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台湾(1)。

Photo 台湾に行ってきた。

 まづは花蓮へ。

 台北から80人乗りのプロペラ機に乗って40分くらい南下。空港は軍民共用なので撮影禁止。

 雲の上に山の頂上が見えた。南の方にPhoto_2は富士山より高い玉山(4000m弱)がある。

 かつて、新高山と呼んでいた山である。

 花蓮から1時間くらいバスで北上して、タロコ渓谷の中に入る。全体が大理石でできた山。

 柵を乗り越える人がいるらしい。

Photo_5 上の写真は、バラのつぼみとブルーベリーのお茶。蜂蜜を入れて飲む。美味。ポットの下に蝋燭が灯してあって、保温になっている。賢いなあ。

 のちに台北市内の問屋街でこのバラ茶を買う。土産店ではほぼ3倍なっている。そういうものである。

 タロコのトイレの写真。ちなみに洋式は「坐式」であった。ほんとうにそう呼んでいるのかは疑問。

 花蓮空港で見た広告にも心打たれる。確かに萌えるPhoto_4ものではある。

 台湾と中国の旅行の楽しみの大きな部分は、漢字である。

 看板や広告を見ているだけでも飽きないのである。

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春分、夏至。

Photo_5 春分の日を過ぎて、確実に日脚の伸びを実感する。

 歴史的なこじつけもあるけれど、春分・秋分を休日にしているのは、かなりブンガク的な制度ではないだろうか。

 他にそういう国はあるのか。調べる元気はない。

 どうせなら、夏至も冬至も休日にすればいい。特に夏至の時期には祝日がないし。

 この冬は、なんとなく寿司を食べる機会が少なかった気もする。

 冬だから、もっと体の温まるものが食べたいと言う気持ちだったなのか、栄寿司の暖房システムが不安定だからか、顧みても(かえりみるほどでもないが)、よくわからない。

 もっと大きな流れのようなものがあるのかもしれない。

Saba 写真の上が、(栄寿司の)コハダとイカ。ほっておくと2コづつ握られてしまうから、確実に「1コづつ」と指定しないといけない。

 下は指定しなかった結果である。

 鯖を食べると、宮英子さんを思い出す。

 宮英子さんは、鯖アレルギーなので、これをお召し上がりにはなれないのだ。申し訳なし。

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どうにもこうにも。

Photo_5  奥村晃作さんの『多く日常の歌』(ながらみ書房)を読みました。

 率直に厳しく申し上げざるをえないです。

 やはり、本は装丁も大切でしょう。それに組み方が途中で変わるのも奇異に感じられました。

 たった1年で、1000首もできたというのはすごいことです。でも、やはり無理なものは無理ですね。量産は良くないと思います。何を焦っておられるのか。つぎつぎに出されても、逆効果のような気がします。(歌集の歌を数日後に総合誌で見ました。時間を置いて推敲するともっといいと思います。)

 「自選力乏しい人が自選する歌集―歌集は甘くはないぞ」と自ら歌集で言ってらっしゃるますけれど、どうにもこうにも、です。

 言葉はほぼきちんとしていますが、素材の向き不向きはあるし、力技でも丁寧に詠んであればなんでもおもしろい、というわけでもないのが歌の本質だと思います。そういうことを考える素材になる歌集でしょう。

 描写と説明の違いということも議論になるかもしれないですね。

荻原裕幸さんは、

「いよいよただごとが極まり、あくまでも文体や修辞の是非を問う従来的な秀歌観に近いところで捉えて読む、というのが難しくなって来た気がする。自在の境地に達しつつあると言うべきか。」

 とおっしゃっているけれど、ものは言いようで、かなり痛烈である。

 良いと思ったのは、以下の歌です。(写真は、高田馬場「ぶぶか」のラーメン。もやしとメンマをトッピングしてある。無関係です。)

・千両の実は葉の上に付くゆえに万両よりも色濃い赤だ

・朝明けの目覚めの床のうれしさは「ゆうべお酒を飲まなんだこと」

・自然なる慣習として天皇は参議院本会議場に行くのみ

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わかめのために。

Photo_4  このごろ、いわゆる〈マイ箸〉を持ち歩いている。

 はじめのころ、居酒屋で使って、すっかり忘れて店を出てしまったこともあった。(店員さんが気づいて持ってきてくれた。)

 一人ならいいのだけれど、同僚がいたり、大人数だったりすると、説明するのが面倒くさくて、すこし気恥づかしい気もして、ついつい割り箸を使う。

 特に主義主張のない行動だから、他の人と違ったことをするのはプチ勇気が要るのだ。

 実際には、斉藤斎藤さんの歌のように、

・カレーには味噌汁が付く 味噌汁のわかめのために割り箸を割る

                            (『渡辺のわたし』)

