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神田川再発見。

_001_2 本や雑誌を紐で縛ってから、ふと、ブックオフのことを思い出す。

 結社誌、総合誌を含めて、80冊ほど。みんな持っていってくれた。

 その後、査定対象は42冊、970円、と知らされる。

 『神田川再発見』神田川ネットワーク編(東京新聞出版局)をちらちらと見る。

 編集長以下18人の編集委員の名前があるけれど、ほぼ全て、編集長の大松騏一さんが執筆したという。騏一さんは私の父。

 裏の帯には、

神田川水系の歴史と文化を、5年の歳月をかけて徹底踏査したデータ約1000項目、写真150点、江戸名所図会29点。

神社仏閣はもちろん、橋の名のひとつひとつにも興味深い由緒来歴がある。ウォーキングのガイドブックとしてだけでなく、神田川を知る資料としても手元に置きたい一冊。

とある。

 神田川はワタシ的にも縁のある川。

 水源の井の頭公園からはじまり、三鷹台の宮柊二宅までのところは私もよく散歩するところ。いかに丁寧に書かれているかがよくわかる。

 自宅近くには支流の妙正寺川があり、通勤で乗る西武新宿線は高田馬場まで神田川沿いに走っている。その辺りもこの本に詳しい。

 全国の図書館でリクエストしていただけるとうれしいです。

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秋刀魚の味/老辺餃子。

Photo

 午後。高田馬場の早稲田松竹へ。小津安二郎「秋刀魚の味」を見る。

 映画の技法うんぬんの普遍性のある技巧もわかる。

 ALWAYSなんかの昭和復刻版の映画を見るよりも、よほど昭和を味わえる。

 家に人がいれば戸締りをしない民家、平気で女性の同僚の年齢を訊くサラリーマン、アポなしで親や息子や親戚の家に立ち寄る人々、やたらとトリスのウイスキーをストレートで飲む男性、ほかにも、コレハ昭和ダナアと思える場面が多かった。

Photo_2 中井貴一にそっくりな俳優は、佐田啓二(父)であった。岩下志麻、岡田茉莉子、岸田今日子も出ていた。

 昭和37(1962)年の作品。

 夕方。新宿南口の「老辺餃子館」で38回目の誕生日を自祝する。37と38はずいぶん違う感じがする。数字の8の魔力であ ろうか。

Photo_2 その昔、辺福という名前の老人が作り出したという。1986年から新宿にあって、T野K彦さんとも何度か来たことがある。外れのないお店だ。http://www.rouben.co.jp/top01.html

 日本語のたどたどしい中国人でウエイトレスが「歓迎光臨」のたすきをかけて接客している。どこに来ちゃったかなと思わせる異国感もある。

 基本的には蒸し餃子(セイロのまま出される)が特徴の店。具の種類によって包み方の形が違う。醤油をつけてはいけない。

 海老入り、干し貝柱入り、トマト入り、セロリ入りなど。写真はサザエ入りだったか。揚州料理のさっぱりした味付けがいい。

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夜の桃。

 渡英子さんの第3歌集『夜の桃』(砂子屋書房)をいただく。

_001 「沖縄での最後の一年と、帰京してからの二年という三年間は個人的にも、歌詠みとしてもとても苦しい時間だった。沖縄とかかわることの重さは、沖縄を離れても私から去らなかったからである。」(あとがき)

 とあるとおり、歌集全体に流れるトーンは、何かから抜け出そうとして抜け出せない重苦しさに圧されている感じだ。

 沖縄と歌の歴史を考察し、『詩歌の琉球』を執筆していた時期でもある。すっきりと東京での新生活をに切り替わったというイメージはない。

 よく取材して構成しているなあと思う。新情報で好奇心をうまくくすぐりながら読ませる知的な巧さも(とくに沖縄関係では)特長である。 

 一方、、どの歌も、歌どこにいて歌ったのかが揺れるところが弱みかもしれない。また、いつも現実ではない場所を思い定めて歌っているからか、歌の文脈が謎めいてゆくのはおもしろいのだが、難解さと紙一重でもある。

・洋(わた)なかの島をつなぎて海ゆ来し国道58号線に左折して入る

・かけろまと呼べばかすかに呼びかへすこゑのごとくにひかりいづるも

・をなもみの青みのやうに付けて来し沖縄口(うちなーぐち)かふとこぼれいづ

・暗闇のひとつひとつにしやがみこむひと居るやうな島より帰る

・いまごろは鬼餅寒(むーちーびーさ)の沖縄か枇杷の暑葉に月しろく差す

など。挙げようとするとやはり沖縄関係のものになる。やはり、ここまでが沖縄の沖縄の歌集だろう。今後も沖縄についての歌がこぼれ出てくるのを楽しみしている。

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教科書に載った小説。

0002  昼、西武新宿線の一つ西の駅、沼袋付近へ。

 「新・印度料理」〈たんどーる〉で、豚のキーマカレー(軟骨とチーズ入り)を食べる。

 いろんなところに出ている店だけれど、味もしっかりしている。http://www014.upp.so-net.ne.jp/tandoor/pc/index2.html

