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ザンベジ川。

Photo きのう雪が降った街とは思えないほどの好天。

 早稲田大政経学部の発表がある。

 (佐佐木幸綱さんは3月でこの学部をご退官である。今回も採点はされたのだろうか。)

 これで、私立の大きなところは出揃った。

Photo_2 早稲田や慶応の学部を合格した生徒の中でも、喜んで進学する生徒もいれば、納得せずに果敢に来年の再挑戦に備える生徒もいる。

 国立大学を受けない生徒は、このあたりで浪人の判断が出る。人生80年というけれど。

 浪人を(しかたなく)経験した身からすると、その1年はかなり有効で、基礎学力がついた気がしている。

 今はなき、トフルアカデミーという英語の授業に特徴のある予備校に通って、まいにち大量の英語と多少の講談社現代新書を読んでいたような記憶がある。(それもあって、その後、現代新書の編集長の鷲尾賢也氏とお会いしたときには感動したのだった。)

 写真は、栄寿司の〈中〉寿司。松竹梅でいうと竹だろうか梅だろうか。

 サバは一年中あるけれど、秋から今頃が美味い。

 マスターはなぜがザンベジ川の話をしきりにしていた。ナミビアにも行きたいそうだ。なんでだかは聞きそびれた。

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一であることの抒情。

Photo 慶応大学経済学部の合格発表の日。

 じゃんじゃんと合格を知らせるメールが来る、ということもなく、みぞれ交じりの一日は過ぎる。

 昨日、東大に出ていることに気づいた、原研哉『白』は、別の箇所が早稲田大政経学部でもでていた。これはすごい。

 と思っていたら、この本、ちょうど家人が読んでいるところであった。

 昨年5月の刊行だから、夏休み中に入試問題の準備をする(と思われる)大学の先生方が飛びついたのもよく分かる。

 ちらちらと、上智大学文学部(哲学・史学など非文学系)の問題を見ると、寺山修司が出ていた。

 松浦寿輝「一であることの抒情 寺山修司」からで、6首引用されている。

 問題はすべてマークシートだけれど、文章は簡単ではない。

・森駈(か)けてきてほてりたるわが頬をうずめんとするに紫陽花くらし

について、「「うずめんとする」の一字余りの声調に表現しつくされているこの躊躇の一瞬にこの歌の生命はかかっている。」

と傍線があったり、

 「空には本は開かれ、麦には血が寄り添い、荒野にはテーブルが広がる。」なんてところに傍線が引いてある。

歌人ならニヤリとするだろうが、受験生にはなんだかわからなかっただろうなあ。

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めんこばんば。

Ori2  きのうきょうの東大入試。

 国語の第1問は、原研哉『白』からだった。

 10日ほど前に、吉祥寺で、「原研哉デザイン展 本」を見て来たばかりだから、ちょっと驚く。その本は手にとっているのだがなあ。

 さらに、これが、代ゼミの東大模試が的中させていたことに驚く。

(代ゼミのページへ。http://www.yozemi.ac.jp/nyushi/sokuho/recent/tokyo/zenki/index.html

 そして、文系の第4問は、われらが馬場あき子さんの「山羊小母たちの時間」というエッセイからであった。山羊小母は、〈めんこばんば〉と訓むようだ。

私のような都会育ちのものは、どうかすると人間がもっている時間というものをつい忘れて、えたいのしれない時間に追いまわされて焦っているのだが、山羊小母の意識にある人間の時間はもっと長く、前代、前々代へと遡(さかのぼ)る広がりがあって、そしてその時間を受け継いでいるいまの時間なのだ。

というくだりがある。馬場さんのこんないい文章が、これからも過去問として高校生に読まれてゆくと思うと、うれしい。

Ori1  昼は、久々に、中野〈オリエントスパゲティ〉へ。

 オリエント風ナポリタン。イカのミンチを使った、オリジナルの香ばしい味、とある。香ばしい味、というのはヘンだけれど、味はいい。

 ストロベリー・エスプレッソのジェラートを追加。

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二次試験。

Hanyann3  ついに、国立大学の二次試験の日。

 例えば、東大文系は、今日の午前が、国語150分、午後、数学100分。明日が、地理歴史2科目150分、英語120分、である。(昼休みは2時間。)

