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話のはなし。

Ca3g1597  同僚と食事に行くと、学校の話題が支配的になる。

 それはしかたない。

 同じ生徒を教えていれば、生徒の話になる。

 それはそれでいい。

 もっとも関心のあることだし、人間観察を持ち寄って意見を出し合うのは望むところ。

 (ただし、情報ばかりになるとむなしい。)

 教員についての話や人事の話は、つまらないことが多い。

 そういう話題をおもしろがっているようではダメだという抑制がどこかにある。

 いや、その場ではおもしろいのだが、あとになって無駄な時間だったと思い返すことが多いということか。

 ただ、有益な人事の話もある。きちんとした人間観察に基づいて、褒めるところは褒め、改善できるところはそうしようと言い合う。

 その点では、数日前に大塚で過ごした同僚との時間は楽しく深かったと思う。

 二人で話すのが、もっとも贅沢でもっとも有益な時間の使い方なのかもしれない。

 写真は新大久保〈麗郷〉のチンジャオロース。まさに台湾風。

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あべかん。

Ca3g1800 名歌あって、秀歌あり。

 名人あって、秀人なし。

 秀才あって、名才なし。

 名物あって、秀物なし。

 名酒あって、秀酒なし。

 写真は、大塚〈きたやま〉にて。

 この〈阿部勘〉の蔵元は宮城県塩釜市にある。

 震災の影響は最小限だったそうだ。

 だが、お酒を卸すお店関係が被害を受けたという。

 だから、ふだん手に入らない、この「おりがらみ」が東京に回ってきたのだ。

 申し訳なく、ありがたい。

 お米というフルーツのジュースを飲んでいるよう。

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案山子。

Ca3g1771 学校は再開されてまだ3週間ばかり。

 ホームルームでも授業でも、生徒と一回顔を合わせるたびに、少しづつ場が和んでゆく感覚がわかる。

 手に取るように、という言い回しのように。

 授業で、scary(怖い)という単語が出る。

 scare(怖がらせる)を示し、ついでにscarecrow(カラスを怖がらせる→かかし)を示す。

 ついでに、〈案山子〉という漢字を書く。

 さだまさしに〈案山子〉という歌がある、と言う。

 佐田雅志という本名を思う。そして、言わない。

 写真は、中野〈ジョバンニ〉のサラダ。タコとオリーブがうまかった。 

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お茶。

Ca3g1793 ←生徒の京都土産。

 2月に、私が芝中学出身で、法然上人と縁があること、今年は彼(?)の八百回忌であることを授業で話した。

 それを覚えてくれていたのだ。

 500グラムもの重いものを、わざわざありがとう。

 話は変わる。

 ときどき、ブログ拝見してます、と言われる。

 おいしそうなものの写真が多いですね、と言われる。

  それはそれでうれしい。確かにおいしいかったものばかりだ。

 グルメですね、と言われる。

 そうなのかな、と思う。

 人によって言葉の定義がけっこう違うのだ。

 文章の部分についての言及はほとんどない。

 まあ、そんなものだなと思う。

 これが1601回目の記事。

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負ひたる。

・負(おぶ)ひたる子供を下ろしてそののちを負ふことなき最後の日ありき

 花山多佳子さんの『胡瓜草』から。

Ca3g1789 花山さんはいつもニヒルな路線なわけでもない。

 こういう絶唱もいい。

 結句の「ありき」の「き」に万感こもっている。文語文法の力強さだ。

 だれもが振り返ってみるとそういう「最後の日」を持っているということ。

 人生の歴史を振り返るときの哀感と、幸せだった時間に対する豊かな気持ちがとてもよくまとめられている。

 二句目がいわゆる四四の散文調のリズムであるのは惜しいけれど、せつない気持ちをストレートに醸す、とてもいい一首だと思う。

 写真は、鎌倉(夜)に食べた生しらす。昼間に江ノ島で食べたものよりも大きい。捕獲地が少し違うのだろう。おいしかった。

 シラスちゃんたちに、心の中で合掌。ありがとう、そのカラダ。

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やっぱり多過ぎる。

Ca3g1780

 日曜日。

 中野区議会議員選挙へ。

 おそらく、ほとんどの人が思うことだろうけれど、地方議会は定員が多過ぎる。

 この中野区は人口約31万人、に対して議員定数42。

 もともとの地方自治法の基準がめちゃくちゃなのだろう。

 交通事情や情報取得手段が変わってきたのに、昔の基準を適用しているのではないかな。

 議員報酬は(ヒラ議員で)年間約1200万円くらいらしい。

 月額約59万円、ボーナス280万円、活動費180万円。

