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佐渡行。

Ca3g19242  角川「短歌」7月号には馬場あき子さんの「佐渡行」という連作がある。

・笑ひつつ核心をつく酒なれば盃を手にしらんかほせり

・酒いれておのがじしなる愚かさのをかしけれいよよ愚かなること

 こういう酒の歌はいい。ちょっと怖くて、どっとほぐれる。

・よきことも悪しきも乏しくなりゆくを老といふなり桜みてゐる

 馬場さんのような超多忙な生活を送ってきて、その果てにある感慨の深さというものだろう。

 旅行詠の中の境涯詠の強さを感じる。

 写真は、新大久保〈麗郷〉で。

 竹の子と高菜の炒め。チンジャオロースの青椒(ピーマン)が高菜になった感じ。高菜の香りが引き立っていてうまいうまい。

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はみだす時は。

Ca3g19192  読書会で、江戸雪歌集『百合オイル』を読む。

 2年ほど前にも一部のメンバーが重なっている会で読んだのだった

 20代のメンバーには特に読んでもらいたいという気持ちがある。

 悪いことではない、と開き直る。というか、むしろ全く同じメンバーで繰り返し読んでもいい歌集だ。

 このあとの江戸さんはもっと混迷の時代に入り、表現もさらにセクシーに謎めいてくるようだ。

 が、『百合オイル』の時期はまだまだ20代のストレートさを残している。 

・この世からはみだす時はひとりだと地下への長いきだはしおりる

・ことばもて君をのぞけば月蝕のにおいのような遠いくらがり

のような名歌もあるし、

・電車二本のりついで着くこの海の光の加減をまぶたではかる

・じいわりと冷えくる朝(あした)夫のシャツはおれば重し他人の生は

・秋冷のじとりひとりとおりてきてわれは引き潮、どうにもならない

の、後ろ2首のような圧倒されてどうにもならない感覚もいい。

 写真は、新井薬師前〈大番〉にて。

 同じ土地で25年間営業しているという事実が、味を保証している。王道で間違いのない味。たまごとニンニクを追加。オトナ(オジサン)の仕事だ。

 江戸さんとは関係なし。

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病廊。

Ca3g19182_2  「病廊」「病庭」という言葉が気になる。

 「コスモス」の選をしていても目について、よくわからなくなる。

 日高堯子さんの『雲の塔』にもあった。

・病廊は暗渠のやうにひえびえとわたしの身体(からだ)に霧をながすよ

・病庭の夏の午後二時 水道の蛇口が直射の日に灼けてゐる

という例。二首ともにいい歌だが、「病廊」「病庭」がひっかかる。

 (一首目の四四のリズム、二首目の「直射の日」も気になるけれど。)

