりえ』の舞台だともいう。)

 茂吉が踏んだ石畳を、子供のころの私が踏んだかもしれない。

 写真は、いただいた宮崎牛。とてつもなくうまかった。

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