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おいでなせ。

Photo  いっきに夏から冬になったようだ。

 昨日は研究日。某カルチャーの添削をがんばる。

 「毎日掃く道の吸殻がとても短い。さらに不景気になったと気づいた。」とか、

 「読み終わった朝刊をすぐに切り抜く習慣になった。夫が亡くなって8年になるなあ。」とか

とか、いい歌がいくつもあって嬉しかった。

Photo_6  その後、4時半ごろに原宿駅からぶらぶらと歩いた。お祭りをやっているわけではないのに、人出がすごい。

 表参道に着いたころには暗くなっていた。長袖にジャッケットだけでは寒いほど。 

 紀伊国屋スーパーも完成まぢか。レタスの秘密 特訓(村上春樹)も復活するのだろうか。

   いつもの「ひごの屋」へ。店の前には。たぶん肥後弁で、おいでなせ、と書いてある。

 店員さんを呼ぶと、ばってんでーす、と応える。でも、ほとんどが中国人Photo_5らしい。店長の根津さん以外はみんなアルバイトかもしれない。

 もちろん、みなきちんとした店員さんだから問題ない。

 チヂミとか、バジルとクリームチーズで和えた鶏などが珍しかった。定番の品々もしっかりとうまい。

 時計を見るたびに1時間が過ぎている。楽しい夜であった。

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神の翼。

 某模試の過去問の話。

 地球温暖化対策として、発電所や工場から出た二酸化炭素を、地下水を蓄えている層に埋めてしまう、ことへの議論が載っていた。

 問題では、北海ではもう実用化されていて、ヨーロッパの発電所から排出される600年分の二酸化炭素を貯蔵できると言わせている。事実かどうかは不明。

 詳しくは、http://www.applc.keio.ac.jp/~sikazono/lab/co2seq.html のような感じらしい。

 こんな技術があるは初めて知った。模試で知るとは。なんだかなあ。

0002  嵯峨直樹さんの第一歌集『神の翼』(短歌研究社)を読んだ。

 実景と心象風景をうまく結んだシャープな歌。適度な濃さと淡さがあるいい歌が多い、

 と思って読み進めたのは、序盤60ページくらいまで。

 その後は、言葉が届いていかないというか、届いてこないというか。もう一歩のところでつかめるものが、手の中からするりと抜けて逃げてしまうようなもったいなさを感じた。旧式の方法の限界なのか。

 編年体であるすれば、昔の歌の方がよかったということになる。いいと思った歌は、

・霧雨は世界にやさしい膜をはる 君のすがたは僕と似ている

・胸元に冷たい鼻を感じれば雨のはじめのしずくを思う

・海音にふたりの部屋は閉ざされてもういい何を話さなくても

・コンビニに正しく配置されているあかりの下の俺は正しい

・スケルトンプラスチックでかきまわす ときどき世界は頑丈すぎて

などである。加藤治郎さん的な毒があるといいのだけれど。作者の人の良さはよく伝わったのだが。

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目時。

081029_12080002_0001  今日の学校は静か。

 中1は遠足。中2はPA(プロジェクトアドベンチャー)というフィールドアスレチックスのような活動で親睦を深める1泊の行事。中3は修学旅行。京都方面。
 高1は駿台の模擬試験。高2は修学旅行。沖縄。
 高3だけが平常授業である。

 しかし、クラスによっては授業担当者が上記の出張に出ていることも多い。たとえば、ウチのクラスは6時間中4時間が自習となった。(代わりの教員が入って、プリントを撒く。)

 そんなわけで、昼は所用をかねて外出。
 ひさびさに「めとき」へ。メニューは、「中華麺」のみ。(大盛り、普通、小盛りはある。)

 就職したときにはもうすでにあった、老舗中の老舗。大勝軒系らしい魚だしの強いスープが特徴。
081029_12220001_0001_2 かつては、「ワンタン入り」「メンマ増量」があったのだが、今は人手不足らしく、それもない。

 本名「目時某」のおやじさんがひとりで8人がけのカウンターを前に奮闘している。

 これがかなり忙しそうで、1000円札が出されることを想定して、カウンター上のお皿にお釣りを置いたりしている。

 以前には、小銭が箱に入れてあって、会計は各自でお願いします、という時期もあったが、さすがにそれはなくなった。

 営業は昼のみである。

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『コントラバス』。

0001_2  細溝洋子さんの歌集『コントラバス』(本阿弥書店)を読む。

 現代短歌のひとつの到達である、「巧い歌」を身に着けた作者。

 つまり、喩法を使いながら、シュールかつリアルに心象風景を詠む。物事をクールに客観化・対象化しながら、適度な熱さを感じさせるのである。

 見立てと認識の両輪で感情を外側からとらえようとしている感じ。言葉そのものへの興味もあり、現実の手触りも大切にし、現代短歌の模範解答のような秀歌が並んでいる。

 どこか遠くへ行きたい人、自分が大衆の中の一人だとよくわかっている人、内側に怒りを秘めた人、適度に傷つく程度の自意識の高さを持ち合わせた人、という感じである。現代の都市生活者のひとつの典型的な内面が現れるのだ。

