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『眉月集』。

Photo    本田一弘さんから『眉月集』(青磁社)が届く。

 会津若松市にお住まい。一歳年上の高校の教員をされている人。

 さすが、「心の花」と思える、大きくてゆったりとした構えは羨ましい。

 幸綱さんが帯で

「前のめりの歌人が蔓延する現代歌壇に、古さを恐れない新しさをひっさげて、……」

と書かれている通り。覚悟の歌集であるだろう。

 日本語の根っこの部分を愛惜し、代々受け継がれる生命のありがたさを受け入れる。

 言葉への自身(信頼というよりも)もあるようだ。(そこまで大きくでなくてもいいんじゃないかと思う歌もあるけれど。)

 それは、会津という(大都市の中間にある)土地柄の影響もある違いない。

 都会では、もう何か人間としての一線を超えてしまった感じもあるけれど、それ以前の素朴な生活感情を残しているのだ。

 鹿児島の森山良太さんを思い出させるようなところもある。

・喪ひし人に逢ひたし逢へる気がしてふるさとの桜みにゆく

・ぬばたまのふるさとの闇 手花火の火を息とめて嬬よりもらふ

・人はいつ熟るるといふか月光に斉しく濡るるわれといちじゆく

・会津野をほどろほどろに降り敷いて水雪(みづゆき)ほんにかなしかりける

 などの歌が、本田さんのコアな良さである。いい歌だなあと思う。

 が、こんなのもおもしろい。

・携帯電話といふ語聞くたび思ひ出づ「女囚携帯乳児墓」を

・ケータイの画面突然赤いろに変はりて届け召集令状

 歌人なら一度は思うだろうが、歌にはしないような分野。

 都会住みの私(たち)には、ある部分、「前のめり」に時代をつかみ取りたいという意識もある。(幸綱さんだって、前のめりに走ってきた人なんだし。)

