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見つめるからか。

Ca3g2580_2  先週土曜日の「寺子屋学級」では、まづ、こんな歌を紹介。

 ふだん短歌に接していない方には「共感」から導入するのがいいと思ったので。

・まがなしくいのち二つとなりし身を泉のごとき夜の湯に浸す (河野裕子)

・四十度の熱に息子が苦しむ夜わたしがこんなに見つめるからか (米川千嘉子)

・病むときは静かに並んで歩くゆゑ息子の背丈よくわかるなり (米川)

・さうぢやない 心に叫び中年の体重をかけて子の頬を打てり (小島ゆかり)

・抱くこともうなくなりし少女子(をとめご)を日にいくたびか眼差しに抱く (小島)

・そんなにいい子でなくていいからそのままでいいからおまへのままがいいから (小島)

 どうでしょう。

 涙を拭っていらっしゃる方はいなかった。

 写真は、新大久保〈一六八〉の、ニンニクと茄子の炒め物。

 茄子が食べられるのを喜んでいるようだった。合掌。

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コメント

コメントありがとうございます。

たしかに、あることの真っ最中だと歌の形にまとまらないかもしれませんね。
 
でも、そのまとまらないままの直情というのも大切だと思います。

いま詠める歌をいまのうちに残されたらいかがでしょうか。

いづれ、作品を拝見する日があればうれしいです。

(前回は、子育ての歌をたくさん紹介したので、涙をこぼされていた方もいらしたのでした。)

投稿: おおまつ。 | 2011年11月16日 (水) 05時57分

寺子屋学級でお世話になりました。
初めて読んで共感できない歌も、解説をお聞きすると、納得。人それぞれに歌の捉え方は違うと思いますが、解説があるとまた違う情景が見えてきて楽しいですね。
ところで、「涙を流す親はいなかった」というコメントを読みまして、ふと、私を含め皆さんがまだ歌の状況の真っただ中に身を置いているからかも知れないと思いました。
先生にお会いしたおかげで、私も時々短歌づくりに挑戦してみることがありますがcoldsweats01、歌にできるのは心の整理がついて自分なりの答えが見えたもののような気がします。簡単に言うと思い出にできたものでしょうか。状況真っただ中の題材を言葉にするのはとても苦しいです。私が子育てを歌にできる日はいつ頃でしょうか…
それとも、歌をつくる心持ちはもっと違うところにあるのでしょうか。

投稿: bukubuku | 2011年11月15日 (火) 15時08分

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