 ただし、この作者は、それらをきちんと歌に仕立ててゆけることが凡人との一線を画すところだ。歌集前半に秀歌が集中していると思った。あげればきりがない。

・買いきたる塩を容器に移しつつ感情に名前つけられずおり

・シーソーは上下してまた上下してある日船出をするにやあらん

・俺という一人称を持たざれば伝えきれない奔流のある

・夜の雨二つの耳の中ほどに小さな池ができるまで聴く

・こまごまと利点説明されしのち静かに待てる自転車を買う

・頭(ず)の重さふと預けても外されぬ一つの肩を得し一生(ひとよ)なる

・誰かもうきっと気づいているはずの誤字の混じれる看板を過ぐ

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また『花柄』/チーズ牛丼。

Photo_2  『花柄』の批評会では、ふだんお会いしない方々とお話しができて貴重だった。

 とくに、「玲瓏」「未来」の方々が多く、「コスモス」的な人々とは、やはり短歌観がかなり異なっているなあ、と思わせられることもあった。

 おそらくわが「コスモス」でもっとも頻繁に使われる批評用語は「わかる/わからない」であろう。

 短歌というものは、まず、言葉を読者にきちんと伝えているかどうかが大切、という姿勢である。

 当たり前のことのように思うけれど、これがなかなか難しい。そのあたりをどれくらい重要視するかが分かれ目になる感じがした。

 『花柄』で私がいいと思う歌を追加しておきたい。

・栞の紐がついてゐるのに伏せて置く本のページのやうに週末

・窓と窓枠のあそびがさむい音たてて列車は川にちかづく

・ここからは聞こえない音たてながら重機は動く雨の地上を

・言ひよどむことなどまるでないやうな日本語を聞く待たされたあと

・ヴィデオ映画終はつたあとに映るあのノイズみたいな休暇がほしい

 写真は、〈すき家〉の牛丼に「三種のチーズ」と乗せたもの。以前は「ハーブチーズ牛丼(?)」の一品だったが、多少の変更。

 チーズが溶けて、ちょっとしたドリアのようになる。それが肉片とご飯と絡む味がこの上なくいい。牛丼もあなどれない。

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ふたたび『花柄』。

魚村晋太郎さんの第2歌集『花柄』の批評会に参加。
 昨年12月末刊行の一冊。(今年1月3日の日記を参照。)

 魚村さんの歌は『銀耳』以来、陶酔感をもって読んでいる。しかし、解釈はできても、何のためにそういう作品が作られているのが不明な部分も多い。もちろん、解釈的に自信がもてない部分もある。

 それを、穂村弘、島田幸典、田中槐、花山周子、というパネルに解明してもらえるかもしれないと期待したのだ。

 高度な楽しい議論ではあった。ただ、レジュメに引用されて、話題になったりした歌はどれもきちんとわかる歌であって、疑問点はそのままになった。それでいいのかもしれない。

 後半の会場からの発言のトップに指名される。砂子屋書房の田村さんの計らい。いつ当たるかおどおどしていなくていいので、どうせなら早いほうがいい。ありがたい。

 どうして、こんな地味派手で、静謐で、硬質で、冷静な歌集のタイトルが「花柄」なのか、という疑問を表明。
 見せ消ちのような、熱を見せておいて感じさせないとか、音を想像させておいて聞かせないとか、特徴的だろう。

 他の歌人よりも、超短編一行小説の世界的な要素が強いだろう。
 諦め、という語彙に見えるように、小さな幸福感を感じている作者だろう。

 など、歌集を開いてもらいながら発言した。

 こういう場の発言で、歌を1首もあげないで、状況論とか概観ばかり話す人は、かなり疑問である。
 全体的な批評、批判も大切だが、私は、いい歌がコレで、特徴的な歌がコレで、駄目な歌がコレで、と作品に即して具体的に批評するのが良いと思っている。(そう教わってきたし。)

 穂村さんがある文脈で、岡井さんのことを「すごく複雑な味のするキムチ」と言っていたのが印象的だった。

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敦煌。

Photo_5   ソムリエの田崎真也がテレビに出ていた。

 地方での講演の際(年間120回とか)、各地域で一番おいしいお店を見つける自信がある、と言っていた。

 簡単なことで、長くやっていそうな小さいお店、夫婦で切り盛りしているようなお店がいい、と言う。(店の外に空き瓶があれば、見ると言っていたが。)

 飲食店を10年続けるのは大変なことなんです、と言われてなるほどなと思う。

Photo_2Photo_3   東京の繁華街や駅前でもちょっとした食べ物屋が次々にできては消える。

 でも、がっちりとした味のお店は(チェーン店であっても)残る。ついつい入る。何かが違うのだ。

 その典型は、写真の中華料理〈敦煌〉。高田馬場駅近く。

 この日は「野菜と海老のあんかけそば」。このうえなく保守的な甘めの味付け。正統派を味にした感じである。こういう外れのないお店はいい。

 ウエイトレスは古めかしい感じの制服を着た、古めかしい女性が数人。(今はなき、談話室「滝沢」みたい。)

