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ふれあい館など。

 先日、9月12日の朝日新聞に、李仁夏(イ・インハ)氏のお悔やみ記事があった。

 李氏は、川崎にある「ふれあい館」を創設した牧師さん。記事には、裵重度(ペ・ジュンド)氏(ふれあい館館長)の名前もあって、とつぜん、大学生のころを懐かしく思い出した。

 大学には、ビセンテ・ボネット神父(教授)のゼミがあった。

 ゼミとはいっても一般教養の科目。ゼミのように親しく意見交換したり発表したりした。アジア・ウィークというサークル共同体の学生の参加が多かった。みな硬派の社会問題を取り上げていた。(スペイン人の先生自身が指紋押捺を拒否して、不法滞在の身分にあったし。)

 私はその中では落ちこぼれであったが(帝国主義国家の言語を専攻するヤカラと罵られたことしばしば)、識字問題や在日の人たちにいくらか関心があった。

 横浜・寿町の識字学級に通ったり、朝鮮大学校を訪ねたり、大阪の釜ヶ崎に泊り込んで肉体労働をしたりした。ややこしかった。

 その流れで、「ふれあい館」(文化交流施設と定義すればいいのか?)http://www.seikyusha.com/fureaikan/index.html を何度か訪ねた。

 ふれあい館の子供キャンプのお手伝いに行ったこともあった。西湖だった。班の名前が韓国語だった。ブドウはポドだった。遊びや歌も韓国語だった。在日の大人たちががんばって韓国語を使っていた。夜は、裵重度氏を囲んで酒を飲み、しゃべらされた。怖かった。

 そんなこともやってたんだなあと懐かしく思い出した。もちろん、すでに「コスモス」には入っていた。そのころの歌もある。歌集には入れていないけれど。

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