 一橋大学も順序は違うが、今日が国語と数学、明日が英語と地歴。

Hanyann2  というような、緊張感はあるけれど、それとは違う時間を過ごしている生徒ももちろんいて、職員室をたづねてくる。

 みなさん、J智大学に受かったくらいでは喜んでくれない。

 「短歌人」3月号の時評は、内山晶太さんのかっちりして感動的な文章。「風通し」「pool」「新彗星」などの名前のあとに、

また、インターネットでは、島なおみの「+a crossing」、五島諭と堂園昌彦の「短歌行」など作品と批評を兼ね備えた個人ブログが着実に回を重ねている。こうして見てゆくと、個人誌、同人誌、個人ブログが少しずつ総合誌化に向かっているような気配がする。

Hanyann1と書かれている。

 (「短歌行」http://tankakou.cocolog-nifty.com/blog/

 昼は、すこし歩いて〈ハンヤン〉へ。ニラやゴマの葉の他に、いろいろと薬味が効いていてる鍋、うまかった。

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なんとなく分かる。

Photo  明日が国公立大学の入試(の初日)。

 それでも、2人の生徒が、英作文の添削のために職員室に来る。

 そういうきちんとした生徒が合格を勝ち取ってくるだろう。

 ちなみに、うちのクラスは、5大学総勢21人に受験票が来ている。

 角川「短歌」2月号、栗木京子さんに小池光さんと佐藤弓生さんが質問しつつ語るというところ、

・人の身に対なす器官多きこと何かかなしと臥して思へり 『水惑星』

という歌に対しての話で、小池さんが、

いや。「なんとなく分かる」でいいんじゃないですか。理屈でいろいろ書くことはできますよ。でもかえって死んでしまう。「かなし」とかは直感的な丸ごとの感情だから、夕焼けを見て、その瞬間、悲しいというのは悲しいのであって、こうだからああだからというのは後追いの理屈に過ぎない。それをしゃべってしまうとその歌の鑑賞としてはつまらないと思う。

と言っている。「なんとなく分かる」が通用する場面を的確に言い得ていて心強い。

 ちなみに、高野公彦に、

・目、鼻、口、前向き器官多きなかに横向き器官耳二つあはれ 『水行』

はある。

 昼は、新大久保の〈ソムオー〉で、カオソーイ。タイのチェンマイ名物の、ココナッツカレーのつけ麺である。麺が、揚げ麺と茹で麺の両方あるのがおもしろい。

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ここは。

Photo_3  昨日の「棧橋」批評会

 30人ほどの参加のうち、岩手の柏崎驍二さんの他にも、福岡、広島、長野、青森などの遠くからの参加もあった。京都や奈良や愛知から、毎回欠席なしの方もいる。

 東京にいると、みなさんが来てくださるのが当たり前になってしまう。しかし、逆のことを考えると、一回一回がありがたいことなのである。

 もし弘前で批評会があったら、年4回のうちの何回出られるだろうか。

 金銭的なことでなく、時間的なことでなく、気持ちの問題が大きいのだろう。

 だから、タカノさんやコジマさんにはもっと批評してあげて欲しいと願うのだけれど、それはそれ、これはこれ。

 地下鉄の改札前に大きな貼り紙。

 なんだかすごい迫力のある省略表現で、はまってしまった。神保町駅は、都営新宿線と三田線があるから、乗り間違えられると、駅員が一番困る。

 入試シーズンだからかな。このあたりにはいくつも大学があるから。

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こわれてしまっても。

Photo  「棧橋」97号の批評会。竹橋の日本教育会館へ。10時半から5時までの会。

 いわば実技指導の会であって、評論家然とした発言はないのがいい。各自が対象作者の作品と方向性を考えて発言しているように思う。

 今回は、盛岡の柏崎驍二さんがひさびさに出席だった。なにか風が吹いたのか。

 彼の優しいような厳しいような批評がよかった。彼に音読されると、どんな作品でも秀歌に聞こえたのは不思議。(柏崎さんは、「コスモス」で、継続は力なりだが、ただの継続はPhoto_2力でない、と言ってしまう人である。)

 コメントでは、小島ゆかりさんの「歌がこわれてしまってていいから、(新しくて強い)歌に挑戦するのは大切だ」というのが印象的であった。

 作品を提出した後で批評会があると思うと、ついついわかりやすい縮こまった歌を作りやすくなる。それはいけないのだ。

 久々の柏崎さんがおっしゃることは、言い方が違うにせよ、ふだんの会と同じことであった。でも、言い方が違うというのが大切なことなんだなあと実感したしだい。

 その後、同じビル内で歓談、いつもの「三幸園」へ15人で移動。

 写真は、崎陽軒の弁当。

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ネフスキイ。

Photo_3 「岡井隆歌集『ネフスキイ』を語り合う会」へ。

 神楽坂の日本出版クラブ会館。70人ほどの参加だったか?