 仕事がなければ区議会議員になればいい、というのは冗談ではなくなっている。1700票あれば当選できるのだ。

 ということで、定数削減を訴えている候補(リンクの人は次点で落選。。。)に投票。

 中野区は翌日開票。それは評価できる。

 写真は、新井薬師前〈メリメロ〉にて。

 カウンターから厨房への目隠しのように置いてある壜。ポールスミスのデザインのエヴィアン。

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『胡瓜草』。

Photo  花山多佳子さん『胡瓜草』(砂子屋書房)を読む。

 日常の(人生の)陥穽を突く感じがいい。

 人を食ったような文学的な微量の毒による痺れ具合を楽しむ感じか。

 プロの歌人による言葉の機微とか視点のねじれがいい。小池光と似ていても、どこかさらにクールな感じもする。

・リクルート・スーツ真つ黒どことなく堅気に見えぬ息子危ぶむ

・プラットホームのはづれに小さな祠あり白き煙がひとすぢのぼる

・電子辞書ひらくつもりがケータイをひらきて指はしばしさまよふ

・かなしくもなきことなれど顧みる回路によりては涙にじみ来(く)

・足のどこかに本のとがりが触れてゐる 何の本かと思ひつつ眠る

 こういう歌は、かすかな起伏だけれど、というかだからこそ、現代短歌のおもしろさの大きな謎の部分、言葉を超えた不可思議な感覚が含まれている。

 こういうものを理解できるのはうれしいし、いや、ギョーカイに浸かってしまったなあ、という思いもある。

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分析。

Ca3g1790   『プロ野球解説者の嘘』(新潮新書)という本。

 著者は小野俊哉という人。

 6回を終わってリードしていたチームは、9割近くがそのまま勝つ。

 クリーンナップが打っても、1・2番が打たなければ得点は増えない。

 阪神にあったJFKは、その前の6回をきちんと押さえる投手がいたからこそ機能した。

 各イニングでノーアウトで出塁があった場合、送りバントをする方がしない方より5%ほど得点が増える。

 というようなことを、さいきんのプロ野球の結果を分析して書いている。

 プロ野球の楽しみのひとつは、データを見ることにある。後付けであっても、こういうのはおもしろい。

 ただ、そういう話は少なくて、王貞治や野村克也の分析などでページを埋めている部分も多い。新書によくある、タイトル負けのパターン。

 酒の肴にはな軽い本。

 写真は、先日の鎌倉(夜)に食べた、しらすのかきあげ。これで1人前。うまかった。

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表現の背後に。

 隔月で書いている、「コスモス」の時評。

 今回は、村上春樹のインタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』と笹井宏之さんの『てんとろり』を題材にした。Photo

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しらす丼。

Ca3g1788  中学3年生は鎌倉・江の島の遠足。

(ついつい2年生と書いてしまい、訂正。)

 頻発する地震もあって、中止を考えなくもなかった。

 だが、しっかりと活動予定表を書かせて、連絡先も確認して実施。

 北鎌倉の円覚寺集合、鶴岡八幡宮で解散。たっぷり6時間くらい。

 中には、レンタサイクルで回ったグループもいた。賢いなあ。

 生徒はやや時間をもてあまし気味だったようだ。

 私は建長寺→鎌倉宮→鎌倉駅と歩き、そのあと江の島へ。

 写真は、生しらす丼。

 英語では、ヤング・サーディンというらしい。そのままのぶっきらぼうな言い方ですね。魚の文化がない感じ。

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桜アレルギー。

Ca3g1781  同僚のイギリス人が、サクラの花粉症だと言う。

 他にも、モモの花とか、食用のリンゴにもアレルギーがあると言う。

 共通するのはバラ科(rose family)だよね、と指摘すると、納得していた。

 日本に住まなければサクラアレルギーには気づかなかったかもしれない。

  こういうページも見つけた。

 世の中、いろいろだ。

 そういえば、アメリカ・バーモント州の高校に生徒を引率したとき、その校長センセイは小麦アレルギーだと言っていた。

 食事では、いきなりステーキとワインという組み合わせであった。

 ビールもパンもパスタはダメ。

 神の与えた試練、とは言ってなかったけど、たいへんなものです。

 写真は、新井薬師前〈メリメロ〉のランチの一皿。スズキのソテー、ヴェルモットソース。

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サンダーズ。

Ca3g1765

 しつこく、『海辺のカフカ』からのメモ。

ジャン・ジャック・ルソーは人類が柵をつくるようになったときに文明が生まれたと定義している。まさに慧眼というべきだね。そのとおり、すべての文明は柵で仕切られた不自由さの産物なんだ。