という事態も出来するのである。どうも申し訳ない。

 さいきんの中華料理店では、これまでの割り箸が、プラスチックの(八角形だったり)の箸に変っているところもある。

 新大久保の〈一六八〉の店主は、経費も削減されるという。ならば両得である。ただし、きちんと洗ってあるかどうか、やや心許ない。

 写真は、新大久保〈ソムオー〉の「ベトナムチャーハン」定食。ナンプラーを使うとベトナム風と言えるらしい。

 このサラダとスープくらいだと、フォークで食べてしまえる。

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小さな鞄。

Photo_3  「塔」3月号に、吉川宏志さんの小さなエッセイがある。

 「連載・私の鞄」というページ。

 中ほどをの数行をそのまま引用する。

 涙なしでは読めない。

会社から帰るということにも、日々難しい駆け引きがあるのである。わかっているのか、子どもたち。

そのため、大きな鞄で出社すると、帰るときに目立つので、なるべく小さな鞄を使っていた。

 私の勤務場は、いちおう定時はあるけれど、事情があれば融通はきく。それでも、吉川さんのお書きのように、

「日本の会社には古い慣習が残っていて、遅くまで残業をしている者こそがマジメな社員と見なすところがある。」

 という要素もある。もちろん、もともと私よりも多忙な人はたくさんいるのだが。

 写真は、ホタルイカ。ボイルされたものがスーパーで売っている。富山産は解禁でないのか、3月アタマくらいから、兵庫産と表示されたもの。

 このあと、富山産が出てくるのだろう。

 これさえあれば、シアワセな春先である。

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突っ走っている。

Photo 谷村はるか第一歌集『ドームの骨の隙間の空に』(青磁社)を読んだ。

 ちょっと痛々しい。

 突っ走ってきた青春の総括かもしれない。その速度感がリズムに現れているのか、破調が多い。言葉が先走っていて、着いてゆくのが大変であった、というのが正直な感想。

 ちょっと露悪的なところもあって、そんなにがんばらなくてもいいのになあとも思った。

 被爆地としての広島が一つのテーマになっているのだが、なかなかこのテーマに短歌で立ち向かうのは難しいと思う。ヒロシマの中でも何か具体的なものに焦点を当てていけばいいのだが。(「コスモス」の上野隆紘さんがうまくやられていたように。)