 一年間弱で840首という歌数のせいか、解釈のしやすい歌が多かった。

 それでこれだけの作品を残すのだから、人間の奥行きの深さを十分に示しているのである。

 指名されて発言したのは、岡井さんの散文的雑談的とりとめのない感じが歌集に流れていて、まさに岡井調のやりたい放題さがいい方向に出ているなあということ。

 何冊目の歌集かの明示もないし、約1年間といっても、始点と終点の日付の意味づけがはっきりしなかったりする。自然体である。

 どんどん過ぎてゆく日常の下にひっそりと二重三重に流れる感情や時間を形としてつかみとっているところもよい。具体的には、

・シュヴァイツァ医を志すあたりまで混み合ひて来しバスに読みつつ

・十分に熟睡(うまい)せし故寂しさはなくなりて坐す雨のあしたに

のような、感情を可視のものとして提示するのがいいと思った。

・少し退(ひ)いた枯れた気分が人々にもの言ふときにはつかふかまる

・これからするだらう行為に或る淡い言ふならば紅い目標の的(まと)

 のような、オカイ的韜晦を含んだ歌も健在でいい。

 しかし、レヴィストロースなどの名前が、歌のなかにどう溶け込んでいるのかは私には不明。モザイク的に使われているだけのように思えた。

 オカイさんの声の聞こえる歌集で、平易な歌ほど立ち止まって読まされ、時間のかかる歌集であったとも思う。

 ついでに言うと、やはり短歌は歌人じゃないとわからないんじゃないか、ということも認識した。

 きょう、詩人の方々が発言しておられた中には、一冊の方向性とか全体としての言いたい事を探ることに終始して、批評用語はすばらしいけれど、短歌のポイントをまったく外しているような方もいらした。

 やはり、歌集の批評は、コレがいい、コレが悪い、という発言の蓄積の上に、全体像ができあがってゆくのではないかと思う。

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もんか省。

Photo_3  昼、文部科学省

 「棧橋」の友人、Mさんの仕事場をちらりと見せてもらって、32階の食堂へ。

 自分でトレイを持って並ぶ方式ではない。東京タワーが見えた。

 そのあと、3階の講堂で、

 国立教育政策研究所「小学校における英語教育の在り方に関する調査研究」

Photo_2という発表?を聞きに行く。

 中学校としても小学校の英語教育との接続をうまくやりたいのだ。

 現在、日本にある23000校の小学校のうち、97%では、なんらかの形で英語の授業が行われているという。

 そのうち、約50校の5、6年生を対象にした調査の 結果発表である。

 ネイティブ(外国人)の先生がやるよりも、担任がやっPhoto_4たほうが生徒には好評であるとか、日本語のコミュニケーション力が向上したとか、5年生よりも6年生の方が意欲が減るとか、いろいろ示唆的なコメントを聞く。

 中学としては、英語を始めて学ぶワクワク感を小学校にとられてしまうところが、困る。

 その後、銀座へ。

 芝高校時代の友人8人と会食。プチ同窓会。

 そのうちの一人は小学校教員だが、小学校での英語の授業を「百害あって一利なし」と切り捨てていた。そうでもないと思うんだけど。

 私は、文科省の方針に賛成なんだけどなあ。

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インタクシケイティッド。

Photo_4  きのう、英語科のアメリカ人と、中川某の話題になった。

 ひとりは日本に関心があって、ユーチューブであの記者会見の映像を見たらしい。よく新聞も読んでいる元証券マンである。

 もう一人は、事情を知らなくて、「なんで酔っ払って(drunk)でクビなんだよ? drunk くらいいいじゃないか? リザインすべきじゃないね」と初めはいぶかっていた。