 そこに対抗して、敢えてこの路線を押してきたところに、この歌集の意義があると思う。幸綱さんがおっしゃる「抒情の更新」を興味深く見つめたいと思う。

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らつきようの。76。

Ca3g0555  〈日々のクオリア〉。

 ケイタイ電話とうまく付き合えない中学2年生がいると聞いた。

 夜に友人からメールが来るので、集中して勉強できないとか。

 友人が半ばいたづらで一日何十通もメールをくれて、返事に忙殺されるとか(例外だけど)。

 夜になって、宿題は何だったかとか、小テストの範囲は何だとか情報交換しているとか。

 昼間会っている生徒同士が、夜に連絡を取り合う必要はない、と(大人は)思う。

 先日の保護者会では、簡単で確実な対処法を実践しているご家庭の話を聞いた。

 帰宅したらパスワードでロックしたケイタイを居間の一定の場所に置かせる、というのが一番のようだ。

 もちろん、親御さんがある程度の強権をもって子供を守りに出なくてはならない。子供もケイタイに振り回されたくないのだが、誘惑に負けそうで困っているのである。

 これは学校の領域ではない、親御さんの領域だ。がんばってください。

 写真は、中野通り沿いのトラットリア〈エトナ〉の生ウニソースのリングイネ。濃厚であった。

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『草深野』。

Photo  吉田美奈子さんの第2歌集『草深野(くさふかの)(柊書房)。

 だいぶ遅くなってしまった。

 ケアマネージャーのお仕事、ご自身の大病、父君の逝去などなど。

 人生半ばの濃い時間をそのまま映し取った歌集。

 光があふれるから、その分、影も濃い。

 しかし、言葉を追い詰めて負荷をかけたりせず、現実を言葉より前面に出して引き受ける感じ。

 言葉で隠すのではなく、言葉によって現実と対峙しているところがいい。

 もっと思い切って、もっとわがままままに気の向くままに作ってもいいのかもしれない。

 が、それではこの作者ではなくなる。これはこれで十分にすぐれた一冊になっていると思う。

・麻酔まだ残る身重し人の手が引きはがすごとわが体位変ふ

・点滴液落つる見をれば病む日々もひとしづくづづ過去となりゆく

などのご病気のときの作品はどれも力が入っているし、

・くちなはが川渡りゆく命のほか失ふもののあらざる強さ

・シーソーに乗つて揺れてる夢のなかわれと釣り合ひゐるは何者

・まむし草紅く熟れをり生命とは水路のやうな隠沼(こもりぬ)のやうな

など、命の不思議さを覗き込んだ歌もいい。

 あまりお会いする機会はないけれど、こういう作者がいて、その歌を読めるのは結社のいいところだとつくづく思う。

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『淡緑湖』。

Photo  都築直子さんから第2歌集『淡緑湖』本阿弥書店)が届く。

 中津昌子さんも、 さっそく 〈日々のクオリア〉。 で取り上げている。

 知的でありながら、その知に溺れる寸前を脱して物体の裏側を観察しているような歌。 

 例えば、こんな歌がいい。

 3首とも「声」関係。

・のみどより「ああ」とこゑ出すよろこびを知らず老いたり水中の鯔(ぼら)

(しつこく「水中の」と言ったところの効果はあるかもしれない。)

・茂り葉を五月の風に動かしてひとりごとばかりいふ樟の木よ

・日照雨(そばへ)ふるひかりの中のこゑとならむこゑとならむとして棕櫚は立ちたり

 あるいは、微妙な感覚を巧み掬い取って言語かした歌がいい。

・帰りきて茶碗へ冷酒そそぐとき湖畔のやうに日は暮れにけり

・はしること脚にまかせて走りつつ毛沢東の剝製おもふ

(毛沢東の剥製は、北京にある。私も見た。天安門近くだったか、広大な建物の中にあった。)

・いちまいの布を裁ちたる左右(さう)の手のかさなるときにつめたさ違ふ

 ぜひ、お薦めしたい歌集である。

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撃たれたる。75。

Ca3g0537   〈日々のクオリア〉。

 ↑は、バグダッドでの歌。

 サッカーの日本代表はとにかくすごかった。(祝)(喜)。

 あれだけテストマッチで負けつづけたのに、本番になったら、ヤマイモのような攻守。

 模試でE判定だったのに合格した生徒のような感じか。

 それに引き換え、イタリア代表はねえ、という話になる。

 中1の教科書で、サッカーチームに怖い「coach」がやってくる、という話があった。

 初学だから「コーチ」と訳しておいたのだけれど、今となって、やっぱりあれは「監督」とすべきだったかなと思う。

 ご存知のとおり、野球の監督はマニジャー(manager)、映画の監督はディレクター(director)である。バスケもアメフトもコーチ。

 写真は、高田馬場、中国人経営の弁当屋のもの。

 大きな鶏の唐揚げ。おいしいのだけれど、味付けがちょっと濃すぎる。

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パのジョン。

Ca3g0575_3  教育実習の期間が終了。

 (もちろん私のではない。)