 店内の壁面は、一面が石のモザイク画になっている。中華街から抜け出してきたようでもある。

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栗原。

0001  狩野一男さんの第3歌集『栗原』(柊書房)を読む

 狩野さんといえば、2007年2月、クモ膜下出血で倒れ、約4ヶ月後に生還したのが大事件。(1951年のお生まれ。)

 栞には、「突然襲ったクモ膜下出血」とあるけれど、それ以前のさまざまの兆候が歌を読めばわかる。

 628首のうち、倒れた後の歌が35首ある。

 タイトルは「栗駒」のほうがいい、と本気で提言したこともあった。が、栗駒より小さい地域名である「栗原」(旧栗原郡、現栗原市)にこだわったわけがわかる。ただし、花山(村)としなかったのは別の事情からか。

 人間が懸命に生きる姿と、それにもまして生きようとする意志を常に考えて歌うのは、これまでの美質の継承。

 宮柊二の〈生の証明〉を踏襲した〈生の意志〉と言えるだろう。(第1歌集は『生きにゆく』であった。)

 奥村晃作的なそっけない認識の歌がある。高野公彦的な技巧とユーモアがある。宮柊二作品の断片を埋め込んだ歌がある。どれも定型のリズムの生かし方が巧みで、楽しく読ませる。

 軽快に老い直前の感慨を言い、ふるさとを思い(その最愛の故郷が地震の大被害にあう)、政治ニュース(アフガニスタン・イラクへの自衛官派兵や北朝鮮拉致問題や憲法改正の動きなど)に怒る。

 言葉遊びあり、ダジャレあり、辛いことも嫌なことも楽しく読ませる工夫を知っている歌人である。

・ふるさとをあまり話さぬ妻にしてごくまれに言ふ夜半の海鳴(かいめい)

・ちちははのゐぬふるさとに帰り来て先づはひと泣きさせてもらひぬ

・バグダッドババドドと落ち、それ以降バドワイザーが苦手になりぬ

・憲法をおもふ秋だが、あさとよる降圧剤を服(の)まねばならぬ

・遠いとほい小山(こやま)のやうにおもひゐし五十五歳になつちまひたり

などなど、楽しくて悲しくておもしろくて辛い歌があふれている。

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庶民感覚。

Photo_3 まだまだ暖かい東京。線路沿いには朝顔が咲く。

 麻生首相が連夜レストランやホテルのバーに行くことが話題になっているようだ。

 酒席が政策に反映されるのはちょっといやだが、中身は結果。アレコレ言うことはない。

 それよりも、首相に向かって、「庶Photo_4 民感覚とかけ離れている」と揶揄する人のバカさかげんにあきれる。首相や政治家に庶民感覚があってどうする、と思う。そもそも庶民ではないのだ。

 社民党の女性党首は、「庶民の感覚からすると豪遊です」と言ったらしい。そもそも、あなただって庶民じゃないでしょ?と突っ込みたくなる。

 (わたしだって、800円のチャーハンの写真を載せて、豪華なものを食べてますね、と嫌味を言われたことがある。)

 ひょんなきっかけで読み始めた東野圭吾『白夜行』をついに読了。文庫本850ページ。定価1000円。

 欲を言えば、雪穂と亮司の内面的苦悩や葛藤を描いて欲しかった。そうすればとんでもない大小説になっただろう。だが、作家はそんなことは承知で別の方向に行った。すごいミステリーであった。