 数人で説明して、物真似してみせると、ようやくわかってくれた。つまり、そんな状態は想像外だったしい。たしかにそうだ。

 それは drunk じゃなくて intoxicated だよ、と言っていた。たしかにそうだ。

Photo_3 昼を、またまた近くの〈コパン〉で食べる。家から徒歩1分だし、外れなし。

 米茄子とミートソースのピザ。

 ベイナスは、アメリカの種のブラックビューティーを日本で改良したという。両方とも、なんとも大雑把な名前である。

 ところが、これが大当たり。身の詰まったナスとチーズの相性がとてもいい。

 ボンゴレ・ビアンコもうまかった。英語でだって「あさり」をなんと言うのか、わからないだろう。

 料理文化というのは言葉を連れてくるものだなあ。

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どうでしょう。

090218_11360001  今が、早稲田と慶應の試験のまっただなか。

 教室を自習室にしている生徒や気分転換をしたそうな生徒が、何人か職員室に来る。てきとうに(適切に)あしらう。

 さいきん、「水曜どうでしょう」という番組のDVDを偶然見た。

 北海道テレビ製作の深夜番組で、大泉洋と企画の鈴井某という二人が出演。他に2人のディレクターのうち1人が小さなカメラをもって、男4人で世界中を旅するというもの。

 私が見たのは、「東京2泊3日70km/マレーシア・ジャングル探検」

 旅番組なのだけれど、むちゃくちゃ。羽田空港からすべて徒歩で田園調布やお台場に行ってしまうとか、札幌空港で行き先を告げられてマレーシアのジャングルに飛んで、真っ暗闇の中で動物観察しようする(そしてほとんど見えない)とか。ちゃんとした宿を予約し損ねて、掘っ立て小屋に泊まったりしている。(たぶん、やらせでなくて。)

 とにかく、はやめちゃで、移動中のハプニングや愚痴や雑談などがメイン。ホテルの部屋で、なぜこの旅行がダメダメなのかを延々と話す。大泉洋のシュールなキャラクターによるところが大きいようだ。

 これなら、DVDを買ってでも見ようと思う人はいるだろう、という番組。(今は特番だけに限っているようである。)

 ま。どうでもいいですね。好きな人はハマるでしょう。

 昼は、ちょっぴり抜け出して〈一六八〉でマーボ豆腐定食。豆腐のカロリー控えめさを油の多さで帳消しにしている感じ。味はいい。

 公田さんは、クデンさんなのかキミタさんなのか。

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逆成。

Photo 昼は、「明洞(ミョンドン)のり巻」。

 海苔巻き以外にも、麺類やトッポギなどいろいろある。韓国料理のファーストフード店という感じ。

 午後、新宿のアサヒカルチャーセンターへ。ACCと略すらしい。

 高野公彦『汽水の光』と蒔田さくら子『翡翠の連』を紹介。

Photo_3 といっても、『汽水の光』はそう簡単ではなく、大岡信氏の解説(数えると17ページ)と、小島ゆかりさんの『高 野公彦の歌』を援用してなんとかしたという感じ。

 蒔田さんの、

・ゼブラゾーンの太き白線踏みにつつかろくかすかにめまふことある

について、ある鋭い方から、「目眩い」はあるけれど、「目眩う」という言葉は無いのではないか、というご指摘をいただいた。

 広辞苑にも明鏡にも、「めまう」はなかった。ヤフーやグーグルでは、使用例はあるけれど、極少数。今のところ、誤用といっていいかもしれない。

 ただし、〈逆成語〉というものはある。英語の、エスカレイトする、は、エスカレーター、からの逆成だとか、エディット(編集する)は、エディター(編集者)からの逆成だとかいうのは、授業のネタである。

 調べてみると、「待ち伏せ」→「待ち伏せる」、「狂い咲き」→「狂い咲く」なんていう、怪しげな逆成語もあるようだ。

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おおつか。

Syotenn  夕刻、大塚へ。(新宿から山手線に乗って池袋の一つ先の駅です。)

 写真の店を発見。

 私の苗字は、ありそうで、あまりない。家族以外の同姓の人とはいまだにお会いしたことはない。

 だから、こういう看板は、なんとなく味方が増えたみたいにうれしくなるのだ。

Hotaruika_2  他には、築地関係に有名なお店があったり、料理屋の名前になったりしているようだけれど。

 旧友のUさんと会食、というほど畏まらず、飲む。

 結社の話、歌人の話、歌集の話。お互いの評価が一致して盛り上がり、一致しなくてその理由で盛り上がる。

 結社のボランティアの仕事が本当に大変だようだ。わが「コスモス」は専従の人がいてなんとか回っている。それでも、その方は超多忙である。

Namatako ホタルイカがある。もうそんな時期なのかなあ。普通は4月くらいじゃないか?