 壁には、著名人の直接のサインがある。その中には、中山秀征や室井佑月のもあった。飯島愛の来店の写真もあった。

 その、飯島愛のニュースには驚かされたけれど、なによりも本名を「大久保松恵」と知って、そのギャップに驚かされたのだった。大と松も入っているしなあ。

 佐藤雅彦編「教科書に載った小説」(ポプラ社)を読み終わる。

 なにげなく買って、少しづつ読んだ。ポプラ社もいい本を出している。

 中でも、「とんかつ」三浦哲郎、「絵本」松下竜一、「少年の夏」吉村昭、「雛」芥川龍之介、「良識派」安倍公房、が良かった。

 他には、「出口入口」永井龍男、「ある夜」広津和郎、「形」菊池寛、「父の列車」吉村康、「竹生島の老僧、水練のこと」古今著聞集、「蠅」横光利一、「ベンチ」リヒター、である。

 どれも、いかにも教科書に採択されそうな流れの話であるけれど、飛躍がありながら、奇を衒わないで読者を納得させるというのは大切なことだと思う。

 とくに最近の短歌を読んでいるとそう思うのである。

 NHKの「篤姫」総集編を全て見る。泣かされた。

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東伊豆3日目。

Photo_6  3日目。

 朝食に鮪のブツがある。こんなことしているから資源不足になるんだな、と思いつつ、食べる。

  城ヶ崎あたりを散歩。

 リアス式海岸というのか。なかなか壮観。広辞苑によると、rias とはスペインの大西洋岸の地方で湾を ria と呼ぶのに由来しているそうだ。

Photo_7 つづいて、アンティークジュエリー美術館へ。

 館長がつきっきりでが解説してくれた。国立の美術館では大きなケースに入るようなもの(館長談)が、触れるほどの距離にある。http://www.antique-museum.com/

 これまでは時代に特有の形式があったのだが、現在では作家の個性がバラバラで、ナニナニ様式と呼ばれうるものはないらしい。

 短歌もそうか。百年後から振り返れば、一つの様式に収斂される(つまり没個性と見られる)とも思うけれど。

Kinnme 一碧(いっぺき)湖美術館にも行く。 ユニマットの社長のコレクションらしい。 

 カシニョール作品が中心。ちょっと趣味の外。ワイエスが10点くらいあったのがよかった。

 伊豆高原駅前で車を返す。走行142キロメートル、約8.9リットルというのは燃費がいいのだろうか。

 午後、「踊り子」で帰京。またまたキンメダイ。駅弁は割高な感じがするけれど、なんとなく買ってしまう。不思議なものだ。

 伊豆急は東急の100%の子会社だと知る。だからJRと合併しないんだろうな。

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東伊豆2日目。

Photo_2  2日目。日産マーチを借りて、南へ。

 爪木崎のスイセン群生地を見に行く。野生のものあるようだが、ほとんどは観光用に植えたもの。なかなか壮観。

 それはそうと、アロエの赤い花が盛りであった。観賞用の種だろうか。これをアロエと認識したのPhoto_3は初めて。菜の花も咲いている。この時期にねえ。

 昼は、下田の「伊豆太郎」というベタな店名の回転寿司屋。

 みなさん「地魚」という表示のあるボードのものばかり注文。

 イカやサバを食っている人はいない。ここでもキンメダイ。他に生サンマ、酢でしめたサンマ、サクラエビ、生シラス、カンパチなど。魚好きには伊豆はいい。

Photo その後、伊豆アンディランドへ。数年ぶりの訪問。http://www005.upp.so-net.ne.jp/andyland/andy-2.html

 カメばかり集めた「亀族館」である。

 ガラパゴスゾウガメなどもいる。意外と行動的で、水族館の魚のように回遊している。かなり暖房を強くしているよ うだ。

 一日に3~7キログラム食べる餌をまかPhoto_5なうために、園内で桑を栽培しているという。

ケヅメリクガメ(写真上)にはにんじんや青菜など、直接食べさせることもできる。追いかけてきてかわいい。

 昨日がワニで今日がカメ。

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東伊豆1日目。

Photo_2  東伊豆に遊ぶ。

 午後、熱川(あたがわ)駅到着。

 東京から特急で2時間20分。ふつうの「踊り子」の、すでにレトロな車輛で、雰囲気があって良い。

 バナナ・ワニ園へ。小島ゆかりさんの歌をどこかで見たが、見つからない。

 マナティ(1頭)もレッサーパンダ(30頭くらい)もフラミンゴもハスの花もオオオニバスもランもPhoto_3バナナの樹もどれもふだんの生活 では見られないものばかり。

 それでも、やはりここはワニの施設。

 温泉の熱を使って温めた水の中にいるはずなのだが、ワニたちはどれもほとんど動かない状態。写真はともにコビトカイマン。

 鼻を水上に出して呼吸しながら寝ている。

 水槽を見上げるという展示もあった。

 宿は、北川(ほっかわ)温泉というところ。

Photo_4  とてもサービスがよく、気持ちの良い宿であった。

 お風呂あがりの休憩所では生ビールを無料で飲ませてくれる。総額の料金に含まれていると知っていても、やはり(その場で金銭の授受がないのは)うれしいものだ。

 夕食の鍋は、キンメダイなど。東伊豆の辺りが漁場らしい。関西ではあまり食べないと聞いたことがある。名古屋近辺はどうでしょうか。

 天麩羅の食べ放題というのもあった。少々食べ過ぎる。

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心音(ノイズ)。

 柚木圭也第一歌集『心音(ノイズ)』(本阿弥書店)を読んだ。 

 柚木さんは以前書いたとおり、「短歌人」の勉強会で非常に影響を受けた人。「コスモス」には兄貴と呼べる存在がいない(今でも)けれど、その代わりに柚木さんがいてくれた。本当に感謝している。