 意味はわかる。病院の廊下、病院の庭、ということだろう。

 でも、意味が分かればいいものではないし、先例があればいいものでもない。ときどき力技的用法のある日高さんぽいともいえるけれど、やはり強引なのではないかなあ。

 もっと病院になじみのある生活をすれば、その言葉が分かってくるのかもしれない。

 写真は、新大久保〈栄寿司〉のもの。味噌汁を所望したら、こんなものが出てきた。うまかった。

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『雲の塔』。

Photo  日高堯子歌集『雲の塔』(角川書店)を読む。

 装丁は、伊藤鑛治氏のあとを受けて、片岡忠彦氏。

 日高さんはもともと歌の深い人。

 この世に見える悲しみ、見えない悲しみを掬い取って言葉に移してゆく。

 悲しみを察知できてしまうがゆえに、辛くなることはあるだろう。

 一冊が、その「悲しみ」で統べられている感じ。

 いい歌は多いのだが、どれにも同量で同方向の「悲しみ」が含まれているように思えて辛かった。

 そういう歌にのみ反応してしまう私の責任もあることはわかっているのだが。

 少しだけ挙げる。こんな歌がすごい。

・空気にはかすかに母のにほひせりそらみつやまと石舞台まで

・天空にからだをひらくといふことのかなしみことに白やまざくら

・肉体の重たさかすかかんしげに二十六聖人の空にうく足

・脳の襞おもひつつ嚙むたけのこのほろほろとして春が闌けゆく

・西陽さす病室にふと入りがたしなにかが姑を訪れてゐる

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10時間。

Ca3g19222  きのうは、保護者会の日。

 土曜日の4コマと、前日午後の2コマの授業がなくなる。

 学年全体会・個人面談・クラス保護者会/懇親会のいづれかを行うのが通例。

 私は今回、クラスの会と個人面談。

 クラスの懇親会ではこれまで、5~6人でシマになったテーブルをまわって話をうかがってきた。

 今回は、それを免除してもらい、最初と最後だけ登場し15分づつくらいしゃべる。 

 教員が途中から入ると話のコシを折ってしまうことが多いのだ。

 保護者面談は、おひとり15分×40人として、10時間。話が伸びることも多いし、土曜日だけでは足りない。平日の授業の合間に割り振らせてもらったりする。

 月曜日にもまだ予定がある。

 写真は、その懇親会でいただいたお弁当。何種類の素材と料理が入っているのかな。手の込んでいて、味のしっかりしみこんだ、純和風のおいしさ。委員さんのセンスの良さを感じた。ありがとうございます。

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『静かな生活』。

Photo  岡井隆さんから、最新歌集『静かな生活』(ふらんす堂)をお送りいただく。

 「岡井さん」なんて、気安く呼べる存在ではないのだけれど、岡井先生と呼ぶほど近くにもいらっしゃらない。

 体裁は、東直子さんの『十階』とほぼ同じ。月初に黒いページが挟まれているのがクール。

 昨年1年間一日一首の、ふらんす堂ホームページの連載である。

 その岡井さんご自身が、ホームページをご覧でないというのが、なかなかアイロニカル。

 今日の日付前後をぱらぱらめくる。

・老人が老人を見て選別するすさまじき時代がすでに来てゐる (6月25日)

・堂々と散文に書け、韻律になまじ乗せると震へが来ちやう (6月28日)

・あきらかに挫折してゐるもくろみを夢に咲かせてなにになるんだ (6月29日)

など、なにを題材にしても(いや、題材にしないからこそ)、「歌」になってしまう。

 こういう、1ページ1首組の贅沢な体裁こそ、岡井さんの作品に広がりを与えていていいのだと思う。 

 じっくり読ませていただきたい。

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季評。

Ca3g1905_2  発売中の「短歌研究」7月号。

 〈作品季評〉を担当させていただいた。

 栗木京子さんがコーディネイター、それに山田富士郎さんと私。

 「前半」として、由良琢郎さんと永田紅さんの20首づつと、笹井宏之さんの歌集が対象。

 率直な意見を述べさせていただいた。

 この号は、他にも、特集「ことばは無力か?」に22名の方々が執筆されていて、読み応えがある。

 田中拓也さんからの特別寄稿「TSUNAMI POEM」もすばらしかった。

 写真は、中野〈メリメロ〉のもの。丁寧な「作品」であった。

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戦う。

Ca3g1915  ある決めごとのために、ちょっと戦う。

 戦うと、同じ考えの人がいることがわかる。

 多数決が正しいとは限らないけれど、多数の人の視点は大切である。

 とくに、学校では。

 教員によって対する姿勢を変える生徒もいる。

 個々の教員が少しづつ不安に思っていることを共有すると、大きな不安になったりする。

 その逆もある。

 染野太朗さん

・胡麻塩の胡麻のようだな多数派となりて出でたり小会議室を

を思い出しながら会議室を出た。それでいいんだ、と自分に言い聞かせながら。

 写真は、名古屋でいただいた、〈一鳳〉の名古屋コーチンの手羽先揚げ。

 コーチシナ、がコーチンの語源であるらしいが、じっさいの経路はもっとややこしいようだ。

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始動。

Ca3g1908  なんだか、会議で遅くなることの多いこのごろ。

 先週は午後4時から7時半までの会議があり、今週は6時から8時半までの会議があった。

 一般の会社なら当たり前の時間帯なのかもしれないけれど、学校は朝が早い。

 朝は7時半に始動しているんだ。

 それに、仕事の中心は授業と生徒対応であって、会議ではない。(たぶん。)