 生タコもおいしかった。北海道料理「三平」という店名だったか。

 Uさんのピッチにつられて、はやくに酩酊する。

 そのあとに、記者会見がなくてよかった。

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まみ。

Photo  寒暖のよくわからない日曜日。

 午前中、マンションの理事会。大規模修繕はこの11期目にはやらない方向で話がまとまる。

 管理会社はあれこれと勧めてくる(それが仕事だから)のだけれど、総会を説得できる材料がない。

Photo_2 昼は中野ブロードウェイから一本曲がっ た狸(まみ)小路へ。

 広辞苑には「貒」「猯」という字が出て、「アナグマの異称。混同してタヌキをマミと呼ぶこともある」と出ている。

 麻布のロシア大使館のあたりに、「狸穴」(まみあな)という地名があるが、それは間違っているのかもしれない。

Photo_3 手紙魔まみはどこへ行ったのだろう。

 〈ボナペティート・パパ〉であれこれ食べる。

 前菜の盛り合わせ、ボロネーゼのニョッキなど。

 ピザにはルッコラがたっぷりと乗せてある。やや苦かった。たんぽぽの葉っぱのようであった。じゅうぶんにおいしかったけど。

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原研哉。

Photo_2   午後、武蔵野市立吉祥寺美術館へ。(そんなのあったんだと驚く)

 伊勢丹新館7階の小さな展示室。ひっそりとしていて良い。入館料は100円。

 「原研哉デザイン展 本」を見る。

  壁一面に展示された、朝日新聞出版のPR誌「一冊の本」の表紙が特によかった。http://publications.asahi.com/ecs/backnumber/22.shtml

Yosinaka 3ヶ月を一つのテーマでまとめた、モノのひっそりとした奥行きの力を見せてくれる表紙である。

 無印良品などのデザイナーで、ブックデザインもしている人。原田宗典の本を手がけているけれど、他にも、シンプルで、プロっぽい装丁が多いようだ。

 そのあと、井の頭公園へ。かなりの人出。20度を超す異常な暑さで、なんだか疲れる。

 そのあと、「コスモス」編集会へ。いろいろ決める。

 「美たか庵」のあと、わざわざ桜上水の鳥料理「義仲」へ。駅から徒歩3分の、住宅地内にある名店である。

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スンデ。

Photo_2  生徒から、ちらほらと合格の知らせが入る。

 すべてケイタイのメールで来る。電話が来るのは第一志望のときだろうか。

 とはいえ、まだ、上智大、センター試験利用の早慶だけである。

 職員室にいると、英作文を見てくださいという生徒がちらほら来る。

 私がいないとき、生徒は添削依頼をおいてゆく。そういうものを数通づつだが、郵送で返している。いつ会えるかわからないから。

Photo 封筒をいくつか持って、昼は少し歩いて大久保通りの〈ハンヤン〉へ。

 ガイドブックを持った3人連れがお店に入ってゆくところだった。大久保通りはそういう街になったのだ。

 スンデクッパ。

 「スンデは、韓国式ソーセージとも言われ、豚の腸に豚の血と野菜や肉などを詰めたもの。」と、あるホームページの説明を貼る。http://www.seoulnavi.com/food/food_mid.php?f_mid=131

 写真では、チゲもクッパも、みんな同じに写ってしまう。ゴマの葉(たぶん)など野菜たっぷりでいい。おかずの左下の黒い物体は、乾いた海苔の炒め物(?)である。

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ルッコラ。

Photo_3  昨日、中学入学予定者に国語科から出された課題の中に、ブックレポートがあった。

 池田晶子『14歳の君へ』(毎日新聞社)があったのは、科の炯眼である。

 高校のホームルームのネタに使ったこともある本。生徒と教員が共有しているのはとてもいいことだ。

 もう一冊は、清水義範『幸せになる力』(ちくまプリマー新書)。これは未読。

 国語科からは他に、「自分新聞」という自己紹介新聞を書くことが課される。これが長い伝統を持つ宿題。とても好評で、クラスで回覧することになる。

 数学科からは、なぜマイナス×マイナスがプラスになるのか、自分の考えを記せというレポートと、ブックレポート1冊。

 理科からは、理科関係の新聞記事を10本切り貼りしてレポートを書くというもの。

 レポートというものを書いたことのない小学生にとっては、かなりハードかもしれない。でも、中学卒業時に30枚以上の卒業論文が課される学校だから、それくらいの心構えがないと、苦労することになる。