 今回、英語科に来ていた上智大学の院生も3週間だった。

 なんとなく恒例になっている慰労会にも出席。

 新大久保〈トンマッコル〉というお店を選ぶ。

 トン=童、マッ=純粋な、コル=村、らしい。

 ただ、純粋な村の子供なのか、純粋な子供の村なのか、修飾関係は不明。

 写真は、イカ炒め。

 他にも、スンデ炒め、チーズトッポギ、ネギチヂミ(パ・ジョン)、海鮮ネギチヂミ(ヘムル・パ・ジョン)、ジャガイモチヂミ(カムジャ・ジョン)などなど。

 なんとなく味が近いものが多くなってしまった。

 メニューには、たとえば日本語で「ネギチヂミ」とあって、ハングルで「パ ジョン」と書いてる。

 標準の?韓国語でジョンと呼んでいるものを、東京ではチヂミと呼び、それを韓国人が受け入れて呼び名としているのはおもしろい。

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人のかたち。74。

Ca3g0571  〈日々のクオリア〉。

 ↑もまだまだ前半戦。

 それでも、なんとか続けられているのは、二人交代で書くスタイルだからに違いない。

 田村さんもなかなかうまいことを考えた。いや、そういうスタイルの先蹤があるのかな。

 もちろん、お相手が中津昌子さんなのはとくにうれしいんだけど。

 「短歌研究」7月号の〈作品季評〉に、同誌の4月号に出詠した連作が取り上げられている。

 長くこの欄を読み続けてきたが、自分が俎上にのるのは初めて。

 20首中11首が再録されて、栗木京子さん、佐藤通雅さん、笹公人さんのお三方に丁寧なご批評を賜る。ありがたいありがたい。

 こちらの意図を的確に読み取ってくださり、こちらがちょっと無理したなあと思うところはきっぱりとダメ出しをしてくださっている。

 (メンバーという英単語は文脈によるけれど、「議員」を指すのです。日本語にはなじまないですねえ。反省。)

 写真は、西武新宿線中井駅の上。急行の通過待ちの間。夏至だったかな。

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『大女伝説』。

Photo_4   この本について書くのが遅すぎた。

 松村由利子『大女伝説』(短歌研究社)。

 松村さんは、先日、石垣島に移住されたと聞く。

 さすがだ。すごい。なんか、松村さんは憧れる人。

 この歌集も、一言でいえば、大柄、印象的、勢いがある。

 新聞社の超多忙な(休刊日前日以外は休めなかったとか?)日々から抜け出したあとの時期。

 大きなテーマを設定しての連作がいくつもあるから読み応えがある。

 一首づつ喘ぎながら作っている私が最も見習いたい人だ。

・鑑賞用鯨飼いたしふたつ三つ丼鉢にあおく泳がせ

・三十八億年続く葬列の最後に従(つ)きてわれら生きおり

・人のかたち解かれるときにあおあおとわが魂は深呼吸せん

・ものの名前みんな忘れて立つときにああ美しき世界の夕暮れ

 空間と時間を大きく見て、そのまま大きく歌う。自分の胸郭が広がる感じがする。

 もちろんそれだけでない。

・島人の注文に耳そばだてる「しまぁ」というは泡盛のこと

・ダイビング機材一式去年のより重くなりけり一年老いたり

・「経年のシミ汚れあり。状態はまずまず良好」われという本

・目の記憶耳の記憶とたどり来て腕の記憶と思えり子ども

など、バラエティに富んだ読み口で楽しませてくれる。

 沖縄への対し方の変化にも今後注目したい。最後の歌は、ご事情でご一緒に住まなくなって久しい息子さんを詠んだ歌(たぶん)。「腕の記憶」というのは、切なすぎる言い方だ(泣)。

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野の上の風に。73。

Ca3g0545  〈日々のクオリア〉。

 『青南集』の凡例の初めに、

 青南を名としたのは、青山南町(現在は青山南町と改称)はこの集の全製作の地であり、更に私の半生住居の地だからである。

 とある。文明が住んでいたころはどんな土地だったのか。 

 現在も「青南小学校」があって、ウチのクラスにはそこの卒業生が二人いる。

 写真は、新大久保〈栄寿司〉の穴子丼

 この店、穴子はたいていあるにはある。が、煮立てかどうかで味は違う。穴子ちゃんにもその日の調子があるらしい。

 よく知らないお客さんが注文して、ひたすら待たされていることもある。

 だから、マスターに「今日はアナゴ食べなっっッッ!」と勧められたら素直に従うのがよいのだ。

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イエズス会的。

Ca3g0553  アイルランド、スウェーデン、クロアチア、チェコ、ロシア、ベルギー、トルコ、など。

 今回のワールドカップ(サッカー)に出ていない国である。

 日本国内だって、朝日新聞の一面になるほど大騒ぎなのだ。

 これらの国のヒトビトは、アジア枠(アジア優待枠と呼んでいいい)にはお怒りのことと思う。

 だからこそ、チーム日本には、がんばってもらいたいのである。(のである、というほどでもない、のである。)

 調べてみると、直近のFIFAランキングで、日本は45位、韓国は47位、北朝鮮が105位。(オーストラリアは20位。)