 いいと思ったのは次のような歌。こんど野球のお話をしたいです。

・今度一緒に、今度一緒に、そしてまだ行かずにとってある尾道よ

・酔ったおまえがいいと言われたあの頃がちょうどよかったのかも葉桜

・灯を消せば畳が急に匂い立つ寂しいことは恥ずべきことか

・バファリンのように時には服(の)んでみた「運が悪い」という言葉など

・耳近くやさしい言葉云うときにあなたはかすかにかすかに訛る

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342。

Photo  小高賢さんの『この一身は努めたり 上田三四二の生と文学』(トランスビュー)が届く。

 「短歌研究」に連載されていたとき(なんと33回)に、かなりがんばって読んだつもりだけれど、ふたたび読むと新しい発見がある。

 上田三四二を通しての、小高さんの歌論にもなっているわけだ。

 雑誌のときに、ある項目を読んだ場所のことが急に思い出されたりする。

 芝桜を見にいったときの電車の中で読んだなあとか、遠足のバスの中で読んだよなあとか。

 小高さんの文章は、どれもリズミカルで、読みやすいし、元気になる。

 詳しいコメントは、あわてないで書こうと思う。とにかく必読であることは間違いなし。

 この日本語ソフトでは、ミヨジを三四二と変換しない。だから342と入力するわけだ。そういう歌がどなたかにあったような気がする。

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夕刊。早。祝。

Photo 試合終了が午後2時40分くらい。

 その後、外出から帰宅したのが4時半。

 すでに、朝日新聞夕刊の一面に結果が出ていた。もちろん、WBCのことである。すごく早い。

 春休みという特権を利用して、ほぼすべてテレビで見た。10時から放送があり、開始は10時40分。

 序盤はよくない流れ。栗原を出した原監督は内心どう思っていただろうか。バント失敗もいくつもある。高校野球なら糾弾されるところだ。

 しかし、やはり野球はピッチャーである。がんばった。

Photo_2 なんだかんだいって、やはり韓国に勝つのはうれしい。最後にイチローと勝負したヤクルトの林は微妙な立場だろうなあと心配する。

 そうだ。3年前の大会の決勝戦は、見られなかったんだ。

 中学3年生30人とともに、ボストンからバーモント州のある町へのバス移動の最中だったのだ。夜遅くに町に着いたとき、現地の人に結果を聞いたのだ。

 そんなこともふと思い出した。

 夜は、鮭と納豆と雑魚のパスタを作る。ジャガイモと鶏肉の炒め物も食べる。祝杯だ。

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オセロ。

Photo  WBCの日本チームは、偉い。

 その場に西岡も成瀬もいないのは寂しいけれど、とにかくうれしいことだ。

 決勝は、ソウルか東京か福岡かプサンあたりでやって欲しい。アメリカでやったって見に行けないのだよ。

 ところで、ほとんどが農民の末裔の日本で、サムライ・ジャパンと言って喜んでいるのは、屈折があるのかないのか。どうでもいいか。

 栄寿司〈アナゴ丼〉を食べているときに試合終了。(鮟キモも付いて味が良くて900円はお手ごろ。)

 学校に戻って、13時に一橋大学後期日程の発表

 わがクラスは3人中、1人合格。すごいものだ。前期とあわせて、クラスで4人。おめでとうございます。

 その後、慶応大学の繰上げ合格の報告が入ってきたりする。後期の合否が決まると、私大も動くのだなあ。

 オセロのコマが黒から白にひっくりかえるような、8回ウラにタイムリーヒットで逆転するような、スリリングさがある。当事者はそれどころではないと思うけれど。

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後期2人。

Photo_2  東大後期の発表。午後1時。

 出勤はせず、自宅で連絡を待つ。

 東大は予備校には少し早めに合格者番号を知らせる。学校はそれをもらって、あらかじめ聞いておいた受験番号と照合する。

 私のクラス(文系)から2名、理系から1名、合計3名の合格。

 募集枠が100人で、昨年は、文系33人、理系64人(入学者)。今年は、文系有利の問題になるかもしれないと聞いていた。

 が、それにしてもすごいことだ。

(合格してから、理Ⅲ以外のどこの類にも進学できるシステムである。)

 前期で受かって当然の2人だったから、まあ、神様はちゃんと見ていてくれたのだというところか。

 やれやれ、である。永田紅さんを思い出す。

 やれやれ、と僕は思った。ぼんやりと村上春樹の文体に寄る

                      (『ぼんやりしているうちに』)

 写真は、キンメダイの開き。目玉は腐りやすいのか。くりぬかれていて哀れである。ちょっと焼きすぎた。

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お皿。

Photo_4  午後、「コスモス」事務室へ。

 おまんじゅうを食べたお菓子のお皿をよく見ると、「COSMOS」とある。

 かつて、会員の方が焼いてくださってたものだそうだ。そういうふとしたことに歴史を感じてうれしい。

 澤村斉美さんの歌集『夏鴉』の批評会のPhoto_2時間だが、やはり「コスモス」編集会優先はくずせない。すいません。

 6月号掲載の歌集歌書批評号の確認。執筆締め切りは4月半ば。半期に一度なのに20冊になる。

 同時に、6月半ばにある合同出版記念会の批評者(舞台で話す人)の選定など、考えることがいろいろある。

Photo_3 執筆はどこにいて(例えば、バンクーバー からとか)でもできるけれど、実際に批評会でお話いただく人を選ぶのはややこしい。

 担当としては、「気になる本」のページの割り付け、次号の依頼がある。

 1ヶ月の間に、自信をもって勧められる歌集歌書を3冊そろえるのは難しい。(ほんとうに。)

 おすすめがあれば、ぜひとも教えてください。そして、お書きください。たったの19字×23行です。

 実務のあとは、近くの「美たか庵」へ。

 変わったものはない。イカゲソ、野菜イタメ、カキフライなど、である。

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せっかくの国際試合。

Photo 高校時代の友人が、

・韓国とばかり戦って何がたのしいのか。

・せっかくの国際大会なら、普段やらないドミニカとかプエルトリコとかとやってほしかった。

とメールで書いてきた。WBCのことである。まさにその通り。

 組み合わせ方がおかしいのは明らか。プロなんだから、翌日の試合日程が未定なのは辛い。リーグを組んでがっちりやるほうがプロ向きだと思う。

 もっとアジア人が多いLAとかNYとかでやって欲しいとも思う。シアトルだっていいし、バンクーバーだっていい。サンディエゴはほとんどメキシコだし。

 (サンディエゴから電車と徒歩でメキシコに行ったのはもう14年前だ。)