 心構えさえあって、指導に乗ってくればみんなクリアできるのだ。

 昼は、またまた懲りずに〈コパン〉へ。ルッコラとエビのスパゲティ。

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マコモ筍

Photo  入学予定者(新中学1年生)のための説明会に英語科の係りとして出席。

 この2月11日に、多くの私立中学が申し合わせて(?)説明会を開く。

 生徒数を確定するための会でもあるのだ。

 各教科から、4月までの心構えや宿題の概要について話す。

Photo_2  校長からのメッセージもある。

 入学予定の小学生に対しては、規則正しい生活をして欲しいとか、本を読んで欲しい、などのお願いがある、

 加えて、家事のお手伝いをしたり、自分の寝巻きを自分でたたむなど、自分のことは自分でして欲しいというのがあった。

 それは同時に、保護者が子離れするためのトレーニングである、という言葉が印象に残った。

 新中1の担当になると、保護者を教育するところから始めなければならないのだ。生徒指導よりも、そっちの方が大変なことも多い。

 新大久保の〈麗郷〉へ。

 マコモ筍の炒めもの、エンドウの苗(=豆苗)の炒めものなど。

 エンドウというのは耳慣れないけれど正しい言い方。エンドウ豆はエンドウの豆なのだ。(?)

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かびん。

Photo_2 高校入試の当日。

 5時半ごろに起きて6時に家を出る。

 弁当は学校から支給。なんだか哲学のない弁当。

 巨大な鮭の切り身あり、牛焼肉の切れ端あり、海老フライあり、さつま揚げあり、肉団子あり、ひじきありごぼうありかぼちゃあり。それに、超大盛りのお米が盛ってある。

 あきらかに、誰からも文句を言われないように努力して、誰一人満足させることのできない弁当である。

 かつては、海老天丼、親子丼、うな丼、かつ丼(だったかな?)を専門店からとるローテーションだったのだが。

 小規模店舗だから容器が間に合わなくなったとか、嫌いな人は全く食べられないとかで、いまのケイオス的無意味弁当になったんだと理解している。

 写真は先日ある方からいただいた花瓶である。和風と北欧風がうまく合わさった、気持ちのよい花瓶である。ありがとうございます。

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フォカッチャ。

 2時間授業ののち、明日の高校入試の準備。

Photo 3年前まで、中学は各学年6クラスだった。それを3年かけて7クラスにした。

 だから、この春は、高校の募集定員がそのぶん、85人(2クラス分)に減っている。

 高校は各学年9クラス体制になる予定である。

 中高合わせて51クラスとなる。

 英語はリスニングの部分がある。そのために、放送機器のチェックや、万が一トラブルがあったときのことなど想定してを、念入りに打ち合わせる。(過去の問題はホームページ上で聴くことができる。)

 昼食は、高田馬場のヴィ・ド・フランスで買っておいた。ローストチキンのフォカッチャもその一つ。パンの生地にチーズが練りこんであって、いい香りがする。

 写真を撮っていたら、同僚に怪しがられた。

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コトラ。

 荻原裕幸さんのブログ(2月5日)に、引用していただく。うれしいです。ありがとうございます。http://ogihara.cocolog-nifty.com/

Photo  ええっと。新井薬師前の〈コトラcafe〉でランチ。

 すこし前にできて、気になっていた店。

 本当に小さな(10席ほどの)お店。30歳くらいの男性ひとりで切り盛りしている。

 もともと、この辺りは人通りが少ない。営業してゆくには、サービスの質がよくても、苦労が多いだろうな思う。それなりのカフェがない、このあたり。ひそかに応援したい。

Photo_3  黒板にあったスモークサーモンのフェットチーネを注文。品切れですと言われる。12時ちょうどに入って、きょうはじめての客のはずなのだが。

 でも、そういういい加減なところがいい。

 かわりに、ベーコンとシメジのフェットチーネ。

 きちんとできている一品。文句なし。

 ゆっくりとコーヒーを飲んで、読書。薄ら寒い気もしなくもない。でも、応援したいと思わせるのは、なんだろう。http://littletiger.biz/pineapple1/

 いいカフェは、文化の成熟度の基準であるはず。がんばってください。

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とんちゃん。

Photo  昼。新大久保の韓国料理〈とんちゃん〉へ。

 店の前でメニューを見ていたら、続々と(というほどでもないが)人が入っていった。

 マスコミで評判がいいらしい。そのことが壁に直接書いてある。貼ってあるのではなく。

 そういうナンパなお店はなんとなく敬遠しがち。さらに〈とんちゃん〉なんていう名前の店はちょっとなあ、と思っていたのだが。。。

 店内はほぼ埋まっていた。

 やはり、そんな名前をつけて、世に阿ってでも売りたい、という気合が感じられるのだった。

Photo_2 おかずは、平凡なものばかりだが8種類。はじめてそういうシステムに遭遇したらしい、隣の席のお客さんが驚く声をあげていた。もちろん、お代わりも無料である。