 これまた大島さん。

 短歌形式だって、不自由が飛躍力と爆発力を担保しているという感じもある。

「ことばで説明してもそこにあるものを正しく伝えることはできないから。本当の答えというのはことばにできないものだから」

「それで、ことばで説明しても正しく伝わらないものは、まったく説明しないのがいちばんいい」

なんているセリフも箴言めいていていい。短歌に当てはめると、ことばでなく、リズムで示しなさいということになるか。

 他には、カーネル・サンダーズの「ズ」とか、コーンフレークスの「ス」とかにも、英語を大切にしている人のささやかな主張があっておもしろかった。神は細部に宿る。

 写真は、中野駅近くの〈デル・ソル〉のピザ。

 デル・ソルは、太陽の意味ですね。

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ロコ。

Ca3g1764_2 

 授業中にも〈緊急地震速報〉が鳴る日々。

 短いサイレンのあと、地震が来ます!と言って秒読みを始める緊急放送。男性のキキセマル声。

 入学したての中1は、すぐに机の下に潜り込むそうだ。小学校教育の成果である。

 私が担当している中3は、きょとんとして待った後、予告通りに地震が来ると拍手したりする。

 速報の正確さに対する拍手なのだろう。(揺れが大きいと、こわばった顔をするのだが。)

 中学校教育の成果か。

 写真は、JR大久保駅前にあった看板。

 漢字は、「投貨式、自動、存放(ツンファン・あづける)柜」。橱柜がロッカーであるらしい。

 ハングルは、コ・イン・ロ・コと書いていある。

(この部分、タイトルを含めて、訂正しました。ご指摘ありがとうございます。)

 (イメージでいうと)「コ」と「コ!」の違いがあるのがハングル。ここは外来語なので、力強く「コ!インロコ!」とある。

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預言的なトンネル。

Ca3g1688  『海辺のカフカ』からメモのつづき。。。

 田村少年と大島さんの、ひとつづきの会話。

「彼女はおそらく意味や論理といった冗長な手続きをパスして、そこにあるべき正しい言葉を手に入れることができたんだ。」

「芸術家とは、冗長性を回避できる資格を持つ人々のことだ。」

「つまり佐伯さんは、その歌詞の言葉をどこか別の――たとえば夢の――空間で見つけてきたのかもしれないということ?」

「優れた詩というのは、多かれ少なかれそういうものだからね。もしそこにある言葉が、読者とのあいだに預言的なトンネルを見つけられなかったなら、それは詩としての機能を果たしていないことになる」

 うう。

 写真は、〈すき家〉の高菜明太マヨ牛丼。

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退屈でないもの。

 『海辺のカフカ』より。

この世界において、退屈でないものには人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。僕の人生には退屈する余裕はあっても、飽きている余裕はない。たいていの人はそのふたつを区別することができない。

「大島さん」に言わせている部分。

Ca3g1714

しかし自然というのは、ある意味では不自然なものだ。安らぎというのは、ある意味では威嚇的なものだ。その背反性を上手に受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだ。

これは別のところ。これも「大島さん」のセリフ。

 写真は、中野〈ジョバンニ〉のスパゲティ。

 退屈でもなく、飽きない。いや、飽きないのというのは、退屈なのか。

 茂吉は退屈だから飽きないのかな。

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野方。

Ca3g1733 春休み中、『海辺のカフカ』(上・下)を再読。

 発売当初から8年ぶり。

 筋もほとんど覚えていなくて、新作のように読んだ。

 奇妙なストーリーをどんどん追わせる部分と、哲学的な(こむずかしい?)部分が緩急つけて置かれている。

 後者は散文詩のようであって、気がつくと同じ段落をなんども読んでいる。

 だから、なかなか時間がかかった。(それでいいのだ。) 