Photo 2001年に短歌を離れるまでの10年あまりの歌。それを今、第一歌集として出版するのは辛いことだと思う。それでも敢行(刊行)したのはやはり柚木さんの短歌への覚悟にちがいない。

 青春のぎこちなさとか、外部との摩擦によるひりひり感とかを的確に歌に乗せてゆく。自分の肉体をもてあます感じはうまく出ている。心象をモノに託すオーソドックスな文語旧かなの歌である。

 それは今からすると素朴に見えるかもしれない。

 しかし、初句6・7音の多用など、短歌のリズムの機微を知っている人のぎりぎりの(薄い氷を踏むような)リズム感であり、テニオハをややねじれた形で使う大胆さとか、同じモチーフを繰り返して追求するとか、極限まで「歌」を考えた痕跡が透けて見える。

 粘着質で特徴的な好きな歌をあげたい。

・すり傷おほきコップにて飲むワインゆゑ視えてくるものあるやもしれず

・投網(とあみ)打たるるごとき迅さに流れゆく巻雲はあり夏の未明を

・たちまちに怒気は失せゆくビルの間ゆつと過ぎゆける都電を見ては

・枇杷の葉にもたれて睡る風ありぬ 夏の寝息をかすかに立てて

・輪郭を持つことふいにさびしくて秋の夕暮れ吾(あ)はうづくまる

・もし樹として野に立つのなら絶対に人間の喩なんかになりたくはない

 しばらく短歌を離れてしまった柚木さんの幻の第一歌集を手にして、なんだか玉手箱を開けてしまったような気がしている。ともかくうれしい。

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習作。

0002_3  きのう。終業式を終えて(別の用事をキャンセルして)、渋谷のBunkamuraへ。

 アンドリュー・ワイエス展が23日までだった。あわてて見に行く。

 ワイエスはなにかどういいのかわからないが惹きつけられる。ノーマン・ロックウェル、ジョージア・オキーフと並んで、アメリカ人画家で好きな人。

 1917年生まれ。まだご健在である。宮英子さんと同い年(5ヶ月下)。場内のビデオで今年しゃっべっている姿も見た。

 「創造への道程」と称された展覧会。

 作品リストを数えると、150点のうち、「習作」とか記されていないものが45点。つまり、他はすべて「習作」(スタディ)なのである。

 まあ、生ワイエスが45点もあるのだからいいのだけれど、習作が多すぎるというのが素人の感想である。

 なかには、習作の方が大きくて色彩鮮やかなものもある。

 今回は、クリスティーナの習作はいくつもあって原画がない。ヘルガもなかった。それはそれでいいけど。

 まあ、北海道の土着の風景を描いて普遍に高めていったという感じか。(アメリカ東北部はすべて北海道なのだ。)

 ちなみに、高野公彦には、「ワイエス」の後が入った歌が4首ある。

・雪解(ゆきげ)みづ斧びかりしてアンドリュー・ワイエス「泉からの引き水」

・草原のしづけさ満ちぬ池袋セゾン美術館ワイエス展は

・ワイエス画三つ編みのヘルガに近づけば一本一本髪の毛を描く

・ワイエスはその素朴さを愛せしか裸体のヘルガ着衣のヘルガ

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させて頂きます。

 昨日、日曜日の昼前。

 夕方の読書会のための「街道をゆく」を探すが、無い。

 いつもは古本屋で見つけておいたりするのだが、今回はそもそも買っていないことに気づく。

0002_2 先日、ブックファースト新宿店になぜか該当の巻だけなかったのだ。

 中野駅近くの〈あおい書店〉に電話して探してもらう。幸い在庫はあった。自転車で取りに行く。あぶないところ。あおい書店中野店はさすが在庫60万冊を誇るだけある。

 今回は24巻「近江散歩・奈良散歩」の一部。

 11月末に訪れた琵琶湖東岸のエリアに近いところ。関が原あたりの記述が多い。

日本語には、させて頂きます、というふしぎな語法がある。

この語法は、浄土真宗の教義上から出たもので、他宗には、思想としても、言い回しとしても無い。(中略)この語法は、絶対他力を想定してしか成立しない。それによって「お蔭」が成立し、(うんぬん)

と司馬さんは書く。なるほど。

 他には、お灸のもぐさを宣伝するために、吉原で芸者たちに広告用の歌ってもらうように仕組んだり(「当時の吉原は、流行の源泉のような機能をもっていたから」)、浄瑠璃をつくらせて上演させたりした男の話もあった。

 今でも、もぐさは琵琶湖東岸の伊吹山でとれるようだ。「せんねん灸」の本社と工場は滋賀県長浜市にある。http://sennenq.co.jp/company_info/senefa_info_p2.html

 他には、彦根城は、徳川家康が大阪城の豊臣秀頼を討つために作らせた城であったとか、維新のときには明治天皇がこの城の典雅さに感じ入って残せといったとか、いつもながらエピソード満載の100ページだった。