 イカ豚チーズ丼を食す。

 甘く、辛さを抑え目に味付けされている。人気の秘密はこれなんだなと思う。つまり、日本人の、とくに女性の、味付けに合わせるのだ。

 まあ、これを入口に、ホットでディープでオーセンティックなチゲやクッパに移行してくれると、他人事ながら、うれしいのである。

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チェ28。

Photo_2 映画「チェ 28歳の革命」を見に行った。

 かつて父親の本棚に『ゲバラ日記』があったような気がして、なんとなくゲバラという名前はインプットされていた。

 だが、それ以上は世界史の教科書レベルしか知らない。

 そういう観客を想定してだろう。本編の前に、ゲバラの簡単な説明の映像が流れた。

 本名(の一部)が、「エルネスト・ゲバラ」であるとか、アルゼンチン生まれで医学部を卒業したのち、南米を放浪し、メキシコでカストロと会って、キューバに入った、という基本的なことを知らなければ、わからない映画であった。

Photo 映画自体は、キューバに入ってからのゲリラ戦で勝利してゆくところと、国連での演説のシーンが交互に入る。

 戦闘シーンならベトナム戦争ものの方がインパクトがあるし、ゲバラの哲学ばかり述べたのでは映画にならないから、やや中途半端な感じではあったかもしれない。

 個人的には、さんざんスペイン語を聞かされたのがおもしろかったといえるだろうか。字幕があれば聞き取れる単語もあるものだ。

 なんて、言いながら、後編である「39歳 別れの手紙」の前売り券をチケット屋で買ってしまった。

 桂花(けいか)の太肉(ターロー)麺。老舗は外さない。

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共犯者。

Photo  研究日で在宅。

 松本清張の『共犯者』(新潮文庫)という短編集を読んだ。生誕100周年のフェアに乗せられての読書だが、乗せられてよかった。

 これまでに読んできたものはすべて推理小説だったが、これはそうでないもの(ただの短編というのか?)が半数。

 ねっとりと人の人生を描写し、低いところから心理を救いとるのは、事件が起こらない推理小説というところ。ヒット作の長編はストーリーテラーという側面も強いが、この短編集では一行づつが濃密で、よりハラハラさせられて、よかった。