 疲弊した教員が生徒のためになるわけがないのだ。(きっと。)

 というわけで、中野〈メリメロ〉で、仔羊背肉のロースト。

 がんばるんば。

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一鳳。

Ca3g1913_2  日曜日。歌会のあとは、懇親会。

 錦3丁目(キンサンというのですね)の「一鳳」というお店。

(栄地区に入るのかもしれないが、SKEの影は、なし。)

 名古屋コーチンの名店だそうだ。

 成木猛生さんが気合いを入れて選んでくださったのだ。

 どれもすごくおいしかったです。ありがとうございました。

 なんにんもの方に、ブログ見てますよと声をかけられる。

 食べ物の写真がないとがっかりします、とも。

 また、なんにんもの方に、『アスタリスク』をお持ちいただいた。サインをし握手をした。歌を諳んじてコレが好きですと言われる。恥ずかしく、うれしい。

 ふだんは、「コスモス」誌上で、お名前と作品しか存じ上げない方々と、実際にお会いするのは楽しいことだ。

 元気をいただいて、帰京。がんばるんば。

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なごや。

Ca3g1909  日曜日は「コスモス」愛知支部特別歌会に呼んでいただく。

 会場は、名古屋の愛知県芸術文化センター。地下鉄栄駅そば。

 静岡・三重・岐阜などからもたくさんかけつけてくださった。

 はじめ、1時間ほど、「まひる野」の広坂早苗さんとふたりで、最近の歌集の歌について話す。

 そのあと、ふたりで2時間ほど、すべての詠草についてコメントする。

 なかなか骨格のきちんとしていて、歌いたいことがある歌が多かった。

 どこへ行っても同じことを言うのだが、

・短歌は散文ではない。説明や理屈が入るとだめになる。(散文にできることは散文で、短歌にできることだけを短歌で!)