 写真は、ちかくの豆腐屋さんのもの。原料が、特選丸大豆・本ニガリとだけあって、賞味期限もなにも書かれていない。

 これが本来のあるべき姿なんだろうな。大豆の香する。安くてウマイものはあるのだなあ。

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M先生。

Photo_6  卒業式の翌日の終業式。

 クラスの生徒はいないし、お休みをもらってもいい(と勝手に思っている)日。

 だが、ひそかに尊敬してきた社会科のM先生の最終講義があるので、11時半に合わせて出勤。

 先生の講義は、これまでの40年間の授業のエッセンスをまとめられたもの。思い出話のスタイルを想像していた私は少し驚く。

 哲学者アランの言葉からはじまり、加藤周一、小田実、ドナルド・キーンなどなどの名前と言葉がつぎつぎに出てくる。民主主義にリベラリズムが必要だということも熱く語られた。

 高校1年生が主体の会であった。彼らがそのすべてを理解しているとは思わないが、M先生という身近な巨人のまさに謦咳に触れられたのは、後世、大きな影響があるだろうと思う。

 レジュメを学校に置いてきてしまったので、ここにいい加減なことを書くのは控える。

 M先生、お疲れさまでした。

(追記:M先生ご自身のブログに、そのレジュメが掲載されている。読書案内としても、とても貴重である。ご参考までに。http://blog.goo.ne.jp/nazohige )

 昼は、新大久保駅ちかくのインド・パキスタン料理〈ナワーズ〉へ。

 ほうれん草とチーズのカレー。カレーには、ナンではなくて、やっぱり白米だと思うこのごろ。

 店員は2人ともインド系らしかった。以前は別のインド料理だったところ、居抜きで違う店になった。味もメニューも良くなっている。がんばって欲しいものだ。

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若者に。

Photo_5  10時から中学、1時から高校の卒業式。。

 校長は同じ式辞を15歳にも18歳にも聞かせるわけにはいかないので、別のものを話すようだ。

 高校の部はちょうど2時間かかる。

 369人の卒業生の全員の名前を読み上げるからだ。担任として39人分読んだが、なかなか緊張するものである。

 終わって、クラスに生徒、つづいて保護者を入れ てあいさつ。伝えたい言葉として、

Photo  高野公彦の

・若者に我は言ひたり若さとは勝ちて得しに非ずただ若きのみ           (『水行」)