 田村カフカ少年と不思議系老人のナカタさんが住んでいた、中野区野方(のがた)という地名は実在する。

 アジやイワシが空から降って来たことがある商店街。

 うちの最寄駅の2つ西隣の駅で、うちから徒歩でも20分くらい。春日真木子さん・いづみさんがお住まいの街。

 なぜ、村上春樹が野方を選んだのかなあ。ありがたいけど。

 写真は、大塚の北海道料理居酒屋〈三平〉で。ホタルイカ大好きの私です。

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待ちに待った。

Ca3g1717  ようやく、日本のプロ野球が始まった。

 待ちに待った、という言い方があるが、まさに待ちに待った開幕。

 千葉(幕張)では、4月のゲームは、nナイターを避けて、すべて午後1時開始。

 つまり、授業中のまさにその瞬間に試合が進行するのである。

 これは初めてのこと。

 ふつう、平日はナイトゲームだし、デイゲームは土日祝日だから、授業と重なることはない。

 不思議な感覚がある。

 それだけ緊急事態ということなんだ。

 チームは2連敗。。成瀬、唐川。。。

 写真は、新井薬師〈梅照院〉の本堂にあったもの。

 大きな存在に物理的に真向かって、なにか祈るというのは大切な瞬間だと思う。

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グラチネ。

Ca3g1720  シカゴ出身の黒人の同僚のTMさんが、ベントナイト・クレイというのを見せてくれた。

 ビニール袋に入った、火山灰みたいなもの。

 アメリカから送ってもらったという。

 日本語で検索すると、顔用のパックに使われているとわかる。

 英語(Bentonite Clay)で検索すると、飲み物に混ぜて服用し、解毒作用があるとも書いてある。

 この時期にそんなものをダイの大人の男性が取り寄せたのは、もちろん、レイディエイション(radiation)、つまり、体に入ってしまった放射能を除去するため、らしい。

 なるほどねえ。

 漢方薬は放射能は除去できないのかと問われて、たじろぐ。。。。

  写真は、六本木ミッドタウン〈ジャンポール・エヴァン〉のランチ。

 なんとかのグラチネ。完成したパスタをわざわざオーブンで焼いてある。これでチーズの香りが際立つ。

 グラチネ、グララタンと同じ言葉かな。

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帰った。

Ca3g1761  勤務地の最寄りの中華料理店〈一六八〉。

 ふだんは料理人2人とウエイトレス1人の体制(みな中国人)。

 だが、その料理人のうちの1人が地震のあとに帰国してしまったらしい。

 再来日の目途がたたないそうだ。

 ウエイトレスさんも息子さんに付き添って1か月程度中国に戻っているという。

 ただ、都内の中華料理店でも、オーナーが中国人の店の中には閉店してしまって、(中国人)料理人のなかには仕事がなくなって困っている人も多いという。

 だから、すぐに代わりの料理人が見つかったらしい。

 以上は、この店のオーナー(日本人で奥さんが中国人)の話。

 この日は、オーナーじきじきにウエイトしていた。

 写真は、その〈一六八〉の中華丼。味がかわったような感じはしなかった。

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12年。

Ca3g1692_2 都知事選の投票へ。

 これまで、選挙に棄権したことは2回。

 その1回が12年前の都知事選だった。

 吉祥寺から中野に引っ越しした直後。

 投票所は武蔵野市にあった。

 さすがに面倒くさかったのだ。

 翌日の高1の授業では、イシハラ当選の英語の記事を使った記憶がある。かすかな昂揚感があった。

 あれから12年、さらに4年かあ。(途中で投げ出すんじゃないか?という直感もある。)

 ある知り合いが、期日前投票に、奥さんの整理券を持っていってしまったのだけど投票させてくれた、と言っていた。なかなか柔軟。 

 写真は、公示前のもの。都知事選のあとの、24日に都議会議員選がある。そのときは、ブルーシートを外すのだろう。いっしょにやればいいのにねえ。

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じゃがいも気から。

Ca3g1750  松村正直さんの「やさしい鮫日記」

〈河野裕子と「コスモス」〉

という記事があった。

 高野公彦さんの、

「つまり歌人としての前半生は「コスモス」の人だったんですね。」

という発言から、河野裕子=「塔」、という(絶対的)イメージについての短い考察。

 (私だって河野さんとは「棧橋」に同じ時期に出詠していたこともある。)

 その高野さんの新刊を読めずに数日いたところ、「竹の子日記」にすでに言及があった。

 (高野さんは、ジャガイモが苦手ではないようです。シイタケは野菜??)