・俗っぽい表現(一笑する、御の字、追い打ちをかける、など)は逆効果だ。

というようなことなどを、繰り返し述べた。

 写真は、打ち合わせのときに、JRセントラルタワーズでいただいた、お蕎麦のセット。ごちそうさまでした。

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イノセント。

Ca3g1798

 土曜日はいろいろ。「コスモス」編集会もあった。

 授業で、イノセント(innocent)という単語に出会う。

 中学3年生でもまだ、イノセント(無垢な)な生徒もいる。もちろん「無実の」ではある。

 Mr. Children「イノセントワールド」を知っているかと問うと、クラスで5人くらいしか挙手しない。

 しかたなく、サビを歌うと、さらに数人がうなづく。

 拍手してくれたクラスもある。

 もちろん、歌声に対してではなく、道化に対しての拍手である。

 ローマ教皇のイノケンティウスは英語でいうと、イノセント。イノセント3世とか。

 写真は、如水会館でいただいたコース料理の一品。

 小さい会議室で、照明が明るく、写真を撮るには最適。食べながら歌集を語ったのだった。おいしかったです。ごちそうさまでした。

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味わうことに尽きない。

Ca3g1887  金曜日は、迢空賞・蛇笏賞の贈呈式・祝賀会。

 例年の東京會舘でなく、贈呈式は、角川書店第三本社ビルにて。

 今週使用を開始したばかりという、

 蛇笏賞の黒田杏子(ももこ)さんがとうとうとえんえんとがんがんとしゃべりまくっていたのが印象的。

 迢空賞の島田修三さんの、

 「人の世は味わうことに尽きない。」

というセリフが、記憶に残る。

 祝賀会は、東京大神宮のサロンで。「まひる野」の染野太朗さんたちや、角川「短歌」の石川編集長はじめスタッフの方々とお話しできてうれしかった。

 そのあとの二次会にも突入。

 幸綱さんがしきりに、俳壇にはヘイゴドウとセイセンスイを語らなくなってつまらなくなった、歌壇もそういう傾向がある、とおっしゃっていたのが記憶に残る。

 それと、幸綱さん、一升は飲むけど二升は飲まないよ!ともおっしゃっていた。

 写真は、記事とはいっさい関係なく、神保町〈ランチョン〉のメンチカツ。

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それでも歌う意義。

 「コスモス」7月号が届く。

 毎月きっちりと15日(より早いこともある)に発行されるのはすごいことだ。

 〈展望〉56回目を書いた。

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麻友友。

Ca3g1892  ある中国語字幕映像の、「麻友友」という文字列(?)に驚く。

 AKB48の渡辺麻友のニックネームの〈まゆゆ〉のことだ,

と気づくのに数秒かかった。

 日本の名前がそのまま中国語で発音しても(だいたい)通る例は少ないと思う。

 訓読みはもちろんだめ。

 白秋も茂吉も柊二も文明も佐太郎もそれぞれ音読みのはずなのだけれど、中国語にするとかなりずれると思う。

 ペイチュウとかマオジーとかなるかな。

 その点、〈麻友友〉はマアヨウヨウみたいな音だろう。

 名前もニックネームもともに、漢字で表記できるのは稀な例ではないか。

 (麻里や優も、ばほぼ通る。敦は訓読みだからだめ。)

 女性の名前は音を重視するから、そういうことがあり得るのだ。

 写真は、沼袋・台湾料理〈味王〉のラーメンセット。満腹。

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シュラウド。

Ca3g1875 きのうは、9回ツーアウトから伊志嶺の2ランで逆転。

 弱いマリーンズも好きだが、強ければそれでうれしい。

 見に行けばよかったなあ。

 高野公彦『甘雨』を読んでいて、原発関連の歌が目に止まる。

・原発列島の息嘯(おきそ)のごとしぬばたまの夜ぞらに生(あ)るる細稲妻(ほそいなづま)

・白薔薇を真風(まじ)吹き包み原発のシュラウドかすかひび割るるとふ

 2首目のシュラウドは、高校生のときに、「経帷子」だと知った。

 ただ、そのときは、「かたびら」すら何か知らなかった。英語の学習によって日本語を知ったのだ。

 (お葬式のときに、死者に着せる衣ですね。お経が書いてあるものが「経帷子」。)

 そのシュラウドをヤフーでひくと、

  1. 《「覆い」「経帷子(きょうかたびら)」の意》原子炉の炉心の隔壁。

とある。的確。

 これを頭に入れていま読み返すと、さらに凄みのある一首である。原発はそもそも死者。。。

 写真は、〈栄寿司〉のたこ。

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おおたに。

Ca3g1899  きのうは、東京ドームへ。

 じつに、今季初観戦。

 これまで(チーム46試合目)何をしていたのかと反省するが、それなりにやることがあったのだ。

(マクハリはやはり遠いし。)

 この日は、2年目の大谷智久が先発。

 荻野貴司とともに、トヨタ自動車出身。

 早稲田大→社会人の即戦力で、今年3度目の先発。この日は、巨人打線のタイミングを外して、7回1失点。

 ようやく10回に2点目をとって勝利。ラミレスに守備固めを送らなかった原監督の采配に助けられたともいえる。

 大谷に勝ちを付けてあげたかった。

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影媛。

 馬場あき子さんの新作能〈影媛〉のパンフレットです。(解像度を落としています。)