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1/125秒。

Photo_2  永田淳歌集『1/125秒』(ふらんす堂)を読んだ。

 淳さんは青磁社の社長として歌集などを作っている人。京都在住。

 正直に述べれば、全体的に雰囲気先行、リズムはぎくしゃく、無骨、素朴でぶっきらぼうな歌集ということになるだろう。

 字足らずが多くて読みにくいのには参った。歌集の流れに身を委ねて読み進むことができず、いちいち立ち止まってこちら側の体制を立て直さねばならなかった。

 内容面はとてもいい。

 自分の奥底を覗き込もうとしている青春時代から、相聞を経つつ外部、家族との関わりにじわりと人生を預けてゆくひとりのかっこいい男の姿が浮かび上がってくる。いくつもある親族の挽歌もよかった。

 細かいところをよく観察して映しているなあと思う歌が多い。やはりアララギアンの系譜というか、「塔」のだれかれの影響を感じさせながら、自分の歌を模索しているようだ。

 秀歌をあげてゆくと、かなりの数になった。さすがである。

・かき分けし前髪薄く紫で詩であるために言葉は要らず

・なんとなく知ってる貌に会いそうなおそらくそれは昔のわたし

・風邪の子のために買われし苺なり深夜の冷蔵庫開ければ匂う

・こうやって記憶は積もってゆくのだろう木漏れ日のなか子は走り行く

・かつて我に蕗の煮方を教えくれし人なりき柩に小さし

・雪の降る外を見たくて障子開ければ静かに俺は老いて映れり

・庭に落ちし剃刀の上じりじりと鶏頭の影赤きが滲む

 最後の2首は初期歌篇(高校時代の作品)。おそるべし。

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アンボス・ムンドス。

Ebiwannta  朝から職員会議。

 約3時間、みっちりとやる。

 先へ先へと考えていかなくてはならない問題が山積している。

 いろんなことを真面目に考えている教員が多く、私は後ろからそっと付いてゆくのが精一杯である。

 昼はおそらく今年最後の「一六八」へ。同僚が先に来ていたが、こちらには気づかない。

海老ワンタン刀削麺。なんという繊細な塩味だろう。日本のラーメン屋では出そうと思わないだろうところを狙っているようだ。電車に乗って食べにくる価値もあるかもしれない。

0003  中国人は庶民レベルでかなり良いもの食っているんだなあと思う。

 いったい、今年一年だけで何杯の刀削麺を食べただろうか?毎月2杯強として30杯弱である。お得意様といはそういうものなんだろう。

 買ってあった、桐野夏生『アンボス・ムンドス』(文春文庫)を読む。

 7つの短編。どれも暗い話。自分の中の悪意が呼応するようでいい。

 ひとつひとつの作品は、長編に比べて当然ながら物足りない。が、7編まとめて読むと、それでよかったんだろうなあと思わせる塗り重ね感がある。プロの仕事だ。

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舞富名。

Photo_4  昨日はそのあと、6人で有楽町ガード下の〈あちこーこー〉へ。

 同僚のMさんに教わり、数度来た店。いづれも一人だった。

 沖縄料理がメインの串焼き屋さん。

 定番のミミガー、島らっきょう、ソーミンチャンプルー、中身チャンプルー、スク豆腐、Photo_7チキアギなどから始めて、タンがたくさん入っている「タンバーグ」やヒージャー(山羊)の刺身、レバ刺し、マルチョウなど、たっぷりと食べた。

 女性陣はブルーシールアイスを嬉々として食べる。

 飲み物は、はじめ30度くらいの泡盛を飲んでいたが、そのうちに、メニューに「舞富名(まいふな)60°」を発見。

 山西省の汾酒のようなすっきりした味わいでうまい。与那国島の産らしい。離島はアルコール度の高Photo_8いものを作るんですよね、とウエイトレスさんが教えてくれる。T野さんに気に入っていただく。

 汾酒はコーリャンで造っているはず。泡盛はタイ米である。

 生で飲んだり、ロックにしたり、いろいろと試しながら、二人で7、8杯くらい飲んだか。

 

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オハナ。

0002  午後、銀座3丁目の〈Cafe Ohana〉へ。(オハナとは、ハワイ語で「家族」の意味。)

 ひがしはまねさんの作品を見に行く。

 ひがしさんは、プロのカリグラファー。

 葛飾区在住で、カードだけでなく、新聞の一面くらいの大作もある。

 もちろん、文字だけでなく、イラストや総合デザイン的な要素も多い。(高野公彦『甘雨』のデザインに採用されている。)

Photo_2 今回は、クリスマス特集ということで、額に入った4万円とか8万円とかの値札のついた作品もあった。ちょっと手が出せなかった。

 代わりに、ひっそりと小さなカードを買う。どれもかわいくて、きりりとしているカードばかり。写真のものはドイツ語で書いてある。

 カフェは隠れ家的。2時間くらい居座ってゆっくりと本を読みたい感じだ。さすが、銀座は中野や大久保とは違うのだ。

 イチゴのティラミス。食感が工夫されていておいしかった。http://pet-spa.raindrop.jp/ohanaindex.html

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速吸の海。

 昨日は、朝カルの前に、住友ビル50階の〈ティーサロン燦〉に行ってみた。

 ホームページでは、おしゃれで眺望がよさそうだった。が、実際は、ふつうの街の喫茶店を高いところに持ってきたという感じ。

Sibu 外には都庁が聳えていて視界をさえぎっているし、そもそも眩しくてカーテンを開けていられない時間帯だった。

 それでも、地上50階は気分が良いもの。

 リンゴのシブーストを食べる。コーヒーもお代わり自由だった。味も悪くない。

 『水木』に挟まっていた、「歌壇」1994年5月号の高野氏の文章を見ると、『水木』後半の連作のうち、「楕円思想」「牛、馬、ひつじ、象、駱駝などから見られてゐる人」の二つのタイトルは宮柊二がつけたものだとある。