をあげた。少々きびしいかもしれないが、そういう気持ちを持って欲しいのである。

 保護者とは夕方からパーティー。

 ある教員が、今日は悲しい日です、とスピーチしていた。これも本音であろう。私は内田樹センセイの言葉を借りてしのぐ。

 終わっても1時間くらいロビーで挨拶がつづく。生徒とは今後も会う機会もあろうが、保護者とはこれで本当のお別れである。

 ありがとうございました。

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記念品。

Photo_3 午後、PTAからの卒業記念品が来る。

 記念品とは、教員が考えて、今回はこれをくださいとお願いするもの。

 例としては、電子ホワイトボード(そのまま印刷できちゃうやつ)とか、超拡大コ ピー機とか、校舎の一部整備など、わかりやすいものが典型的。

 桜の木々、というブンガク的な年もあった。

Photo_4 今回は、「プリントを冊子にしてくれる機械」(丁合機と自動紙折り機)をお願いした。

 勤務校は、プリント印刷は、無制限に事務方でやってくれる。

 原稿を出せば何万枚でも(全校2000人だけど)刷ってくれる。

 ただ、考査問題などを冊子にして配布したいときには、教員がやらねばならない。

 そんなの総務部のOLさん(死語かな?)の仕事じゃないのか、とお思いかもしれない。

 でも、一般の会社では当たり前のことが、学校という中小企業では未知の分野だったりする。

 そのレトロ加減がいいのだ。

 写真は先日、屋久島で食べたキビナゴの刺身と、揚げたてさつま揚げ。(薩摩の人は、ツキ揚げと呼んでいるらしい)。本文と関係ありませんけど。

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思い出。同宿。

Photo  高3の卒業と同時に、6年間(あるいは3年間)の担任チーム(10人)は解散となる。

 その間、ひとりの異動も退職もなくやってこられたのはすごい。

 宴会でひとりづつスピーチして思い出を語る。

 私個人としては、アメリカ・イギリス研修の引率、2度の修学旅行とその Photo_2下見、が大きい。

 中でも、中学の修旅で、千葉ロッテの選手たちと同宿になったのが、一番である。

 あれは、2005年。

 出発の前日に、千葉マリンで日本シリーズ初戦を見た。濃霧コールド勝ち。

 数日後、甲子園での試合のために、新神戸オリエンタルホテル(現クラウンプラザ?)に選手たちが宿泊しているという情報を得る。

 3戦目の夜、添乗員さんの連絡で、エレベーターに乗る。ロビー階について扉が開くとそこには、袴田コーチを先頭に、投手陣がずらりといた。

 あわてて、持っていた〈修学旅行のしおり〉に、渡辺俊介にサインをしてもらった。小林雅英は怖くて近寄れなかった。

 たしか、その翌日、4戦目で勝負を決めたのだ。その瞬間、京都の宿の私の部屋に生徒たちがなだれ込んできて、大騒ぎになったのは覚えている。

 神様はどこかにいると思ったのだ。

 写真は本文と関係ありません。いつもの〈コパン〉の食事です。

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31万人。

Photo_3  定額給付金のお知らせが来た。

 東京都中野区である。

 中野区は人口約31万人。人口密度は、1平方キロメートルあたり約1万9000人で、東京23区中第一位である。

 ちなみに、20歳代の人口が約18%で、23区平均より高いらしい。

http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/021/01/d00400038.html

 給付金の受け取り方法は、基本的には銀行振り込み。申請書に加え、身分証明書と通帳のコピー、の3点を郵送して、振り込まれるのを待つのである。

 なんかありがたくさがないなあ。

 写真は、近くの「すし隆」のばらちらしランチ。ごはんを大盛りにしてもらってもまだ足りない。いつもの栄寿司の品々がいかにボリュームがあるかわかる。

 どのお店にもあるメニューでもない。具をわざわざ細かく切らなくてはきけないし、バランスよく混ぜないといけなく、手間がかかる。

 高野公彦に

・列島上空飛びつつ食へり伊予の叔母が作りくれたるばらずし弁当 (「地中銀河」

があるけれど、「バラちらし寿司」と「バラ寿司」は違うようである。

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実印。

Photo_5  卒業式前の生徒登校日。

 朝からの強風で、総武線、東西線、常磐線が一時止まっていたようだ。なにかを象徴するようである。

 勤務校は卒業式がかなり遅い。(毎年3月18日に固定。)

 教員にとっては、入試が終わってすぐに卒業していかれてしまうよりは、ちょっとゆっくりしていってもらうほうがいい。

Photo_6

 卒業アルバム(CD-ROM付き)や記念品(実印と銀行印)を渡す。

実印を確認させると、なんかヘンなハンコが入っています、といってくる奴がいた。

 実印を初めて手にする生徒がほとんどだろう。その重要性を知って、自分で作ってもらいにゆく機会を奪ってしまったのかもしれないとも思う。

 ちなみに私のある銀行印は高校卒業時にもらったものだ。

 昼は、栄寿司へ。ランチのあとに少々追加。

 イカゲソと、マスターがしきりにすすめるトリガイ。肉厚でうまかった。冷凍解凍ものではないのだからというのが、マスターの説明。そういうものなのか。

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吉川質店。

Photo_3  用あって、表参道へ。

 原宿駅から歩いて、246にぶつかるあたりに、吉川質店がひっそりとある。

 表参道駅のホームに、

知り合いに頭を下げて借りるよりちょいと気軽に吉川質店 (だったかな)

 という短歌の入った看板がある。

 地元の大地主らしく、質屋さんは趣味でやっているというウワサを聞いた。

Photo_4 「棧橋」の依頼状を封入する作業を少しだけ手伝 う。次号は99号目。

 青山女子短大国文科のスタッフも、私が初めて訪ねたときからずいぶん入れ替わっている。あの、栗坪先生も3月でご退官だという。

 紀伊国屋スーパーは営業開始しているらしいが、寄る時間はなかった。

 右がオフィス棟。なんか怖そう。左がスーパーかな?

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クルポワン。

 おとといのショックはやや薄れて、現実の感じがしてくる。

 ほぼ結果がほぼ出そろったので、学習Photo_3指導部からもらったソフトに、各生徒の受験結果を入力する。

 合格も不合格もクリックひとつふたつである。ああ。

 昼は、高田馬場のタイ料理〈ボス〉へ。

 タイ風つゆ麺、を食べる。

 アルファベットで Lek Num と書いてあPhoto_4る。レックが細い、ナームが汁麺、であるから、まちがいない。

 たっぷりの豚肉。でも汁はさっぱり。麺は米の麺。いわゆるビーフンよりも太くて平たい。

 同時に供される調味料は、酢漬け唐辛子、ナンプラー、ピーナッツの粗挽き、白砂糖、だと思う。これをクルポワンというらしい。いい響きだ。タイ人はこれで自分の味を作り上げてゆくという。

 スープの味に飽きてくると、適当にこれらを追加して楽しむ。砂糖を入れると、味がかなり良くなる。

 外食だけでなく、ふつうの食事にもいかに砂糖が多く使われているか想像できるの。

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はらドーナッツ。

Photo  「コスモス」の選歌を済まして、事務室に送る。

 ゆうパックの「持ち込み・前回と同一宛名」の割引で450円。同じものをクロネコヤマトで送ると640円かかる。(といつか書いたかな。)