 かつては、さんざん食べて(酔って)こんなころに?!とおもう時間帯に、ポテトフライとかジャガイモベーコンなんかを注文していたから。肉じゃがもふつうにお召し上がりです。

 写真は、中野に復活したマルイ、その2階の「ロブロスカフェ」、そのランチのオープンサンドサラダみたいなもの。

 よく混ぜて食べる。スライスしたパルメザンチーズが効いて美味。

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九州。

 数日前、ソウル近郊の幼稚園56、小学校41、中学校1校が、休校したという新聞記事を読んだ。

 放射性物質を含んだ雨が降ることの懸念からだという。

 日本への物理的な距離感がわかっているはずのヒトビトでもそうなのか、とあきれる。というか、悲しくなる。

 神保町、小学館ビル地下の「九州」へ。

 かつて、「さんくす」と名乗っていた、九州料理の専門店。材料はすべて九州から取り寄せだという。

Ca3g1702

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縫って。

Ca3g1613  というわけで、昨日は、ホームルーム、朝会、朝会、ホームルーム、集会、業者との打ち合わせ、会議、会議、会議。

 その合間を縫って、教材の小さな打ち合わせ。

 やはり、ひとりではできない職業なのだと実感する。 

 職種によっては、こういう日常を繰り返している方がもおられるのだろう。

 こういう一日もいいものだ。

 写真は、新大久保裏〈麗郷〉の五目焼きそばだった、かな。

 疲れには麗郷が効きます。レイキョウと訓みます。

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開始。

Ca3g1731_2  今日、4月7日が、新学期のスタート。

 3月9日が期末考査の最終日で、生徒に会った最後の日。

 それから約一か月。

  震災のあとから登校禁止になっていて、クラブ活動ももちろん中止。

 みんな何をしていたのだろうかねえ。

 教員はもちろん、新学期の準備。昨日の英語科も多くの先生方がいた。

 今日の午前中に、本来なら3月14日の行われていたはずの答案返却を行う。

 明日が、中学・高校の入学式。(高校から新規の入学生がない、初めての年度。)