 現在、連作のタイトルをつけてくれる結社の主宰はいるだろうか。当時の親密な師弟関係が推測される。

 また、「短歌研究」1993年6月には、

これは私の思ひ込みかもしれないが、「深き」「暗き」といふ言葉を私は迢空から学び、「しづかなる」「おもふ」といふ言葉を柊二から学んだやうに思ふ。

と書かれている。つづいて、

Totyou・風出でて波止(はと)の自転車倒れゆけりかなたまばゆき速吸(はやすひ)の海

について、

これは、迢空の「速吸(ハヤスヒ)の門(ト)のなかに、ひとつ逢ふものに くれなゐ丸の 艫じるし見ゆ」(海やまのあひだ)を意識しながら作つた歌である。

とはっきり書いてあった。

 これからは、高野氏にこういう自解の仕事をしてもらう場がもっとあるといいと思う。

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水木。

0002_2   午後、新宿住友ビルへ。

 朝日カルチャーセンターの講座。高野公彦『水木』(実質的な第一歌集)を取り上げる。

 12冊の歌集の中で、改めて位置づけしようとすると、特徴的な(特殊なとも言える)一冊となるだろう。

 その後の高野短歌の原型を示しながらも、コトバや命そのものへのこだわりが表だっていない。

 その代わり、地道に事物のもつ短い時間内の輝きをしっかりととらえ、本質を見出そうとするレッスンがなされている感じがする。

Photo  それ自体でも完成度は高いが、のちにさらにスケールアップしているのを感じる歌も多い。例えば、

・悲しみを書きてくるめし紙きれが夜ふけ花のごと開きをるなり

からは「少年のわが身熱(しんねつ)をかなしむにあんずの花は夜も咲(ひら)きをり」 『汽水の光』 を、

・飛込台はなれて空(くう)にうかびたるそのたまゆらを暗し裸体は

からは、「ふかぶかとあげひばり容れ淡青(たんじやう)の空は暗きまで光の器」『淡青』 を思い出す。また、

・夕冷えの公孫樹(いちやう)を抱けば幹の中あなしづかなる滝くだりをり

から、「雪の夜のコップの中におほぞらのありてかすかに鳥渡ゆく」 『水苑』 を想起するだろう。

 という単純な話だけではなく、60年安保と70年安保に挟まれた時代の、少し遅く大学生活をスタートした男性の懊悩と鬱屈と熱い思いなどが溢れている。それを隠さず短歌にぶっつけているところ、やはり、特殊な歌集と言って良いかもしれない。

 後半の4つの連作も研究してみると、もっといろいろ出てくるような気もする。

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処理。

 採点と成績処理のために出勤。

 「処理」という言葉がいい。

 成績なんて、(ささっと)処理されるくらいのものなんだよな、という意味合いがある。

Photo_6 かなり寒い。学校はなかば屋外。別の校舎にゆくときは渡り廊下や校庭など屋外を通るから、脱いであるジャケットをはおってでかける。

 2月の入試のときは、校舎内の作業でもコートを着ていることもある。

 6クラス分の採点をなんとか終えて、「平常点」(授業中の小テストや提出物に拠る)と、「考査点」を合算して、「学年点」を出す。(高3だから3学期はない。)

 一年間の成績が100点中の数字になるのは味気ないが、はっきりしていていい。

 明日は、「答案返却日」。

 写真は、中野の〈コパン〉の「ベーコンとキャベツとアンチョビのピザ」。

 やたらとベーコンが入っている。もっとアンチョビを効かせて、生臭くて塩辛いピザが好きなんだけど。それに、あと2分くらい窯において、カリカリにして欲しかった。混んでいたから窯の温度が下がったのかなあ。