 このごろのコンビニの弁当はうまい。このデミグラスソースとハンバーグの生パスタはすばらしかった。

 先日いただいた、オイルサーディンもおいしく食べた。ありがとうございました。

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マシュマロ。

 入試問題にあった、アメリカのある実験の話。

 大人が4歳の子供をひとりづつ部屋に呼んでマシュマロを1つ見せる。今食べてもいいけれど、私が用事を済ませるまで待っていられたら、2個あげるよ、と伝える。

 大人が部屋を出るとすぐに食べてしまう子もいれば、気を紛らわしながらがまんして待って2個とももらえる子もいる。

 その4歳児たちが高校生になってから、教師や親に追跡調査をする。

Photo 2個のマシュマロまで待てたグループの高校生たちは、「より環境に順応しやすく、人気者で、自分に自信があって、人からも信頼される」ようになっている。

 それにSAT(センター試験みたいなもの、ただし何回も受けられる)の平均得点もより高い。

 一方、4歳のときに2個目まで我慢しきれなかったグループの高校生たちは、「孤独を感じやすく、挑戦すべきことから逃げやすく、頑固である」という。

 恐ろしいものです。

 そういう実験を企てるというのも恐ろしいですけれど。

 新井薬師前駅前の「駅前食堂」〈牛すじチャーハン〉

 軽めのチャーハンの上に、甘く煮込んだ牛すじが乗せてある。絶品。

 ここはいつもデカ盛なので、洗っておいた昼の弁当箱に半分ほど詰めて持ち帰る。明日の朝食になる。

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黒板。

Photo  空気が乾燥してきた。

 ある生徒によると、空気が乾燥してくると黒板の文字がきれいに消えにくくなるそうだ。

 その生徒は、毎朝、教室の黒板をピカピカ(というか真っ黒)に清掃してくれる。

 前日の日直の消し方が甘くても、放課後に講習があって板書が消えて無くても、朝には試合前のピッチャーマウンドのように、黒板と溝がきれいになっている。(溝も重要。)

Photo_2 お願いしたわけでもないし、その理由をたずねたこともないけれど、とても感謝している。

 ちなみに、彼は成績超優秀、トランペットの名手、冗談も言う。そういう奴がいるのだ。日本も捨てたものではない。

 このごろは、おいしい大量生産ビールが増えている。ラガー系が独占的だが、ピルスナーやエールもある。20円多く出せば100円分くらいうまいものが飲める。(数字の根拠はない。)

Photo_4  写真の芋焼酎「蘭」は、鹿児島県霧島市産。「自前の農業生産法人を設立して、さつま芋作りから行っています。」という。麹もめずらしく芋麹である。

 甘い香とともに、芋の力強さというか、ほろ苦さのようなものも感じる。作り手のやる気が感じられるものはいい。

 ある方からいただいた、手作りの塩辛で飲む。塩がなじみかけている初々しさもいい。

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棧橋96号。

 「棧橋」96号が来た。

 来年の今頃は25周年、100号記念である。

 今回の12首を載せておく。悪くはないけれど、満足なレベルではないなあ。

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あけび。

Photo_4   一日中在宅。新聞を取りに玄関を出ただけ。

 昨日、宮英子さんにいただいたアケビを食べる。新潟県の方が山で採ってこられたという天然のアケビである。

 アケビを見たのも食べたのもこれが初めてかもしれない。食べ方を訊ねると、英子さんに笑われてしまった。

 午前、午後、中間考査の採点、各種雑誌を見て感想を書く仕事など、時間がかかる仕事をする。

 その間に、桐野夏生『I'm sorry, mama.』(集Photo_5英社文庫)を読んだ。

 そこまで辛い状況設定にしなくてもいいだろうとは思うが、そこまでするからこそ見えてくる人間のどろどろとした部分を作家は描くのだ。

 絶望的な小説だけれど、読後感は悪くない。それは、だれもがそういう暗い部分を持つのだ、という作家のある意味で優しさが通底しているからかもしれない。

 ストーリーテラー的要素と、文章のリアルさで読ませる。

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オサリバン。

Photo_2 試験があけていきなり授業。

 少し問題演習をやったあと、ギルバート・オサリバン「Alone Again(アローン アゲン)」を紹介する。イナリロホワイフロナウ In a little while from now で始まるやつ。

 卒業前に古典に触れてもらいたいという思いもある。

 1972年発表の曲。私だってリアルタイムで聴いていない。

 中島みゆきの「タクシードライバー」という曲に、「あーいつもーわーたしも好ーきだったアローンアゲン」という歌詞があってはじめて知ったのだった。『親愛なる者へ』はよく聴いたなあ。

 午後、「コスモス」編集室へ。

 簡単な割付、原稿依頼、打ち合わせなど。

 終わって、いつもの「美たか庵」で、この秋はじめてのカキフライ。たっぷり食べる。

 帰って少し飲む。つまみは、尾道・亀田商店の「たこ浜焼き」。東京駅の地下で買える。

 ネットに麻生首相のはしご酒の回数が歴代数人の中でだんとつに多いと出ていた。元気だなあ。

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展望。時の基底。

 「コスモス」11月号が来た。

 「展望」に書いた、大辻隆弘さんの『時の基底』への小文が載っている。読みにくくてすいません。

Photo_4   

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白蓮展。

Photo

 「ライティング」の答案がようやく出たので、ガシガシと採点を始める。

 おおよその正誤の判断はつくけれど、しょせん外国語である。生徒たちの珍解答を何回かにわけて、アメリカ人講師に聞きに行く。

 こちらも意外な発見があったりしておもしろい。

 夕刻、日本橋の高島屋へ。

 「柳原白蓮展」を見る。

 1885年生まれは、北原白秋と同じだ。東京で生まれて15歳で最初の結婚をし、20歳で離婚。

 その後、25歳年上の炭鉱王と結婚して熊本(現飯塚市)に移り住む。その豪邸の写真もあった。とんでもないブルジョアである。朝日新聞に特集記事が連載されたりしていた。でも、相当な田舎で相当なストレスがたまったんだろうなあ。 