 よろしくお願いします。

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ネヴァー・レット・ミー・ゴウ。

Photo  なんとなく読み始めて、ずいぶん時間がかかった本。

 あらすじをたどると、暗く静かに衝撃的。

 だが、そういう読み方をするならば他の作家でいい。

 この本でイシグロが目指すのは、筋ではないだろう。

 人と人との感情がすれ違う瞬間の、音もなく、ざらりざらりとした空気感。

 それが、とことん抑えて書かれている。

 しばらく読むと、もうそれで自分の感情の器が満ちてしまって、それ以上読みすすめられない感覚。

 いちにちのデイリー・ドウズというか、これ以上読むと自分の肋骨が割れてしまうのではないかと思うほどの圧迫感のある文体であった。

 そんなことを考えずに、どんどん読めばいいのだけれど。

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岩出山高校。

Ca3g1888

 千葉ロッテ連敗脱出。

 オーマツ選手グランドスラム。やれやれ。観衆27000人。ありがたい。

 きのうに続いて、朝日新聞の記事。

 詳細は、asahi. com に任せます。

 梶原さい子さんのお名前を発見。

 300人の高校の生徒全員が毎月、歌を作っているという。

 そうやって、短歌を「試食」してもらうことで、短歌の良さは伝わるのだ。

 梶原さんのような歌人が教員でいるのはゼイタクな環境でもある。それを生かしている学校の体制もすごい。

 私も国語科ならもっと大胆にやるかもしれないけどなあ。

 写真は、新大久保〈栄寿司〉のコハダ。

 マスターでなく、弟子(スーシェフというか?)のヒデキさんの握りなので丁寧できれい。

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全部わかる。

 水曜日の朝日新聞に馬場あき子さんの言葉があった(↓)。

 朝日com のほうがきれいに読めますが。

Photo_2

「『全部分かる』っていうのは現代の悪いところ。」

 とおっしゃる。

 確かに、ついつい、費用(時間を含む)対効果のようなものを気にして、アクセクしてしまいがち。

 尊敬する国語のY先生は「だいたいでよし。」という名言を残している。

 中学生・高校生に必要なのはそういう感覚かもしれない。(ただし、「だいたい」のことすらわからない生徒が多いのがモンダイなのである。)

 ちなみに、この馬場さんの新作能に、私の作品も引用されている。お話は聞いていたけれど、国立能楽堂から、作品の使用許諾の依頼が来ると、なんだか申し訳ない気がする。

 上演は、7月29日と30日。ぜひ行きたい。

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ランチョン。

Ca3g1886  千葉ロッテはなかなかの泥沼。

 きのうはオーマツ選手が第1号ホームランを打ったけど。

 写真は、神保町〈ランチョン〉のキャベツの重ね焼き。

 ビールで煮込んであるそうだ。

  ジェフリー・アーチャー〈ランチョン〉というタイトルの小説があったと思い出す。

 実力者の夫人を高級料理店で接待する話。

 ゲストの女性用のメニューには値段が書いていない、というのもそのときに知ったのだった。(そういう店には入ったことはないけれど。)

 短編小説集を高校生の時に、原文で読んだ。

 音読テープもあって、繰り返して聞いたものだった。あのころの勉強が役に立っているのかなあ。

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ンドィヤ。

Ca3g1879  ンドィヤとアスパラガスのピザを食べた。

 ウチから徒歩2分、中野通り沿いの「コパン」にて。

 ンドィヤは、あるブログに、

南イタリアのカラブリア州は、唐辛子を使った料理が有名ですが、

中でもこの「ンドゥイヤ」は、豚肉に唐辛子をたっぷり混ぜ合わせて熟成させたパテで、

辛いけれども同時に熟成した肉の旨みがあって、やみつきになるおいしさの激辛パテ!!。

未だここ日本でこの本物の「ンドゥイヤ」を食べたことがある人はほとんどいないのではないでしょうか!!。

とすら書いてあるもの。要するに、激辛豚味噌ですね。

 写真でいうと、ピザソースをかけすぎてしまったかのような赤茶色の部分がンドゥイヤらしい。

 たしかにピリカラで、子供なら食べられないかもしれない。こんなものが中野にも来ているなんて、グローバル化ってやつかな。かんずり、でいいものを。

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ビリオン。

Ca3g1858

 高階時子さんのブログに取り上げていただいている。感謝。

 中3の英語。

 週2時間の〈英文法〉では、『音読英単語 入門編』を持たせて、毎週、小テストをしている。

 ある生徒が、billion という語のページを開けてもってくる。

 (米)10億 (英)1兆

と書いていある。

 ???