 そういえば、昨日も、ブログをみるとグルメぶりがわかりますとか言う人がいて辟易した。洋食なら1000円のランチでも豪華に見えるのかもしれない。

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出版記念会 2008.12。

Photo_3  正午前、東京駅近くの八重洲富士屋ホテルへ。

 「コスモス」会員著者の合同出版記念会。

 半年に一度の会。今回は18冊の「コスモス叢書」(一定の基準をクリアした歌集・歌書)が対象となった。

 私は司会をしながらタイムキープを しつつ、Photo_4前方で聞いた。

 お一人平均約13分くらい。短いながら、批評者はどなたも、レジュメ掲載の10首を基本にきちんと話をされていた。

 規定の時間を過ぎても延々と話し続ける、という人は今はいない。

 12時半から5時45分まで(休憩20分)。なんとまあ、歌の好きな人たちだろう。

 歌集17冊。レジュメの分だけで170首を解説付きで読んだことになる。それも、個々の歌集から絞りに絞った歌ばかりなので、凝縮度は高い。

Photo_5  その後、同じホテル内でパーティー。

 久しぶりに宮崎の荒巻ご夫妻とお話したり、多く初めての方々ともお会いした。

 みんな直接・間接に宮柊二の弟子だし、歌をよりどころとして生きている人ばかりである。

 いい集団とはこういうものなのだなあと思う。いい時間だった。

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アポなし。

Photo 採点のために出勤。

 予想よりも時間がかかる。否、予想が甘いのだ。

 さらに、自習のために来ている生徒たちがどやどやと職員室に来る。

 アポなし。高校生にアポイントメントをとる思想はない。まあ、その必要もない。

 慶応大経済学部のとてつもない課題英作文の添削を要請される。

 先延ばししても逃げられないので、その場でやってみる。年度を追うごとに過激になってゆくようだ。

Photo_3  他の生徒からは、もう到着しているはずの東大模試の成績表を見せてほしいと言われる。(学校向けと個人向けには数日の時間差がある。)

 各種の模擬試験は学校が取りまとめるので、生徒は安く受験できる。教員に利点はないけれど、それもサービスのうち。

 帰路、なんとなく〈ロイスダール〉でケーキを買って、家人と親しむをする。

 イチゴ系よりもナッツ系が好きになったのは、歳をとったということか。

 上が、ピスタチオ・アマンド。下が、ムース・オ・フレーズ

 こういうケーキをあれこれと工夫して、買ってくれる人がいるのは楽しいだろうと思う。

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待ち受け画面。

Photo_3  さいきん、ケイタイの待ち受け画面は、釈迦如来像である。

 先日、滋賀県を旅行したときのもの。朽木の興聖寺のご本尊。

 鯖街道の途中にある、ひっそりとしたお寺なのだが、由緒正しいそうだ。先日、細川護熙氏が来たという写真もあった。

 お坊さんが話をしてくれた。この寺の本尊は、下から見上げるものでなく、同じ目線まで登って拝めるようになっているから、どうぞ、と言う。

 上ってみると、ほぼ同じ高さにある。

 撮影禁止の掲示はないので、写真を撮る。

 以前は、仏像が何か偉いものだと畏れていた。今は少し違う。高野公彦氏の影響もある。

 氏は、寺社でも合掌をしない。

 歌碑が嫌いと言うのも、同じ考え方から発するものかもしれない。

・宮柊二は歌の中に在り歌碑といふ大きな石の中には坐(ま)さず (水行)