 そんなチームを本戦に出してあげようという。

 そういう商業主義と両立した、布教(ミッション)の感覚は、いかにもイエズス会的であるかもしれない。

 その布教にすっぽりはまっている私である。日本が出ていなければこんなに大騒ぎにならないだろうし、無料放映も縮小されるかもしれない。これでいいのだ。

 写真は、三鷹台駅前の〈美たか庵〉の「スタミナ冷やし蕎麦」。

 ポスターの写真は小さかったのに、実物はデカかった。キャベツとレタスがたっぷり。締めには大きすぎたが、なんとか攻略。

 焼肉が入るだけで「スタミナ」と名付ける単純さを嘉す。

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緊密さ。

Ca3g0549  おとといの迢空賞・蛇笏賞贈呈式につづいて、昨日は「コスモス」の編集会。

 保護面談などを終えて、駆け込む。大きな賞の選考もある。

 そのあとの、食事の部を早目に辞して(中央線はよく遅れるし)、帰宅。

 サッカーの対オランダ戦を見る。かなりの善戦。

 野球のオランダと日本ほどの差はないかもしれないけれど、プレーの緊密さの違いは、素人にもわかる。

 悔しいけれど、よくやった、と思う。

 かつては、セリエA(イタリアです)の試合を週に2試合くらい(テレビで)見た時期もあったが、今はなかなか見られない。というか見ない。

 久々にみんなのお祭りに参加させてもらっている心境。

 民放の解説者(松木安太郎だが)が、無駄に興奮しているのが悲しかった。そういう人をクビでできないのは視聴者がバカなんだろう。

 いや、そういう親しみやすそうで隙のありそうなオジサンを入れておく方が視聴者をつなぎとめられるからだろう。

 スカパーにはもっときっちりしたことを言う人がたくさんいて、サッカーの見方を教えてもらった気がするけれど。

 (いいものには費用がかかるということかなあ。)

 写真は、近所に新しくできた、欧州料理〈SASA〉という店のオードブル。きっちりしていた。これはプロの仕事。

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おだやかな。72。

Photo_3  〈日々のクオリア〉。

 ↑にも取り上げたのが田中教子さんの『乳房雲』(短歌研究社)。

 刺激的なタイトルやド派手な装丁は読むのをためらわせた。が、なかなかいい歌もある。

 ↑に書いたことにすこし補足。

・にはか雨過ぎししめりをてくてくと黄色い靴が歩いて行つた

 これは、わざと俗な「てくてくと」を使って、恐怖感を見せている。そして、

・the sudden shower / is  over - / tramp tramp / go my yellow shoes / through the wetness

と訳されている。

 訳者は「自分の黄色い靴」としてあるが、私なら、「だれかの靴」としたいところ。

 まあ、こういう翻訳の試みは当たり外れがあるわけで、その辺は田中さんも覚悟の上だと思う。

 それはそうと、tramp tramp というオノマトペの処理はおもしろい。私は文学の英語はまったくわからないから、こういう点に感心してしまう。

 あるいは、

・くら闇にぷすりぷすりと穴のあく音がする朝がやつてきたらしい

もいい歌。

・with the sounds / of holes being poked / in paper screens, / this blackness is pierced - / morning has come, it seems

なんかもおもしろい。

 でも、翻訳では「紙のスクリーン(つまり障子、それも複数形)」に穴があけられつつある音」とされているのが訳しすぎではないかと思う。

 暗闇に直接穴があく、というシュールさを原作は出していると思うのだが。

 そのようによんでゆく楽しみもあった歌集だ。

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展望50。

 「コスモス」に隔月で書いている「展望」は50回目。

 杉崎恒夫歌集『パン屋のパンセ』に触れた。もう出尽くしている感じもするけれど。

Photo_2

 