 その夫への離縁状を朝日新聞に投稿するところあたりからがスキャンダラスで有名。年下の帝大生(その後弁護士となる)と3度目の結婚。歌はダメになるが、社会活動家として後半生を過ごす。といったところか。 

 晩年の写真がすこし迢空に似ている感じがする。

 展示は、なかなか広範にわたっていて面白かった。

 第一歌集『踏絵』の復刻版がながらみ書房から出ていた。

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くるみ。

Photo  いまごろだが、「ALWAYS 三丁目の夕日」をDVDで見た。

 できかけの東京タワーのCGは感慨深かった。(私の出身中高は東京タワーに近い。)

 街医者役の三浦友和が、自宅近くの飲み屋から、スクーターを押して自宅に帰るシーンも印象的であった。

 東京でもそういう近距離の円内ひっそりと暮らすというのはいいものである。

Photo_3   夜は、自転車で5分の中野〈オリエントスパゲティ〉へ。

 「パルマ産生ハム・胡桃オイルがけ」は絶品。ちょっとした住宅街の中のお店でもこんなものが出るのはやはり日本、というか東京なのだろう。

 胡桃といえば高野公彦には「胡桃」「くるみ」の歌が合計30首近くある。

・陽と胡桃互(かた)みに恋ひて風のなかに互みに熟(う)るる陽と胡桃の実  『水行』 

など、秀歌が多い。私は胡桃の木の識別はできないけれど。

Amatori  (話は戻る。)この店、キノコを使った料理もうまい。イタリアンの系譜をきちんと守っているわけだ。

 シメは「アマトリチャーナ」。これも絶品。(写真は暗すぎ。)

「帯広産無添加農家ベーコンと2種類のチーズを使った、コクのあるオリーブオイルテイストのトマトソース!」

 という能書きどおりの味。満足して自転車に乗って帰途につく。

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月光公園。

Photo_3 今日から中間考査。

 高校3年生となると、定期考査の受け方も出し方もそれまでとは意味が違う。

 入試に無用ならば授業も試験も無用という哲学は理解できる。私もそのむかしそうと信じていた。それほど焦っていることを教員は理解すべきだ。

 幸い、私は担当が英語であるから、何らかの形で入試に直結する。教員としてはやりやすくありがたい。

 夕刻、歌会兼読書会。ここ数回、比重を歌会から読書会に移しつつある。初心者が多い場合、そのほうが即効性があると思う。

 小島ゆかり『月光公園』を1時間ほどで語り合う。

 1992年に読んだこの歌集も、小島さんの歌集の中ではごく初期に入るのだ。この歌集からブレイクした足跡が容易にたどれる。秀歌ぞろいである。いつか高野さんが、いい歌がありすぎるのが欠点、と指摘した意味がわかる気もする。

 「コスモス」の神保外子さんの歌に、

 八十までわれは生きたし六十の小島ゆかりの歌読むために

 (表記に差異はある。覚えているまま。)というのがある。よくわかる歌である。

 秀歌を拾っているときりが無いので、省略。

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永田農法。

Photo_5  お休みである。

 昼は、新井薬師近くの〈ちむ屋〉へ。

 沖縄風やきそば・ケチャップ味。沖縄ソバの麺の味と、ストレートな塩味がいい。糸満市の塩らしい。なにか違うのかなあ。ケチャップは少量に抑えてある。

Photo_2  付け合せは、ただのトマトに見えるけれど、「永田農法」というもので作られたものらしい。マリネになっていてわかりづらいが、確かに甘みがあってしっかりしている感じがした。

肥料や水を極力減らし、作物を飢餓状態に追い込む事によって植物本来の持つ力を最大限に活かした糖分も栄養分もたっぷりの滋味あふれる美味しいお野菜です。

Photo と書いてある。

 なるほど、そんなものかなあ。

 夜、映画「手紙」をDVDで見る。東野圭吾には泣かされる。

 

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荒巻夫妻。

 荒巻和雄さん・睦代さんご夫妻から、あいついで歌集が届く。

 ご夫妻は、宮崎県都城市にお住まい。「コスモス」の先輩。

Aramakisann_2 入会以来、たびたびお会いし、そのたびに元気をもらっている。和雄氏が1937年、睦代さんが1947年のお生まれ。(こういうときに、「コスモス」の「宇宙の花」が役立つ。)