 もちろん、今ではイギリスでも「10億」の意味で用いるのがふつう。(そうでないと、困りますよねえ、常識的に。)

 なぜ、筆者が、辞書的にいうと 《英古》 にあたる語義を載せたのかは謎。

 それはさておき、こういう単語帳的な暗記をしておくとあとでじわじわズドーンと効いてくるのという体験はオトナにはあるはずだと思う。

 最優先で行うべき学習項目なのになあ。わかってくれない生徒たちが不憫である。

 写真は、新大久保〈優創〉(ゆうさく)の、豚骨×和出汁醤油ラーメン。

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日本語で。

Ca3g1882  英語のついでに、日本語で大切な3語も考える。

 マルヤ先生オオノ先生のおっしゃる通り、まづは助詞からひとつ。

 「て」

 「くらやみを通り我をおとなふは月光と白き死者の額と」(高野公彦『汽水の光』の「て」。

(例はなんでもいいのだが。)

 「おもう」

 動詞群から選べば。

「死ぬことが恐く無くなるその前に死ぬならむ夜半の湯にゐて思ふ」(高野公彦『渾円球』)の「思う」

(例はなんでもいいのだが。)

 「お」

 オハヨウの「お」。オミオツケの「お」。オサケの「お」。日本語に特徴的な語といえる。

 次点としては「生」かなあ。

 なんて考えながら、〈麗郷〉の大根もち。同行者にこれってダイコンなの?と聞かれる。それくらいダイコン臭さはない。

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駒井哲郎展。

Komai_3   町田市立国際版画美術館へ。

 駒井哲郎の展覧会。

 駒井画伯はかつて17年間わたって「コスモス」の表紙に55作品を提供していただいた作家。

 もちろん、その時代を私は知らない。が、「コスモス」では、こんな特集を組んだことがある。

 ↑すばらしい企画。

 この(→)(中央に折り皺があるけれど)パンフレットの作品も、かつて表紙になっていたのだ。

 エッチングの技法など、技術的にはぼんやりとしか理解できないところもある。

 けれど、モチーフと技巧が組み合わさったところに生まれる繊細な感覚はわかる気がする。

 このあと、萩→伊丹→郡山→新潟→世田谷と巡回するそうだ。

 世田谷に帰ってきたらまた見たい。

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大切な3語。

Ca3g1880  やるべきこと、やりたいことが多い、昼、そして夜。

 ある生徒に、「英語で最も大切な3語を挙げてください!」とトツゼンに聞かれる。

 まあ、love とか thank とか please と答えることはできる。

 でも、それではクサ過ぎる。

 まづは、the だろう。

 つぎに、have だろうか。

 3番目には、and かなあ、と答える。

 a とか、I とか、you もありうるかもしれない。

 and よりも you かもしれない。

 というわけで、thehaveand ということで。。。

 まあ、とっさのことなので。

 かつて、『日本語で一番大事なもの』という本を読みかじったことがある。大野晋・丸谷才一両先生の本。

 それは、助詞ということだったのだ、と記憶している。

 みなさんは、どう思われますか?英語でいちばん大切な3語???

 写真は、新大久保〈麗郷〉の精進五目煮。肉っ気はなし。椎茸が肉の食感を補っている。

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アメリカ物語。

Ca3g1878  小島ゆかりさん『獅子座流星群』

・一ポンドが十六オンスなる謎もはるけしわがアメリカ物語

という歌がある。

 重さの単位という身近な素材で、アメリカを回顧している歌だ。

 さて、下句はどう区切って読むか。

 「棧橋」の批評会で、ある人が、

 はるけし/わがアメ/リカ物語

 と読んだのをまだ覚えている。

 それでは、四・四のぎくしゃくしたリズムで歌が台無しですよ、と(憤りつつ)発言した覚えもある。

 はるけし/わがア/メリカ物語

と読みたい。英語でアメリカという語は、「メ」の部分にストレスがある。(だから、メリケン粉という単語が生まれたのだが。)