 WBCの予選は、福岡あたりでやるべきだったとふと思う。集客力はあるだろうけれど、すべて東京ドームでやる必要はない。アジアの地理に配慮すべきだったんじゃないか。あるいは、選手が東京に来たいのか。

Photo_2  私としては、千葉ロッテから1人(渡辺俊介)しか出ていないので安心。一年の準備をするこの時期に、わざわざアメリカ人に国際試合を見せてさしあげる必要があるのか。

 日本の観客の前で年間を通じてきちんとしたプレーを見せるのが選手の本当の仕事ではないのかなあ。

 はらドーナッツが自宅の近くにできた。http://haradonuts.jp/news/

 メディアで話題の店。本店は神戸にあるが、東京店舗の店舗数が多い。

 神戸の豆腐屋さんから、わざわざ国産大豆の豆乳とオカラを運んできて、ドーナッツに入れているという。

 甘くないし、健康的だという能書きがあるから、ドーナッツを食べるときの罪悪感みたいなものがない。

 写真は、「みかん」(右)と「サトウキビ」の(味の)ドーナッツです。

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スプートニク。

Photo 一橋大、東京大の合格発表の日。

 結果は非常にショッキングなもので、ここに書いてお知らせすることができない。

 私の文系のクラスも、学校全体も現役・浪人合わせても、すごいことになった。

 速報値では、ここ数年の関西勢の東大志向、地方高校の躍進などの延長だという話を聴く。

 しかし、個人にとっては自分の合否のみが大切なのであって、分析されたって無意味である。

 スプートニクショックに似ているかもしれない。石原都政の影響もあろう。なにか大きな流れに抗えていない感じもある。

 オリンピックの野球の監督ではないから、罵声を浴びせられることもないし、責任を問われることもない。

 選挙や競馬の比喩も思いつくけれど、どんなものもそぐわない真剣な競争なのであった。

 一橋(午前10時)と、東大(午後1時)の発表のあいだに、〈一六八〉にゆく。(ちなみに、京都大は正午。)

 あんかけ酸辣刀削麺。

 サンラー湯(酸辣スープ)が好きな私にとって、もってこいの一品。辣、という文字を表示するために、いちいち、シンラツ、という熟語を書く。

 辣な一日であった。

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ルンギ。

Photo_2 今日の朝日新聞もなんだかなあ。

 一面の題字の下、ニュースダイジェストの欄に、〈ホームレス歌人からの「返歌」〉なんて書いてある。

 くだんの公田耕一さんの記事が、社会面にあるのだ。

 体調を崩しているという歌に対して、記者の河合真帆さんが、健康を取り戻してほしい、なんて書いている。

Photo_3 フィクションが入っているかもしれないという可能性をまったく疑っていないのがおもしろい。外から見れば、短歌に書いてあることは真実だと思われるという例である。

 昼は、高田馬場の芳林堂書店のビルの地下にある「文流(ぶんりゅう)」へ。

  魚介とキノコのトマトクリームスパゲティ。大盛り150g。

 食後のコーヒーを頼むと、厨房に「デュエ ルンギ」と伝えている。ウエイターに訊ねると、ルンギは、イタリア語で長いを意味する「ルンゴ」の複数形だと言う。(デュエは、2。)

 抽出時間の長いという意味らしい。基本はエスプレッソだから、それに比べていわゆる普通のコーヒーは「ルンゴ」なのである。

 とは言っても、この店のコーヒーは例えばルノアールのコーヒーの2倍くらいの濃さがあるのだけれど。

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朝倉彫塑館。

 砂子屋書房の「一首鑑賞」のページで、魚村晋太郎さんに丁寧で的確な鑑賞をいただく。

 ありがとうございます。http://www.sunagoya.com/tanka/?p=350

 ところで、昨日、今日の朝日新聞(東京版だけか?)はすPhotoごい。

 昨日の夕刊で、佐佐木幸綱さんの最終講義の記事がある。カラー写真入り(河合真帆氏)。その下には、永田淳さんの歌集の記事がある。カラー写真入り(阿久沢悦子氏)。

 今日、高野公彦による、朝日歌壇の「番外」の秀歌の記事がある。大きめ。その下には、時田則雄さんの読売文学賞受賞の記事がある。(写真入り。)