 昼は、トマトソースパスタを作る。

 もう100回、いや200回(月に2回として10年で240回という計算)くらいは作っている。定番中の定番である。失敗はない。

 遠慮なく、にんにくを4かけ、唐辛子を三本も入れた。塩は三種類、コンソメや擂り胡麻や胡椒やオレガノを入れる。

 魚のデザインのフォークは、スウェーデン人の知り合い(オストワルドさん、訳せば西森さんかな?)にもらったもの。長く使っている。

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無患子、衝羽根、胡鬼。

Photo 今日は、合格発表などのため休校。

 「コスモス」の選歌に集中。はやくも10回目。

 知らない言葉に多く出会う。

 〈日向ぼこり〉。広辞苑によると、〈日向ぼこり〉→〈日向ぼこ〉→〈日向ぼっこ〉と変遷していったらしい。なるほど。

 〈無患子〉〈衝羽根〉〈胡鬼〉などに難儀する。

 それぞれ、ムクロジ(果皮を石鹸代わりにする)、ツクバネ、コギ(羽子板でつく羽根)である。そういうものがまだまだ生活に残っているのだなあ。

 他には、ロゼット、アルデバラン、余水路、なさぬ仲、カラヤンサーカスなどは知らなかった。わざわざ、「梲」と漢字で書いている人もいる。うだつ、である。恐れ入る。

 選歌はヤマト運輸で送ると680円。ゆうパックで送ると基本500円、前回との同一宛先割引で450円になる。クロネコを応援したいけれど、安さには勝てない。

 写真は、新井薬師前〈コパン〉のあさりのクリームパスタ。ボンゴレビアンコとカルボナーラの中間のおもむきでおいしかった。

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畳。

Photo_8  畳の表を替えてもらった。

 マンションの六畳間。しかし、それを「畳」と呼べるかどうかは疑問。

 発泡スチロールのような素材に、茣蓙が巻いてあって、それがコンクリートの上に敷いてある。タタミ・マットという感じである。

 マンションは気密性が高いので、芯は天然素材でない方が虫が湧かなくていいという。

 じゃあ、畳を定義しろと言われると難しい。

 できあがってみると、熊本産の天然のイグサだから、いい香りもするし、手触りもいい。やはり、畳と呼ぶのだなと思った。

Photo_9 予備校時代に、藺草クンという苗字の友人がいた、と思いだす。

 今の私の勤務校の卒業生で、福島テレビのアナウンサーをしているらしい。おとなしかった彼がどうして話す仕事に就いたのだろうか。大学デビューっていうやつかもしれない。

 新宿南口の〈老辺餃子館〉へ。

 映っているのはエンドウ豆の芽、つまり豆苗のにんにく炒め。その後ろにいらっしゃるのは、清朝風ドレスを着せられた紹興酒のボトルである。ミロのヴィーナスではない。

 五目刀削麺も食べる。新大久保で食べ慣れたものよりやや麺が太い感じがした。

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アララギの脊梁。

Photo_5 大辻隆弘さんの『アララギの脊梁』(青磁社)を読み始める。

 セキリョウというタイトルも大きくてかつ渋い。

 まだ、半分ほどを読んだところだが、時評とは違って落ちついた筆致である。広範な資料を読み込んで考察されていて、いちいち頷く。

 それも、歌をベースに丁寧に分かりやすく解説してもらっているというところがいい。

 この分野と時代にすごく暗い私にもよーくわかる。小難しい評論ではなくて、噛んで含めるように教えてくれるという感じ。

 4つの章のうち、〈Ⅰ〉には釈迢空についての論考が6本ある。それぞれ、テーマが絞られていて、すっきりと頭に入る。

 断片的な引用だが、

釈迢空の作品を読むとき、私たちは彼の作品の背後に流れる不気味な音に心を奪われてしまう。(p.19)

都市生活からあえて目をそらし「田舎」の農耕生活のみに基礎を置こうとするアララギの「反都市」主義や、短歌の本質を「強い語気」「ますらをぶり」のなかに見ようとするアララギの古代理解に、迢空は歪みを感じたのだ。彼は、アララギが内包していた日本特有の近代主義的なイデオロギーに、直感的な拒否感を感じていたといってよい。(p.36)

というところなど、きっちりはっきりとした指摘で、うれしい。残りもどんどん読めると思う。

 わが「コスモス」には、30首の応募の「O(オウ)先生賞」というものがあるが、それはオリクチのOである。

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ツヴァイザム。

Photo_4 今日はお休み。代休ではない。明日、2回目の入試があるので、授業ができないのだ。

 「棧橋」97号の久保田智栄子さんの歌に、

・Einsam zweisam 夜に木霊するふたり大工のホチキスの音

があった。アインザム、ツヴァイザム、とルビがある。ドイツ語の音と意味が幻想的に重なっていて、おもしろい。

 アインが「1」、ツヴァイが「2」くらいはわかる。だが、sam がわからない。

 http://www5.mediagalaxy.co.jp/sanshushadj/ というサイトがあった。

Photo_6  sam は「~の性質の」という形容詞を作るらしい。アインザムは、「孤独な」の意味になる。

 ついでに、エディーバウワーのBauer を調べて「農民」とわかり、ダックスフントの Dachs を調べて、「アナグマ」だとわかった。

 でも、zweisam がわからない。「2つの」以上に深い意味があるのだろうか。

 昼は近くの〈コパン〉へ。

 マリナーラピザ。それに、リコッタチーズとヘイゼルナッツのタルトを追加。

 リコッタ、とは、再び煮たという意味らしい。パンナ・コッタのコッタである。イタリア語の方が親しみがある。

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入試/タコ焼き。

090201_14010001_0001  勤務校の中学入試。

 中庭には梅が咲いている。

 入試というのは、申し訳ない。

 この店のタコ焼きを食べたいと並んでくれたお客さんに向って、数に限りがありますから、食べる資格があるかどうか試験します、と言っているようなものである。

 本当にウチのタコ焼きが食べたいんなら、その証拠を示せというのだ。

 そこには、いかにおいしそうにタコ焼きを食う人間であるかとか、そのタコ焼きがいかにそのお客さんの身体にいいか、とかいう基準はない(と思う)。

 時間内に、できるだけたくさんのタコ焼きを、できるだけきれいに食べられるお客さんを選ぶ、という感じか。(ウチの店では大量のタコ焼きを出すから、ちゃんと消化できる人じゃないとあとで困りますよ、ということもある。)

 話は変わる。昨日の〈海老そば二代目ケイスケ〉には、「マイ箸洗います」という掲示があった。いい店である。

 私は職員室にマイ箸を置いてある。

 今日は、学校から弁当が支給されて、完全に禁足である。残念ながら、マイ箸を使っている人はあまりいないようだった。

 今年はマイ箸を持ち歩こうかな。

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