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寒ゆるぶ。71。

Ca3g0481  〈日々のクオリア〉。

 昨日のつづき。

 そのオペアの女性が、自分は「ユーゴスラビア」出身ではない、「スロベニア」出身なのだ、としきりに言っていた。

 そのしばらく前から、ユーゴに内紛があったことは知っていた。

 が、スロベニアなんて「国」があるなんて知らなかった。

 ユーゴ最北端のスロベニア(共和国)はすでに工業化していて、まあまあ豊かであった。

 だから、その他の貧しい地域と民族に税金を分配したくないというのが彼女の話だった。

 帰国後、そのスロベニアがユーゴスラビアから独立するための内戦やら交渉やらのニュースが連日新聞に乗り、私はかなり真剣に読んだ記憶がある。

 当時はメールがなく、そのあと何度か手紙をやり取りして、音信不通になってしまったけれど。

 シュペラという名前だった。

 そんなこんなで、スロベニアという名前はめちゃくちゃ懐かしい。 

 写真は、中野〈ジョバンニ〉の、ラムのラグーのパスタ。

 羊肉の臭みが好きな私にとって、うれしい一品。

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スロベニア。

Ca3g0548  スロベニアという国がサッカーのワールドカップに出ている。

 すでに1勝。

 人口はたった200万人ほどの国。

 私にとってこの「国」名はとても懐かしい。

 1991年2月~3月に私はロンドンにいた。

 ホームステイをして、近くのユーロセンターいう英語学校に通っていたのだ。東京でいうと八王子のようなところで。

 直前の1月半ばに湾岸戦争が始まっていた時期。日本人は少なかった。

 そのステイ先に、オペア(au pair フランス語)がいた。オペアとは、〈英語習得のため住み込みで家事を手伝う外国人女性〉とジーニアスにある。

 そのオペアの女性がスロベニアの首都リュブリヤナ出身であったのだ。

 いろいろと表裏で便宜をはかってくれてうれしかった。

 写真は、中野〈オリエントスパゲティ〉のもの。

「国内産剥きアサリと六種キノコのジェノバクリーム、無添加生フィットチーネ」

 さわやかな初夏の一品。

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声閉ぢて。70。

Ca3g0546   〈日々のクオリア〉。

 写真は、栄寿司のランチに追加した、イワシの握り。

 ここでは、イワシは定番にはない。

 マスターが特にいいと思った日にしか入荷しない。

 足が早いから嫌うのか?

 こんなの入ったよ、と見せられたので注文。

 目の前で頭を取られ尻尾を取られ皮を剥かれたイワシ君。

 口の中で溶けた。思わず合掌。

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総務課の田中。

Photo_3   「かばん」6月号も届いている。

 特集2の、杉崎恒夫歌集『パン屋のパンセ』について歌集評を書かせていただいた。

 ゲラ段階で読めたのは嬉しいことだった。

 なんと、重版になったというから、ぜひお読みいただきたい。(六花書林へ。)

 特集1は、辻井竜一さんの第一歌集のついて。なんと18ページ。

 ひとりの歌集についてそんなに紙面を割くのは、かなり思い切っている。そのエネルギーに驚く。

 「棧橋」だって「コスモス」だって2ページだ。それがふつだろう。

 編集人はその辻井さん。ご自身としてはちょっと恥づかしかったはずだ。

 これらを「短歌」と呼ぶのは抵抗があるし、ちょっとむなしい感じもするのだけれど。次の歌などはなかなかいいインパクトがあって良いなあ。

・そこら中夢のかけらが散らばっているけどあまり気にしないでね

・一言も喋らずアメをなめていた本格的な休日でした

・申し訳ございませんが総務課の田中は海を見に行きました

・さよならの歌聞こえたら帰るからもうちょっとだけ幼稚園前

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『しらまゆみ』。

Photo  昨日、発言を引用した、栗木京子さんの第7歌集『しらまゆみ』(本阿弥書店)が少し前に出ている。

 これだけ長く秀歌を作り続けていると、テーマとか技巧とか、大きな変化を設定するのは難しいだろう。

 でも、堅実に、眼の前の空気を吸って、その空気の味と匂いを表現している感じ。

 だれにでも来る加齢や生活の変化のとらえ方がどれも鋭く栗木的である。

・歩幅こそかなしかりけれ饒舌に語りつつ母の遅れがちなり

・順(したが)ふといふ快楽をおもふかな幹をつたひて雨流れ落つ

・幼くし敗者になるとふ体験のわれにはあらずあらざれば浅し

(これは「責任のとり方」という発言につながる。)