 という歌もある。

 これを敷衍すると、仏像の中にもホトケはいないということになる。極論だし、かなりの合理主義だし、自分が強くなくてはこういう態度は貫けないだろう。

 まあ、仏像の写真をケイタイで撮るくらいは私も怖くなくなったのである。

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夕焼け小焼け。

 平日の午後、3時。

 勤務校のとなりの公立小学校から、これから小学生が下校しますから地域の人は見守ってくださいね、という放送が大音量で流れる。

Photo_2 かなりうるさい。ここまでしないといけないのかなあ。

 そして、夕方5時になると、「夕焼け小焼け」が流れる。

 シカゴ人の黒人の先生はこの音楽が大好き。歌詞の意味を説明すると、なるほど、カラスは毎日帰巣するのだなあと感心してくれた。

 自宅のある中野区では、5時に「遠き山に日は落ちて」が流れる。ドボルザークである。

 そういえば、「コスモス」の事務室(三鷹市)で聞こえるのは「赤とんぼ」である。

 他の地域はどうなのだろうか。

 防災無線のチェックを兼ねているという説は本当なのだろうか。

 写真は、先日買ったワインのおまけについてきたパスタソース。1瓶90グラムでかわいい。食べないで飾ってある。

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グリーンカレー。

Photo  答案が出たのだけれど、なんとなく集中できない気分。

 思い切って午後、学校を出る。

 そして、自宅の居間でひたすら仕事。その方が効率のいいときもある。その逆もある。

 上の写真は、戸山公園の一角。奥に見える建物が勤務先の一部。

Photo_2  下の写真は、高田馬場のタイ料理〈ボス〉グリーンカレー定食。

 グリーンというのは、比喩的な言い方であって、グリーンではない。空が青いとか、真っ赤になって怒るとか、と同じレベル。

 具は鶏もも肉と竹の子のみ。単純だけれど、定番の作りこんだ味でおいしい。ココナッツミルクの甘みが強いのは日本人向けなのか。助かる。

 カレーが辛くなくたっていいじゃないか。まあ、牛丼みたいな熟練のものだろう。

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切手。

Photo  月曜日から期末考査に入っている。

 「ライティング」「英語演習」のうち、後者の範囲には、バラク・オバマの選挙勝利演説も入れた。

 生徒にしっかりと読み返してもらおうという意図である。読んでくださいね。と祈る。

 高2であれば、1月の就任演説(イノーギュラル・アドレス)を扱うことができるのだが。ちょっと残念。

 午後は、早めに学校を出て、「棧橋」依頼状用の封筒と切手を買う。新宿諏訪町郵便局はかなりの混雑。

 ちなみに、「棧橋」(季刊)は毎回依頼状を出している。同人誌なのに。

 基本の12首以外の、アンケートや題詠もあるし、ときに24首や48首や96首などがあるからだ。

 現在のメンバーは82人。ときどき名簿を更新して、配布している。

 他のグループはどうやっているのだろうか。

 郵便局では楽しそうな切手を発見。これを買う。どこか東欧の国のようなイメージである。

 小学生のころは記念切手を集めていて、家では発行ごとに1シートづつ買っていた。毎回楽しみだった。あれはどこへ行ってしまったのだろうか。

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場所の記憶。

 小林幸子(ゆきこ)さんの『場所の記憶』(砂子屋書房)を読んだ。

 もう第6歌集のベテラン。きちんとまじめで堅実な現代短歌の一面を見ることができる。

0001 旅行詠が多い。その中でも、ある年にザクセンハウゼン強制収容所にゆき、翌年にアウシュビッツ収容所にゆく、あたりがハイライトだろう。

 高野公彦『水行』にある「アウシュヴィッツ、ダッハウ、ハウゼン、トレブリンカ、ザクセンハウゼン 巨き墳(つか)たり」を思い出した。ただし、高野氏の歌は実踏のものではない。

 もともと旅行詠で成功するのは難しい上に、特殊な状況を歌うのはなかなかたいへん。それでも、さすがの巧さで読ませる。

 リジッドに作品の良し悪しだけだけを見ていっても、おもしろい。

・しろじろと地下房の壁に十字架の懸かりてゐたり 爪で彫られき

・ガス室の天井に穴 チクロンBの缶をはめたる穴あいてをり

・ビルケナウはもつとかなしい 夏草に線路と廃墟のこるばかりの

 (アウシュビッツ第二収容所ビルケナウ、と注がある。)

・そしてまた歳月が過ぎここはもう廃墟ですらないかすかな起伏

 など、歴史と事実を十分に歌にひきつけていると思う。

・ひとり旅つづけてある日ふりつもる風景のなかに死ぬのだらう

・もうわすれてもいいよといひながら季節をはこぶのは死者たち

 字足らずを選んでしまったのは偶然。

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カリフォルニア通り。

Photo  日曜日。

 用事があって、市川市塩焼へ。自宅から訪問先の家まで70分。

 この妙典・行徳地区は埋立地でまっ平ら、かつ道路はほぼ碁盤の目のようになっている。

 駅前に巨大なマツキヨがあって驚く。すっかり郊外型である。

 なぜか、片側1車線のまっすぐな道路が「カリフォルニア通り」と名づけられている。英語がヘン。

 津金規雄さんの『ファーブルの帽子』

・行徳の「カリフォルニア通り」にペダルこぐ歌人T氏を押す春の風

がある。(いい歌ではないけれど、収録されていてよかった。)

 みっちり仕事をして、東西線妙典駅前の「だん」へ。13時間ぶりに帰宅。

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最後の授業。

Photo  2学期の授業は今日(土曜日)まで。

 つまり、高校3年生にとっては、最後の授業。(3学期は希望者のみの直前講習のような形をとる。どれだけ参加者がいるかは不明。)

 各クラス、ビリー・ジョエルの「We Didn't Start the Fire」を聴いたりした。

 私にとっては、中学1年生から5年8ヶ月に及んだレギュラーシーズンが終了し、あとはクライマックスシリーズを残すのみ、という感じである。

 7年前に同じ状況になったときほどの感慨はなかった。それだけ良い歳のとり方をしたということかもしれない。

Photo_2  6年間、私の英語の授業を週3時間以上受け続けてきた生徒もいる。その時間の量を思うと茫然とする。

 午後は、「コスモス」の編集会。年末進行のために2週間も早い。みなさん、ガシガシと仕事をしている。

 上の写真は、近江八幡での差し入れ。和歌山の芋を宮崎で仕込んだという。好みの味であった。

 「棧橋」の会でのお酒は、みなさんがその地方の逸品を持ち寄られるので、とてもおいしいのである。ごちそうさまでした。

 下の写真は、〈美たか庵〉のかつ煮と親子煮。つまり、カツ丼の上だけ(台抜き)と親子丼の上だけである。

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牧水の心を旅する。

Photo  ある短い文章を書くため、伊藤一彦さんの『牧水の心を旅する』(角川学芸出版)を再読する。

 とにかく、伊藤さん自身の、牧水を好きでたまらないという思いの溢れている本である。

 特に、少年期に、快活でユーモアのある少年だったということが、のちの牧水のまっとうな心の持ちようにつながってゆくところが良くわかる。

 他にも、さびしさを癒すのではなくて、さびしさをしみじみと味わうための旅であったとか、短歌という〈宗教〉を持っていた(牧水自身のことば)、など、示唆的な言及が多い。

 入門書でもあり、研究書でもある。「イメージ先行型」の牧水を知るのにもってこいである。

 上村典子さんの歌集『手火(たび)も読んだ。

  もともと上村さんの歌は『草上のカヌー』の時代から好きなのだが、この歌集はなんだか、言葉が現実に触れるのを怖がっているような印象であった。

 つまり、きちんと言葉で現象を突き詰めていかずに、わかりにくいままで終わっている点、リズムもやや乱暴でブツブツと切れかかっている点、が気になったのである。

 上村さんご自身がお辛い時期(お母様を亡くされるなど)で、歌どころではなかったのかもしれないとも思った。

 それでもいい歌はいい。

・ながきながき午睡より覚め自らをぬらす時雨を見つむる山は

・咲く百合の陰に尿(しと)する白犬よおまへは母に会ひたくないか

・ホチキスの針にゆびさき突きたれば痛みはわれのことのみ痛む 

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近江八幡批評会(3)。

Photo_9  3日目。(12月1日(月))