 どうしちゃったんだろうか。

 今日は、朝倉彫塑館へ。山手線の日暮里駅から徒歩3分。

 4月から4年間かけて、木造部分を耐震にしたり、朝倉文夫死後に増築された部分を取り壊したりするそうだ。

 その後、 谷中あたりを少し散歩。このへんは、ブームになっているようで、いかにも部外者というかんじの(私のような)きょろきょろした人たちがたくさん歩いていた。

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屋久島4。

Photo_3  白谷雲水峡へゆく。

 そこへ通じる唯一の道路は2月いっぱい通行止めになっていたという。1月にあったがけ崩れのせいである。

 車で30分ほどの道路のうち、ほんの10mが塞がれているだけでも、そのすべての道が役立たずになってしまうわけである。

 東京にいると、迂回路が四達しているかPhoto_2ら、山道一本の重要性に驚く。電車路線の代用だっていくつもあるのだし。

 バスを降りて、少し山を登って下る。バス停でも標高800メートルくらい。

 「もののけ姫」の舞台となったという場所。(白神山地も舞台の一つだと言われているようだ。)

 宮崎駿監督は、製作の前にしばらく屋久島に滞在して、毎日ずっとスケッチをしていたらしい。

 じっさい、「もののけ姫」に登場する森の精?木霊?がいるような不思議な感じがした。霊を感じるというと大げさだけれど、そんな気がするのである。

 途中、「いきなり黄金伝説」のロケをやっていて、とったどーの、よゐこのハマPhoto_4グチ氏を見る。(のちにポニーを連れたアリノ氏も見た。放送は3月末らしい。)

 たんかん、が旬。

 ネーブルとポンカンをかけ合わせて作ったものだという。

 東京ではあまり見ないけれど、かなりおいしかった。

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屋久島3。

Photo_8 屋久島の名物は、雨と杉と猿と鹿だという。

 林芙美子が「1ヶ月に35日雨の降る島」と呼んだそうだし、じっさいにラッキョウのような雨が降るともいう。

 ほぼ丸い島の外周は約130キロメートル。海岸線を走る道路は一周105キロメートルだそうだ。

 その西のある一体は、世界自然遺産に指定されている。

 クマとかイノシシとかタヌキとかライオンとかはいなくて、哺乳類はもっぱらサル、シカ、人間であるそうだ。

 ヒト2万、サル2万、シカ2万、と言われた時代もあったようだPhoto_7

 実際には、現在の人口は14000人程度に減っているという。種子島のほうが少し小さいけれど、人口はは2倍以上多いそうである。

 なんでそうなったのか不思議であるなあ。

 サルくらい見たことはあるけれど、野生のサルを間近で見るのは初めてだったと思う。エサを与えないことになっているから、人間に寄ってくることもない。

 道路の真ん中で毛づくろいをしていて、車が近くに来ても平然としているヤツもいた。

 シカはサルが木の上で食べ散らかした新芽などのおこぼれにあずかろうと、近くにいる。

Photo_10 植物では、マムシ草というのを見た。

  というか、近くのおばちゃんが教えてくれた。

 「コスモス」でも「棧橋」でもそうだけれど、いろいろと植物のことに詳しい人は、周りに積極的に教えてくれようとする。ありがたいことである。

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屋久島2。

Photo  屋久島はもちろん鹿児島県。

 鹿児島は日本酒を生産しない唯一の都道府県である。

 芋焼酎「三岳」を飲む。

 屋久島自慢の1800m級の3つの山を合わせて、三岳というらしい。

 芋がいいのか麹がいいのか、ふっくらとして雑味のない甘さ。

 屋久島の水は超軟水だそうだから、それがいいのかもしれない。

Photo_3 関東ではあまりお目にかからない銘柄。現地でも時期によって入手困難だったり、お一人様一日1本限定だったりするらしい。

 首折れサバ、を食す。

 折れ、といっても、鮮度を保つために漁師が折るのだ。

 まったくのナマのサバの刺身。

 東京だと、サバは酢でしめないと食べられない。たまに栄寿司でしめている最中のものをもらうことがあるけれど、ややアブナいらしい。

Photo_2 アサヒガニというのも食べる。茹でる前から(というのもカニには失礼だが)、赤いのでその名前があるという。

 初めて食べる海のものはどれもグロテス クに感じるものだ。

 エビのようでヤドカリのよう。カニ味噌がたっぷりとしてうまかった。

 世の中には、日本であっても、いろんなものがあるものだ。

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屋久島1。

Photo  屋久島へ。

 鹿児島空港から鹿児島港へ。約1時間。

 自分が参加した高校の修学旅行では、長崎から入って鹿児島から出た。

 知覧に行って、特攻隊関係のものを見た記憶がある。ちょっと右の先生の押しだたっという説もあったが。

Photo_2 が、そのとき、桜島を見たのかは覚えていない。

 「篤姫」で何度か出てきたものそっくりであった。なかなか壮観。少し噴火しているようである。これを見てくらしていれば、肝が座った人間になれるのかもしれない。

 東京に住んでいると、山とか川(コンクリートの溝でなく)を見て暮らしている人がうらやましい。薩摩の人が桜島を拝むほどであったというのはよくわかる。

Photo_3 高速船トッピー(飛び魚の意味)で2時間。途中、錦江湾内を進み、三角形に見え る開聞岳を右手に見て、外洋に出る。

 屋久島は鹿児島市の130キロメートル南である。

 まづ、ウミガメが産卵するという永田いなか浜や、ガジュマルがやたらと立っているところを見た。

 ウミガメは一回に50~100個ほどの卵を、シーズンになると3~5回産卵するとい う。

Photo_4 そのなかで、オトナになれるのは5000個分の一つらしい。うーむ。

 一番下の写真は、クワイズイモの葉です。

 