 こういう先輩で地方でがんばっておられる方がいれば、日本も「コスモス」もまだまだ大丈夫だろうなと思わせてくれる。

 荒巻睦代さんの『日向夏』(柊書房)が先に出た。

・午前中刈りてひろげし稲束を裏返す田にぬるき風吹く

・スーパーのをばちやんに戻る明日のため紅きマニュキュア丁寧に落とす

・ふるさとの訛にこころあらわれて寒の青空どこまでも澄む

など、派手さはないけれど、健やかに生きることの尊さを感じさせてくれる歌である。

 荒巻和雄さんの『ポピーが笑う』は第3歌集。エネルギシュ(エナジェティックというべきか)な、九州男児という読みっぷりで爽快な歌が多い。

・鉢植のラナンキュロスは飲兵衛(のんべゑ)ゆゑ朝夕水を徳利より注す

・堀之内簗場で飲まずどうすると三合の銚子二本干し上ぐ

というお元気さだったが、腎臓を一つ、胃の多くを取られたという。

・「ともかくも」、「いまのところは」など付けていまのいのちをつながむ吾は

・点滴に体やしなふひと月余(よ)水栽培のトマトのごとし

という歌があって、驚いた。

 大会でもまたお会いしたいものです。お元気でいてください。

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全国短歌大会。

Photo_5  午後、学士会館へ。

 〈全国短歌大会〉(現代歌人協会主催)に参加。シンプルな名前だ。

 諸先輩の末席で、選者として講評などをする。

 私が入賞・佳作に選んだ20作品のうち15名の作者がお見えであった。遠いところでは、鹿児島県霧島市、仙台市、津市、島根県益田市などから。頭が下がる。

 じっくりと選評をしたいところなのだけれど、15作品を7分で、とお願いされる。もちろん無理。話の途中で時間切れのベルが鳴ってしまう。少し延長した。

 私の1位は、偶然にも「コスモス」の柴田佳美さんだった。

・眩しみてかの絵眺めつ何故に吾の裡なる白き馬がいるかと

という歌。下句が破調なのだが、そこに衝撃の大きさが現れているのではないかと思った。

 佳作一席は、久間恵美(めぐみ)さんの、

・わんわんと桜は咲けりめもみみもはなもくちびるも我よりこぼれ

であった。これほど桜ど同化してしまった作品は珍しい。多少の狂気もある。この歌が、全体(3500首くらい)の大会賞(3位)に入った。

Photo_6  写真は、特別選評の伊藤さん。

 その後、解散。

 高田馬場地下鉄コンコースの、「だし茶漬け・えん」、「海老・小柱・磯天のだし茶漬け」を食べる。http://www.dashichazuke-en.com/index.shtml

 きのう行った、居酒屋「えん」の系列店だった。

 次回は、「冷や汁」を食べてみよう。

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えん。

Photo  高3のこの時期になると、ライティングの担当かどうかは関係なく、生徒が大学入試の英作文の添削を頼みにくる。

 英作文といっても、和文英訳よりも、課題に対して英語で書きなさいというものが多い。

 今日は、一橋大の「お金のないことは恥じることではないと言う考えに賛成か反対か」(もちろん指示も英語)というものなどなど。

 慣れない生徒は、アタマの中の日本語を無理に英語に直訳しようとしてしくじる。本当は、知っ ている語彙と構Photo_3文で自分の書けることだけを書くのがいい。訳せないものはあきらめる、というのがいい姿勢だと思っている。

 つづく。

 夜は、ある会で、水道橋(後楽園)の「えん」という居酒屋へ。

 ちょっと祝祭的なときでないと気軽には入れない雰囲気。料理もお酒も店員さんもそれなりにきちんとしてPhoto_4 いて、居心地がよかった。

 円高とか株安とかごちゃごちゃしているけれど、こういうお店は生き残るのだろうな。

 里芋とナントカのコロッケ、ぼたん海老、牡蠣の土手焼き(なぜか砂利の上に乗っている。えらそうに。)など。

 東京ドームとドームホテルがよく見えた。

 ジャイアンツの優勝が決まったそうだ。若手の活躍と言うことに尽きるのだろうか。

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サバカレー。

Photo 秋らしい一日。

 添削したり書評を書いたりして過ごす。

 英作文の添削より短歌の添削の方が自信をもってできる。

 今回のノーベル賞の、日本人とされる受賞者のうち、南部氏は米国籍だそうだ。そういう人を日本人とカウントしていいのかなあ。

 その南部氏とか下村氏とか、アメリカに移住して帰国しない理由はわかる気がする。職住接近で、自動車や自転車で軽く通勤できる。飛行機での地方移動もラク。キャンパスはきれい。

 私はこの先も東京に縛られて短歌と教職を続けたいと思っている。が、もし何かのきっかけがあれば、芝生のきれいなアメリカでしばらく暮らしたいという気持ちもないわけではない。(ただし、プロ野球のある街に限る。)

 夜、〈サバカレー〉を食べる。ドンキホーテで見つけたもの。

 千葉県銚子市産、というところに説得力がある。

 サバのカレー煮のような感じ。おかずの一つくらいにはなる。そんなものにでも、インド人風のイラストが描かれているのが、どこか悲しい。

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前さんと駿台。

Konnmokusei_2  この前の日曜日(10月5日)に行われた、駿台予備校の全国模試をちらちらみていたら、国語の問題に、前登志夫さんの「存在の秋」の一節が引用されていた。