・護衛艦その名も「さざなみ」「さみだれ」の脱力系なる名前さびしむ

・一本づつパジャマに脚を通しをり明日より若い今夜のわたし

など、どれも視点が透っている。

 とりあえず、あげるだけにて。

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感情の水脈たしかめて。69。

Ca3g0540  〈日々のクオリア〉。

 「歌壇」7月号には、加藤治郎さん、栗木京子さん、永井祐さんの鼎談が載っている。

〈今、良い歌とは〉というタイトル。

 加藤さんが、

・秀歌は瞬間的なものでなくて、人生をかけて、二十年、三十年、四十年の文脈のなかに出てくるようなものがあると思うのです。

とか、

・秀歌というものは(中略)歌集単位で出てくるもの。

と述べているところに首肯。

 永井氏が、5首中4首を雑誌や新聞から抄出しているのと対象的だった。

 栗木さんが、

・どれだけリスクを負っているかというところに私は共感します。

と述べて、中沢直人氏の「エリートは晩秋の季語」というフレーズを褒めていたり、水原紫苑作品に対して、

・こういう時間や空間の重層性が「良い歌」には必要でないか。

と言っているのも、さすが。

 加藤さんには、拙歌を吉川宏志作品と並べて評していただく。ほんとうに感謝である。

 写真は、新井薬師前〈四文屋〉のナンコツ刺。

 刺といっても湯がいて冷やしてある感じ。(生とは思えないんだけど。)ポン酢もいい。

 これで、キンミヤ焼酎梅シロップ割を飲むと最高。

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リバイタライズ。

Ca3g0543  新内閣になったところで、授業では、英語の閣僚名簿を読む。

 個人的に、日本の事象が英語でどう訳されているかに興味がある。

 と同時に、生徒に早くオトナになってもらいたい、という希望もある。

 Justice minister, Foreign minister, Finance minister (法務、外務、財務)などはわかりやすい。

 Education, culture, sports , science and technology minister というのが、カワバタさん。

 Land, infrastructure, transport and tourism minister, state minister for Okinawa, affairs related to the Northern Territories というのが、マエハラさん。

 国土、インフラ、輸送、観光大臣、(兼)沖縄及び北方領土関連問題担当国務大臣、となるか。

 レンホウさんの〈行政刷新〉大臣は、State minister in charge of government revitalization となっている。

 revitalize は、新しい活力を与えるとか、生き返らせる、という意味。ビタミンの vit が入っている。

 ただの、reform(改革)という言葉以上のものを使ったのがおもしろい。

 写真は、中野〈メリメロ〉のランチの一部。鶏ムネ肉と凝ったソース。

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乳飲み子の。68。

Ca3g0457  〈日々のクオリア〉。

 昨日のマリーンズは、マエケンに8回まで3安打無得点に抑えられていたが、9回2アウトから同点に追いつく。

 オーマツ選手の二塁打。

 (でも、今年はマエケンから18イニングで2点しかとれなかったんだ。)

 解説の黒木知宏の、マエケンの気持ちになってのコメントがよかった。

 オーマツに打たれたよりも、直前の金泰均にフォアボールを出したところが悔しいでしょうね、と言ったところ。

 そういう解説をするのが黒木のいいところ。(ジョニーとか言ってるのはいやだが。)