 だから、この場合、ハルケシワガア、と力をためておいて、「メリカ物語」でぐーんと加速してゆくという読み方をとりたい。

 まあ、ウルトラCだけど。

 写真は新大久保〈栄寿司〉のわかさぎのフライ。

 なんで6月にわかさぎなのかと思ったが、うまかった。 

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ブルーマン。

Ca3g1851  中学3年生の校外研修。

 ブルーマングループの公演を見に行く。

 「六本木」でやっているという印象だが、六本木からの入り口は封鎖されている。

 地権の関係だそうだ。

 地下鉄の麻布十番駅で下車し、東洋英和中学・高校の前から入る。(明らからに裏口。)

 こういうとんでもない一等地に専用劇場をキープできるという事実が、充実した内容を保証しているともいえる。

 生徒たちも大満足だったようだ(学年主任がステージに上げられたりして)。

 写真は、〈点天〉の餃子。

 東京で、それもお店の中で食べられるのはここ(麻布十番店)だけ。

 京都の地下鉄の駅で売ってるやつだよね、と言っても、同僚たちの反応は鈍かった。東京での知名度はそんなものか。

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けものさえ。

Ca3g1835   雪舟えまさん『たんぽるぽる』に、

・けものさえ踏んだことのない原野が息づいている羊羹の中

がある。

 意味は明瞭。シュールで魅力的な歌。

 そういう「原野」が羊羹のなかにも、林檎のなかにも、あるいは自分の腎臓のなかにもあるのだろう。

 ただ、句またがりはこれでいいのかという疑問がある。

 跨っていようと割れていようと、57577の音で区切って読むべきだと思っている。(明らかに字余りとわかるものはそれでいい。破調はイカン。)

 とすると、

けものさえ/踏んだことのな/い原野が/・・・・・・

と切れる。

 「踏んだことのない原野が」は長すぎて息が続かないし、定型のリズムを捨てるなら、この部分は短歌ではない。

 音数の上では合うけれど、不安定な句またがりがもったいない。

・けものさえ踏んだことない原野あり

・けものさえ踏みしことなき原野なり

くらいでもいいかもしれない。(下句との接合の問題は残る。)

 『たんぽるぽる』には文語も交じっているから、可能性はある。

 せっかくのすばらしい発想なので、勝手にあれこれ考えてしまった。すいません。

 写真は、中野〈コパン〉のリゾット。生ハムとパルメザンチーズ。上品ではあったが、パンチ力不足、ボリューム不足であった。

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総選挙。

Ca3g1859  AKB48の「総選挙」。

 男子生徒(男子しかいないのだけど)の話題にものぼっている。

  (教室の後ろの黒板に予想順位が書いてあったりする。シノダさんやコジマさんと握手してきたという生徒もいて頼もしい。)

 「総選挙」は、英語で general election。ふつう、イギリスの下院(日本の衆院と言える)の全取っ換えの選挙を指す。

(これが中3はまだ知らないようだ。中学入試に出ないのかな?)

 歌う位置を決める(?)のだから、やはり選挙か。

 失われた10年とも20年とも言われた時期、SMAPのうたった歌詞にある、ナンバーワンよりオンリーワンなどのように、一つの基準での競争よりも、多様性や個性の尊重が言われてきた。

 アキモトさんたちは、そういう考えが一巡したと考え、それを逆手にとって、構成員に縦一列の順位を付けさせるという企画を立てたのではないだろうか。

 その手法をみんなで楽めるほど、個性尊重がフツウになったと言えるかもしれない。

 (まあ、教員の総選挙みたいなことをやられたら、ちょっと困りますけど。。。)

 写真は、京王井の頭線三鷹台駅前〈美たか庵〉の、冷やしきつね蕎麦。たっぷりで、うまい。

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