 土曜日が始業式。

 写真は、六本木で見た看板。

 字体がおもしろい。

 20代くらいの女性にこういう文字を書く人がいる。漢字は部首からなっているのだと、あらためてわかる。

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寂しき楽しさ。

Ca3g1743 「かりん」4月号宮部堂郎さんの文章。

 冒頭に島田修二『花火の星』からの引用がある。

・商業の寂しき楽しさ水槽に値札つけれら食鯉肥れり

・霧ふかき街たかくネオン広告の瞬きで資本肥えてゆくべし

・つらなりて行く夜の電車おほよその箱無人にて消費終りぬ

の三首。

 それを受けて

「そうした硬質さの中に光る率直さ、力強さに、羨ましさと眩しさを覚える」

と言う。たしかにそうだなあ。

 そのあと、土屋文明の歌を見てのち、

「私が感じた眩しさの正体はたぶん、こうした言葉が読者に、概括的でない、抽象性を超えた生々しい手触りをもたらすことを、作者が寸分も疑っていない、その確信にある。」

「作品はその時代の空気を率直に伝えてくる。」

と述べる。

 まさに堅実な指摘である。

 今回の大震災後の歌はどういう言葉で詠まれるのか、という視点にもつながるかもしれない。ヤワな言葉だけではだめなときはある。

 写真は、新井薬師(梅照院)の桜。プリンセスマサコという名前のようだが、それが品種なのかニックネイムなのかは不明。

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いまさら『地球光』その2。

Photo  田中濯さん『地球光』のつづき。

 東京移住から盛岡での歌(「Ⅱ」「Ⅲ」)から。

・恵比寿まで麦酒の素(もと)を運びたる三田用水はむきだしの頃

・ひとそろい時間を持てるひとびとのみこの噴水のまえに憩える

・愛用の鍋なるものがいつよりかかたわらにあり独身続く

・岩手へ行くか京へ帰るか 研究を捨てるといえば美しすぎる

・水を飲む喉の動きを思い出す冬の新聞折りたたむとき

  どれも知的な処理のなかに韻律の芯の強さが聞こえる。

 理屈と工夫は紙一重であるけれど、ぎりぎり理屈に入り込んでいない歌がいいと思った。ちょっと狙い過ぎな部分もあるかもしれないけれど、それも味になっているようだ。

 今ごろになってごめんなさい。

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いまさら『地球光』その1。

Ca3g1729_2  いまさらですが、田中濯(あろう)さん『地球光』について。

 京都の緊急代替批評会にも行けなかったので、少しメモ。

 「Ⅰ」と[Ⅱ」「Ⅲ」と分ければ、「Ⅰ」の素朴さの方がいい。

 学生のけだるい生活の雰囲気を伝えているのが良く、その芯にある自我の露出を抑えつつ、しかし顕れてしまうものは消さないままにしている感じがいい。

 そういう詩的ポーズそのもの(意図的かどうかは別として)は若書きとして気分がいい。

 ただ、少し考え過ぎというのか、「勉強」しすぎのような気もした。

 もっと素朴に詠みっぱなしにするか、方向の違う歌があれこれとあれば、純粋な田中調が際立ったかもしれない。

 それは理系先端の情報処理能力とは関わるのかもしれない。

・モラトリアムであるかもしれず鍋底にあたまを拭いたタオルを敷けり

・口論に脱ぎ捨てられし靴下が副詞のように添えられており

・尻見つつ階段あがる菌破砕プロトコールを考えながら

・残されし私物のゆえによみがえる人の名のありすすむ昼食

・糸くずをはらうあいまに遠方の空振りの人打席を外す

が「Ⅰ」のベストファイヴ。

 こういう自分の手でどうにもならないものをそのまま見ているような歌がいいと思った。空振りを遠くから見ている歌、いいなあ。こういう何ともない歌を作れるのはすごい歌人の証拠なのだ。

 写真は、六本木の赤坂九丁目交番前のオブジェ。(本文と無関係です。)

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あらばしり。

Ca3g1732_2  大塚の「きたやま」再訪。

 1階のカウンターは満席。2階へ。

 コートをかけるためのハコ型スペースがある。

 ただ、カウンター席では一升瓶を目の前にドーンと置いて見せてくれるのだが、2階の席ではそれがない。

 「手取川あらばしり」などをゆっくりと飲む。

 あらばしり、は久々湊盈子さんの歌集名だなと思いつつ。

 「かりん」の表紙は真田幸治さんの作品だと知る。今年の、大胆でポップで品のある絵もいいと思っていた。三色の馬が重なっているヤツ。

 真田さんは、六花書林刊行の本の装丁をすべて引き受けられている方。(『アスタリスク』でもお世話になりました。)

 写真は、「きたやま」の金目鯛の煮つけ。ゴボウもうまかった。和食の王道という感じ。

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ブローネル。

Ca3g1719  六本木の国立新美術館へ。

 「シュルレアリスム展」を見に行く。

 ミッドタウン内の〈ジャン‐ポール・エヴァン〉で腹ごしらえ。

 (→ねぎとベーコンのキッシュ)

 マグリットの作品が数点。やはり迫力が違う。

 ダダイズムの発生から丁寧に歴史を追った展示。(どうしてポピドゥセンターにはこんなにいい作品があるんだろう?)

 ヴィクトル・ブローネルの作品が多く会えたのがうれしかった。

 なんだか分からないけれど、その分からなさを超えて説得力を持つのが、芸術のいいところ。

 解説や謎解きをされるのも悪くない。でも、そのまえに原始的に一対一で向き合って作品のオーラを感じるのがいい。

 あまり先端に行きすぎて、やや不快になったり、芸術家同士の符牒の見せ合いみたいになっているのもは、短歌であっても絵画であっても、よろしくないと思う。

 中学生は無料。休み中にぜひ、見に行ってくださいね。

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風という名前。

Ca3g1712_2 新大久保駅裏〈クンメー〉にて。(→)

 豚肉とエビ味噌まぜごはん(カオ クルッカピ ムーワーン)。

 カオはご飯。クルッカピがエビ味噌ペースト、ムーが豚、ワーンが甘い、であるらしい。

 クンメーは、真向かいに〈ソムオー〉ができてから、劣勢なようだ。

 ときどきメニューをリニュウアルしてがんばっている。

  『ひとさらい』つづき。

 ベスト10首の残りをあげれば、

・わたがしであったことなど知る由もなく海岸に流れ着く棒

・風という名前をつけてあげました それから彼を見ないのですが

・天井と私のあいだを一本の各駅停車が往復する夜

・死んでいるいわしがのどをとおるとき頭のなかにあらわれる虹

・三番線漁船がまいりますというアナウンスをかわきりに潮騒

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