 フォアボールといえば、井口、西岡、金泰均がパリーグのフォアボール数トップ3人。

 とくに、井口は昨日まで57個でダントツ1位。60試合でこの数字はすごい。後ろに金がいるのに。

 写真は、いつもの〈コパン〉のピザ。こういう素朴なのもいい。挿絵的に。

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Wonderful Tonight 。

Ca3g0512  授業で、Wonderful Tonight を聴かせる。

 エリック・クラプトンの名曲中の名曲。1977年発表。

 教科書ではビートルズの In My Life が載っているあたり。

 教育とは、「早くオトナになれ」と伝えること(内田樹)だから、まづはオトナの世界を見せないといけない、とつねづね思っている。

 そこでクラプトン先生の出番。

 簡単な歌詞で深みのある楽曲。シビレマス。

 ねんじゅう聴いているのだけれど、そのたびに生まれて、生きていて良かったなあという気持ちになる曲だ。

 生徒たちにも、そんな至福の時間を味わってもらいたかった。英語なんてわからなくても、クラプトンのギターを耳にすれば人生の中でいいことがあるのではないか、と思う。

 ちょっと難しすぎたかもしれない。

 写真は、上野の森美術館の隣にある、〈土古里〉(とこり)の「山形牛カルビとホルモンのコチュジャン煮込み定食」。

 従業員のまかない人気ナンバーワンだという味噌煮込み。さすがにうまかった。

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春山の。67。

Ca3g0536  〈日々のクオリア〉。

 前さんにお会いすることはなかった。大きな欠落感はある。

 写真は、おとといもらった応援ボード。

 イムチャンヨンを応援するための配布物だけれど、キムテギュンにも使えるわけだ。

 金泰均の応援歌は、

 ナーリョーボーリョー、キームテーギューン

 と始まる。

 「ナリョボリョ」は、かっとばせ、の意味らしい。

 「アンタ」という言葉も入る。安打、の意味である。

 いい時代である。

 昨日のテギュンは満塁ホームランを打った。ヒムネラ効果かな。

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じんぐう。

Ca3g0529 昨日は、神宮球場へ。

 ロッテ戦が組まれるのは年間2試合のみ。

 貴重な機会。

 午後3時開始もいい。

 ここでいつも思うのは、昔風の野球場だなあということ。

 座席の横幅がせまく、ファールグランドが狭く、なにより両翼までの距離が狭い。(公表では101メートルだが、虚偽ではないか?)

Ca3g0530 ビール販売は、生ビール(樽を背負うもの)、缶や瓶から注ぐもの、の3種類ある。

 とにかく、川崎球場を思わせる原始的な和やかさがいい野球場だ。

 試合は終盤に1球の失投により負ける。プロは1球で泣くのだ。

 敵ながら、林昌勇(イムチャンヨン)を初めて見られたのがよかった。うつくしい投手だ。

 こういう韓国の至宝のような人を身近に見られるのはありがたい。

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「棧橋」102号。

 参加できなかったけれど、102号の批評会(@浜松)も終了。

 6首目は、「ゐたたまれない」の誤記。すいません。

 7首目について、ある方から「お好みのめかけ」でないかとご指摘いただいたが、志ん生は「お気に入りのめかけ」と言っている。

 バラエティがあるのだろうか。

Photo

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デッサンの。66。

Ca3g0518 〈日々のクオリア〉。

 花山さんの中で一番好きな歌。(↑)

 昨日のマリーンズは、丁寧にピッチャーをつないだけれど、薮田安彦が打たれた。

 もうトシだしなあと思う。が、年下の37歳。

(名前に彦がついているのがうらやましい。)

 そのあと、小林宏之を出し惜しみして9回をしのいだのだが、そのコバヒロが打たれてはしょうがない。

 野球のおもしろさのひとつに、非力な中継ぎ投手がなんとかひとつづつアウトを重ねてゆくのをハラハラしながら見ることがある。

 今年のロッテはそのあたりの機微が読めているようだ。(結果論だけど。)