 吉野の桜の話、ビルマで戦死されたお兄さんのしてくれた楠正行の話などであった。

 前さんは今年の4月に亡くなられたから、そのことに触発されて「存在の秋」を再読した人が問題に採用したのかもしれない。
 歌人だろうか。可能性はある。

Tako  前さんは、ウィキペディアにも出ていた。

 ついでに、ウィキペディアで「高野公彦」をひくと、項目にはない。(早いうちに書き込みたい。)

 しかし、「松山工業高校」と「東京教育大」の「著名な卒業生」の中に出てくる。おもしろいものだ。

 夜、栄寿司にゆくと、キンモクセイが活けてあった。タコがうまかった。

 さらに夜、テレビをつけると、御茶ノ水の駿台予備校の前でスガシカオが思い出を語っていた。2浪だったそうだ。

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王監督。

Photo  王貞治監督の最終試合があった。仙台。

 最後だけちらっとパソコンで見たのだが、サヨナラ負けだった。ホークスは最下位。。

 初めて好きになったプロ野球選手が王貞治だった。1970年生まれの私にとって、長嶋茂雄は過去の人。王は1980年まで現役。はっきりと記憶はある。

 実家が当時は文京区白山にあり、小学校何年生のころだったか、父親になんども(地下鉄で2駅目の)後楽園球場の巨人戦に連れて行ってもらった。いつもデーゲームだった。

 柴田・高田・張本・王・柳田・?・河埜・?というオーダーだったか。

 オーサダハル選手と、オーマツタツハルという自分の名前が似ていたこともうれしかった。ジャイアンツパジャマのユニフォームの背中にマジックで「1」と書いてもらって寝ていた時期もあった。読売新聞で王選手の拡大写真をもらって飾っていた。

 そんなこんなのうち、1978年からロッテオリオンズが、母の実家から徒歩3分の川崎球場に移ってきた。その前年、祖父に連れられて見た、大洋ホエールズ対広島カープのナイターののんびりした雰囲気は忘れられない。

 と書き始めると長くなるので止す。

 写真は、福岡の米焼酎「川」。

 熊本の「鳥飼」に及ばずながら、がんばっている感じ。ジロウさんの書く「杉」のツクリのマークみたいにも見える。あれには名前があるのですよね?

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はれま。

 朝方は雨。

 中間考査は来週火曜日から。その問題作りを急ぐ。期末考査は12月8日からだから、今の生徒たちと過ごすのは残り2ヶ月。さびしくもある。

 夕方、KさんとNさんと、ある企画本の打ち合わせをする。

 池袋東口駅前の信号を渡った先の「服部珈琲舎」で待ち合わせたのだが、定休日であった。

Photo  かなりの一等地で地代も高いはずなのに週に一日休むこと驚く。社長のこだわりなのか、宗教的理由なのか。もうかるから一日くらい休んでも問題ないのか。いい会社である。

 写真は、先日、京都・高台寺の近くで買った「はれま」〈ちりめん山椒〉。

 以前いただきものをしたときに、とてもおいしかった記憶がある。山椒が強め。ちりめんも数日してもくずれない。

 それなりに高価なものだけれど、コンビニでおにぎりを買うことを考えれば格安。

 10月に入ったころから、朝食は冷やし素麺から、このちりめん山椒ご飯に替わっている。山椒の刺激が寝ぼけたアタマにいい。まだ残っている。

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山下りん。

Photo_5 午前中から読書会用のテキストを読んで過ごす。
 ほんの100ページほどなのだけれど、示唆に富む内容で、頭をまとめながら読むと、時間がかかる。

 夕刻からその読書会。司馬遼太郎「街道をゆく33」「白河・会津のみち」の部分の後半。 

 山下りんという幕末生まれの女流画家の話が出てくる。
 ロシア正教のイコンを書き続けた人物として有名らしい。
 茨城の貧しい家に生まれたのだが、両親を説得して絵の修業のために上京。浮世絵師に弟子入りしたのち、美術学校に入学。その後、縁あって、サンクトペテルブルクの修道院に入る。すべて絵を描くためである。
 その後、駿河台のニコライ堂の一室で、生涯、イコン画を描き続けたという。

りんの例をみるにつけても、芸術上の―とくに音楽・絵画という純粋芸術の場合―才能とは病名のことではないかと思ったりする。とりわけ大いなる才能が宿る場合、宿主の魂を高貴いにする一方で、宿主をたえずつき動かして尋常ならざる人生を送らせてしまう。

才能とは、疼(うず)きに相違ない。

という壮烈な記述があった。

 他にも、最澄と飛脚をつかった論争をした「徳一」という人物の話もすごい。
 9世紀に会津と京都の間で日本仏教の軸をきめることになる論争が行われていたということに驚く。(最澄がとりあえず勝って、大乗仏教的な流れになっていったという。)
 もう一つは、司馬さんの大好きな会津藩の話。これもすさまじい話であった。