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サボテンカレー。

Photo_2 勇気をふりしぼって、サボテンカレーを食べる。

 先日、伊豆シャボテン公園で買ってきたレトルトのもの。

「メキシコでは、サボテン(ノパル・食用のウチワサボテン)がニンジン、タマネギ、レタスなどと同じように八百屋さんで売られています。」

ということらしい。

 サボテンのスライスが入っているけれど、インパクトはなし。というか、そんなにインパクトがあっても困る。アロエヨーグルトのアロエのよう な優しい感触でいいのだ。

Photo_4  緑色なのは、イメージ的に、グリーンカレーをベースにしているだけで、サボテンの色が染み出しているわけではない。

 でも、黄色や赤のカレーにサボテンが入っているよりも楽しいことは確か。

 なんて、文句を言いつつも、話題にできるところが、この基本はポークカレーの一番の長所なんだろうなあ。

 英語では、サボテンをカクタスと呼ぶ。仙人掌という漢字表記も短歌を読んでいるとときどき目にする。

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アララギの脊梁。

Photo_6  大辻隆弘『アララギの脊梁』(青磁社)を読み始める。

 セキリョウというのは、大柄で、かつ渋い、いい言葉である。

 じつはまだ読了していないのだが、少し書く。

 話題になった時評集『時の基底』とは、違う観点で、しっかりと資料を読み込まれての論考である。

 とはいっても、とても読みやすい。歌論を読む楽しさを与えてくれる本だ。

 それは、短歌作品を基本にして、なぜそういう作品が出るに至ったのか、丁寧に解説しようとしているからだと思う。

 論考だけが先走ったり、わざとややこしく語らないで、ひとつひとつの作品や引用を解釈しながらゆっくりと前に進んでゆく。ポイントが絞られているのだろう。

 そういう形式的なことだけではなく、個々のじんわりと効いてくる考察ももちろんいい。

 4章のうちの〈Ⅰ〉は釈迢空に関する6本の論である。部分的な引用になるが、

釈迢空作品を読むとき、私たちは彼の作品の背後に流れる不気味な音に心を奪われてしまう。(p. 19)

都市生活からあえて目をそらし「田舎」の農耕生活のみに基礎を置こうとするアララギの「反都市」主義や、短歌の本質を「強い語気」「ますらをぶり」のなかに見ようとするアララギ古代理解に、迢空は歪みを感じたのだ。彼は、アララギが内包していた日本特有の近代主義的なイデオロギーに、直感的な拒否感を感じていたといってよい。(p. 36)

などのところは、くっきりとしていて特によかった。

 ちなみに、わが「コスモス」には30首応募の「O(オウ)先生賞」があるが、これは、オリクチ先生のOであるのだ。今年から、その賞の選者団に加わった。これを機会に迢空に近づきたいとおもっている、のだが。なんとも。

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クラプトン。

Photo_3  昨日は、エリック・クラプトンのライブに行った。日本武道館。

 数えてみると10年ぶりだった。その間、03年、06年にも来日しているのに、なんとなく行かなかったのだ。

 この日が日本ツアーの最終日。あっという間というのはこういうときに言うのだという感じの濃密な2時間。特定のアルバムからの曲でなかったので、こちらも予習が追いつかない面はあったが、要所を締めた曲目だったと思う。

 生徒の中で、クラプトンの大大ファンがいて、誘ってくれたのだ。彼は理系で、とくに英語専修なわけではないが、クラプトン自伝を英語で読破したというほどのファンである。もっと早く生まれていればよかった、と言っていたけれど、その気持ちはよくわかる。ありがとう。

 細かいことは分からないが、歌手よりもギタリストとしての側面の強いライブだったと感じた。

 思うに、自分が指先で引っ掻いた弦の音が、じゃじゃじゃんと増幅されて、1万人以上の耳に大音量で届くと言うのは、かなりの快感じゃないかと想像した。と、同時にそれなりのストレスはあるのかもしれない。

 とにかく、63歳とは思えない、というか63歳の円熟の2時間だった。

 ありがとう、エリック。

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