 それにしても、何が悲しくて4時間40分も野球をやっているのだろうかなあ。

 写真は、西落合〈エシャレット〉にて。

 プリフィックス(価格均一)コースのうち、前菜の鳥レバーのムース。

 さすが上品にまとまっている逸品。

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巡検。

Ca3g0499  学校のことばかりで恐縮なんですけど。

 中2の社会科では、〈巡検〉をやっている。

 先日も、「大久保フィールドワーク」と称したものがあった。

 新宿区大久保界隈は、外国人居住者がとても多い。

 NHKテレビの〈ブラタモリ〉でも紹介されたほど。

 職安通りの「韓国広場」(スーパーです)やハラールフードの店など、いくつかのチェックポイントを通る。

 興味をもったものの写真を撮り、報告書を書く。

 ゴミ出しの看板が数か国語で書かれているところも多く、私もいつもおもしろく散歩しているエリア。

 事前にビデオを見せたりして問題意識を持たせ、校外活動をさせる社会科の努力(とシステム)には頭が下がる。

 生徒たちは、韓国直輸入のお菓子などをたくさん買って戻ってきた。

 写真は、小田原駅の駅弁。「桜えびとじゃこの海物語」。東京駅で購入。千葉マリンで食べた。 

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男の体なれど。65。

Ca3g0483   〈日々のクオリア〉。

 昨日は、〈校外研修〉。

 中2は、上野の鈴本演芸場へ。

 「学校寄席」の特別プログラムを組んでもらう。

 こういうときは、7クラス280名のスケールメリットを感じる。

 鳴物の紹介、曲芸、落語、漫才、紙切り、落語、で約2時間。

 漫才は「ロケット団」。

 秋田弁と英語のネタはなかったけれど、15分間よどみなくしゃべるのはさすがプロだ。テレビとは違う満足感があった。

 お口の恋人東京ガス。安さ爆発東京ガス。木篇に赤でリンゴ、木篇に黄でレモン??

 紙切りは、あの正楽さん。職業病でねえ、という語りもあってうけた。

 落語は一人目の林家たけ平さんが若さを生かした語り。それに対して主任(トリ)の古今亭菊之丞さんは、オトナの落語を(中学生に媚びないで)そのまま聴かせるという感じだった。

 こういうのはアウンの呼吸なのだろうか。

 午後は、上野の博物館めぐり。科学博物館に行った生徒が多かったようだ。

 写真は、中野〈ジョバンニ〉の、自家製サルシッチャ(小さい肉団子みたいなソーセージみたいなもの)と手打ち太麺のパスタ。

 この店は、香草が効いていて、好み。

 餃子をパスタにアレインジするとこういう感じになるのかな、という感じ。

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マーフィー。

Ca3g0491  勤務を終えて、中央線、京葉線を乗りつぎ海浜幕張へ。

 千葉ロッテ対読売のゲーム。

 平日に来ることは稀だが、信頼する、熱心な同僚の誘いもあって、予定を入れた。

 なんとか試合開始に滑り込む。

 この時期のナイターは、徐々に夕暮れから夜になってゆくのを見るのがいい。

 野球というスポーツの、のんびりした感じが強調される。

 やはり野球は外で見るべきもの。できれば天然芝がいいのだが。

 加えて、11対0の大勝。

 会心のホームランあり、効果的な2塁打あり、堅実なバントあり犠飛あり、いい攻撃だった。得点経過を覚えていられないくらいの大量得点。

 ただ、読売が3つもエラーして試合を壊したとも言える。

 ビル・マーフィーの快投おかげで9時に試合が終わる。ありがたい。

 元気をもらって帰途につく。

 写真は開始直後(6時15分ごろ)の風景。

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茸のごと。64。

Ca3g0476   〈日々のクオリア〉。

 (これも↑まじめに書いております。ご一瞥ください。)

 英語科の有志で中間考査のお疲れさま会にゆく。

 同僚と会食のときに気をつけなくては(というほどでないけど)ならないのは、ついつい、職場の話題に終始してしまうことだ。

 それはそれとして、やはりつまらないと思う。

 この日の5人はみなバランス良く話題を提供した。

 というか、こちらから無理に切り込んだ。

 おかげで、コストコやイケアの話の話で盛り上がったし、廃校寸前の小学校に家族ぐるみで転校した人の話なども出た。

 まあ、英語と日本語をまたぐ冗談をこれほど理解するメンバーもいないわけで、楽しかった。

 場所はもちろん(でもないけど)、新大久保の〈一六八〉。写真は、タコと葱が入った炒めものだな。滞在5時間。中途半端な居酒屋にゆくよりよっぽど安くてうまい。

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