 こういう文章が「週刊朝日」に連載されていた(1988年)といことにも驚く。当時の日本人の文化レベルは今よりも高かったのであろうか。

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ホウボウ。

Iroiro_3  今月の選歌は九州。それと沖縄がおひとり。

 ご高齢の方が多いのだが、みなさん人生を楽しんでいらっしゃる。80歳の自分のためにミニ耕運機を新しく購入したという歌があったりする。

 その世代の方々がいかに身近な植物に親しんでいるのかもわかっていい。

Susi_2 「振り茶」の伝統を復活させて楽しむ、という歌を10人くらいが詠んでいる。そういう イベントでもあったのだろうか。

 オリンピック詠はすべて駄作。スポーツはそれ自体が完成された世界だから、詩が入り込むためには用意周到でなければならないのだろう。

Dobinn 土曜日の午後いっぱい、4時間を集中(15分昼寝)して試験問題にとりくむ。80点分くらい完成。こういうのもは一気に作るのが効率がいい。来週中にもう1つ作らねばならない。

 夜は、新井薬師前の〈きむら〉へ。

 今年初めての、牡蠣、ムカゴ、栗、松茸など、季節の料理を食べる。ホウボウのお鮨なんかもある。

 もっと極端な、もっと革新的な味にしてもらいたい気もする。その方が酒は進むはず。

 でも、この柔らかさがいいのだろう。

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クマとシャケ。

Photo ある入試問題に、熊と鮭の話が出ていた。(原文の対象年齢はどれくらいなんだろう。)

 クマがしっかりと冬眠するためには、脂肪を蓄えなくてはいけない。その目的のためにする特異な行動は何でしょう、という問いがある。

 一つは、他のクマと取り合わないように、シャケを取ったら川岸や森の中に運んでいって食べること。

 もう一つは、栄誉豊富なシャケの卵の部分を集中的に食べて残りは捨ててしまうのだという。

 ある22000匹のシャケの死骸を対象にした分析があって(ご苦労さまです、学者様。)、それによると、だいたい一匹のシャケはその体の4分の1しか食べてもらえないという。

 捕まえてみても産卵後のメスのシャケだとわかるとそのまま手をつけずに捨ててしまうこともあるらしい。そのくらい贅沢しないと長い冬眠の時期を支えられないのだろう。

 (話はその後、川沿いの動植物は、クマのそのメチャクチャな食べ残しを栄養にしている、「クマは生態系のエンジニア」である、と結ばれる。)

 こんな呑気な話でも、英語で書いてあると、ありがたい入試問題になるのだ。高校入試問題みたいな内容であった。

 写真はこのごろ飲んでいる、大分県日田市の麦焼酎「閻魔」。香に工夫があって、飲みやすい。

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チェインソー。

Photo_13  近くのマンションで、生垣の剪定作業をしていた。

 ゴールドクレストみたいな葉が面状になっている生垣を、チェインソーを使って、バリカンのような要領で刈っている。

 側面と上部が気持ちよく刈られてゆく。それでも、チェインソーとはなあ。すこし驚く。

 昼は中野の〈南インドダイニング〉。

 さいきん乱立している新しいインドカレーの店の元祖かもしれない。

 シェフはチェンマイ(昔のマドラス)のホテルで修行してから来日したという。そんな人(厨房には3人いた)が、中野くんだりまで来てくれるなんて、ありがたい。

 野菜カレーセット。カレーは辛くなく、味わい深くおいしい。その辛さが足りないところを、赤い唐辛子の漬物(?)が補うようだった。体が温まる感じがした。

 店の前には「医食同源」と漢字で書いた看板があっておもしろい。

 そのあと、TSUTAYAへ。3枚(990円)借りようとしたら、5枚だと1000円になる、とアドバイスされる。どうなってるんだ。枝雀に志ん朝を足す。

今月の選歌。84人分を開始。

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いもぶた弁当。

Photo_7  都民の日。

 同僚と待ち合わせて千葉マリンスタジアムへ。

 〈千葉ロッテ〉と〈埼玉西武〉の試合を東京都民が見に来た構図。(構図というほどでもないけど。)

 バレンタイン神社にお参りをし、先発の渡Photo_5辺俊介のフォームを見やすいように3塁ベンチ上の座席を確保。

 弁当は、千葉県産の〈いもぶた弁当〉。さつまいも30%、タピオカ20%を飼料に入れているという。全量とうもろこしの方が発育はいいらしい。

 これも千葉・九十九里産の〈舞桜〉という日本酒を飲んでしまう。

 2回にさっそく俊介の一発病が発症。ツー ランと満塁ホームランを浴びて試合が決まる。ケイタイで調べると、日ハムは大勝している。

Photo_9  みなさん、やけになって応援したけれど、結局7点は返せず、今年4位決定。

 前半の、1軍の捕手3人ともが怪我で登録抹消、という事態を考えると、貯金を残せたのはすごいことかもしれない。

 ズレータも大誤算。それをやりくりしたのは、やはりバレンタインの力か。

Photo_11  それでも噂の年俸5億円は高いなあ。

 今年も楽しませてもらいました。

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