 この日のメインは鯖街道。

 その前に、新旭(しんあさひ)の水鳥観察センターへ。

 朝のゆったりとした時間の中、大きな窓から琵琶湖を眺めながら飲むコーヒーは最高であった。

Photo_10 地図に「饗庭」を発見。永田和宏氏のご出身地だろうと見当をつける。

 安曇(あど)川をバスでさかのぼり、朽木(くつき)へ。

 鯖街道跡を散策。

Photo_12 バス停には「江若バス」とある。近江と若狭を結ぶから。コウジャクと読むそうだ。

 サカバヤシ(酒林)もある。

 興聖寺では和尚さんの話を聞く。

 昼食は朽木旭屋の鯖ずし。幹事のKさんのご手配で、6切れの大サービス。

 シメ過ぎず、若すぎず、バランスよく て、おいしい。ご飯3膳分だという。さすがに満腹。京都駅の伊勢丹にも入っているお店らしい。

 その後、京都駅で解散。

 幹事のKさんをはじめ、みなさんさのご苦労の上に成り立った、オリジナルな旅行。ありがとうございました。本当に価値ある楽しい旅行。これであと1年頑張れるという感じです。

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近江八幡批評会(2)。

Photo_4  2日目。(11月30日(日))

 午前。徒歩で近江八幡市内をいろいろと見学。

 ウイリアム・ヴォーリズというアメリカ人(のち日本国籍取得)を知る。

 ウィキペディアを信じて引用すると、

ウィリアム・メレル・ヴォーリズWilliam Merrell Vories1880年10月28日 - 1964年5月7日)は、アメリカに生まれ、日本で数多くの西洋建築を手懸けた建築家であり、ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人としてメンソレータム(現メンターム)を広く日本に普及させた実業家でもある。

Photo_5 ということになる。

 この人が近江八幡に住み、メンタームの「近江兄弟社」をつくったわけである。

 兄と弟の二人が創設したのではなく、人類みな兄弟、のキョウダイであった。知らなかった。

 財団法人としての「近江兄弟社」は、キリ スト教の布教団体(?)だし、「近江兄弟社学園」も持っている。へんな名前に感じるのだが、「社」は会社の意味でなく、「集まり」「結社」の意味なので、おかしくないのだ。

Photo_7 その後、額田王が「あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖降る」を詠んだという蒲生野を散策。

 午後は、彦根港から100人乗りくらいの船で、竹生島経由、琵琶湖の対岸(マキノ)へ。虹をいくつも見る。

 その前には、彦根城を車窓から見た。ひこにゃんに面影が似ていた。あやうくぬいぐるみを買いそうになる。思いとどまる。

  宿は、琵琶湖北西岸に面しているすばらしいところ。

 写真の上は昼食。赤いこんにゃくや大きな麩の味噌汁が特徴的。下は夕食の一部。またもや近江牛(たぶん)。なかなか豪華。

 夜は、例のようにあるツインの部屋に30人くらい集まり、歓談。酔った調子で、お互いの作品について厳しく言い合う場面もあり、楽しかった。

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近江八幡批評会(1)。

Photo 琵琶湖東岸の近江八幡へ。

 「棧橋」の一泊批評会のため。

 この行事は、いわば「棧橋」の全国大会。授業を休み、マンションの組合総会も代理をたてた。すいませんありがとうございます。

 新幹線では、ブランチとして〈炙り金目鯛と小鯵押寿司〉を食べる。

 名古屋、米原乗り換えで近江八幡駅に着いたのが11時40分くらい。長命寺見学を経て宿で批評会へ。

Photo  参加40人は「棧橋」史上最大だったろうか。

  長時間、座椅子に座って、なかなか疲れる。

 終わって、懇親会。

 年に1回しか会わないような人でも、いつも作品を見ているので、疎遠な感じがしない。同人誌仲間のいいところだろう。

Photo_2  近江といえば、近江牛(だと思う)。

 すき焼きに出た量とスライスの大きさに驚く。味もよかった。3か月分くらいの牛肉を食べた感じがした。

 この写真で6人前。

 それほど深夜にもならず、初日は終了。

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商売。

 ボジョレーヌーボーの大々的な宣伝につられて、セブンイレブンに入る。

 2600円と2800円の2種類しかない。

Photo_3 あの、中学生みたいに若いワインがそんなに高いはずはない。航空運賃なのだ。時期の早さの割り増し料金なのだ。商業主義に騙されてはいけない。

 と、憤然として(というほどでもなく)、1100円のチリワインと、鮭ふりかけと、ワカメスープ、を買って店を出る。

 結局、入店してお金を使ったのは私の方。

Photo_5 お店としては、ボジョレーを置いて宣伝をしたモトは十分にとったのである。

 商売とはこういうものなのだろう。うまいものだ。

 写真は、渋谷マークシティの〈三宿夢吟坊〉のアジの南蛮漬け。

 ついでに、新宿東口のライオン会館の〈安具楽〉のホタルイカの沖漬け(半解凍)。

 こういうものを食べているときが一番の幸せである。もちろん、いっしょに食べて飲んで、歌の話をできる人がいるから幸せなのだけれど。

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