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エンデインジャード・フーズ。

 雨でも、涼しいほうがいい。

 ある入試問題に、スローフード運動のことがでていた。1986年にイタリアで始まった運動である。

 ウィキペデイアによると、

①消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワイン を守る。

②子供たちを含め、消費者に味の教育を進める。

③質のよい素材を提供する小生産者を守る。

が当初の指針だったらしい。

 〈endangered foods〉という言葉に会う。絶滅危惧食品と訳すのだろうか。

 例として、ここ1年のうちに、ざくろ、いちぢく、びわ、のどれかを食べたことのあるか訊ねると、各クラス3、4人くらいが挙手した。

 (こういってはなんだけれど、その面子は、家庭がしっかりしているだろうと思える生徒たちであった。) 

Photo_4 写真は、先日、京都で買ってきた羊羹。(1つの半分×2)

 御所の南の隅あたりの「甘楽・花子」というお店のもの。「棧橋」のKさんのお知り合いの和菓子屋さん。

 有名店の息子二人のうち、次男が独立して昔ながらの小さいお店を開いたのだという。

 やっていけるかいなと初めのころは心配していたけれど、おいしいものにはお客が付くのよね、とKさんは言う。

 いくつかのブログにも出ていた。http://erisekiya.cocolog-nifty.com/kyototokyo/2007/06/post_7f0c.html

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日々の思い出。

Photo  東京は朝から小雨、雨。

 11月中旬くらいの気温の予想。5月以来?でネクタイをしてスーツで出かける。

 夕刻、読書会へ。小池光『日々の思い出』。なつかしい。

 小池さんの歌は、昔から大好き。読めばたちどころに何首も浮かぶ。ただ、できあがりは小池調であっても、中身が伴わず、表に出せるものではない。

 マリファナみたいなものかもしれない。

Photo_2  人を食っていてニヒルでフラットで、そこに人の人としての悲しみが素知らぬ顔でどんと居座る。

 偉そうな歌が嫌いで、たいていのことを日常レベルに引き摺り下ろして、ちょっと斜に構えてうたっている。と思う。そこがなんともいいのである。

 『日々の思い出』の時代は、前2歌集から方向転換した最初で、まだまだ今につながる小池短歌の原型という感じがする。それでもかなりの完成度なのだが。

・立食ひのまはりはうどん啜るおと蕎麦すするおと差異のさぶしさ

・草野球みてゐる人のそれぞれにあきらめに似しまなざしは見ゆ

・わけのわからぬ物質潜む小枕に大事なあたまのせてぞ冷やす

・「回天」をうつとぺたぺたと音のするたなごころ柔(やは)きやはきあはれさ

・父十三回忌の膳に箸もちてわれはくふ蓮根及び蓮根の穴を

Photo_3  どこまでが著名な歌でそうでないのかわからなくなるほどだ。佐野朋子とかマヨネーズ・チュウブとか叙情せよセブンイレブンとか「どもり治ります」とかが出るのもこの歌集。

 読書会のあとは、新宿ルミネエストの〈ナビィとかまど〉で食事。

 ラフテーの味噌漬け、好物のフーチャンプルーなどなど。このお店、ある時期にメニューを絞りに絞った。それでもきちんとした基準を保っていると思う。

 クレープのようなチンビンで締める。「請福」を飲んだ。

 ダルビッシュにやられた。

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着物割引。

Photo_6  朝、鴨川沿いを散歩。京都は川も近く山も近くて、うらやましい限り。

 こういう環境だと、きっと自然観が東京人とは根本的に違うのではないだろうか。都心には溝はあっても川はないからなあ。

 まづは高台寺へ。ねね(北政所)が土葬されてPhoto_8いるところ。午前中であったし、萩も終わりかけ、紅葉はまだまだで、空いていた。それがいい。

 タクシーで御所近くへ。MKタクシーには「着物割引10%」があって驚く。

 いわゆる御所の縦長の長方形のエリアは江戸時代までは、公家が住む町屋みたいになっていPhoto_7たらしい。東京の皇居よりも天皇の住居の面積が小さかったようだ。

 それが、遷都でゴーストタウンのようになり、その後、政府が手を入れて公園にしたという。(今は環境省の管轄らしい。)

 そんなことも知らなかった。

 ハーヴェストホテル地下の〈熊魚菴 たん熊北店〉で昼食。

 きちんとしたコースの京料理は満足感が違う。ごちそうさまでした。

Photo_10  京都の町に癒され、京都の人々に元気をもらった2日間であった。

 今回は、往復〈ひかり〉号とホテル1泊のパックで少し安くあげることができた。やはり〈ひかり〉は遅いなあ。

(その後、東京駅からそのままあるお通夜へ。同い年の友人のご尊父が亡くなる。私の父とも同い年の方。そういう年齢になったのだと驚き、考えることあり。)

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『風景と実感』批評会。

 京都へ。

 吉川宏志さんの評論集『風景と実感』(青磁社)の批評会のため。

 地下鉄烏丸線、東西線を乗り継いで会場へ。途中、いかにも京都っぽい小川(白川?)が流れていて癒される。

 第1部の花山周子さんと吉川さんのQ&Aでは、周子さんは、正面突破を図ろうとしたけれど、足がすくんでしまったという感じだったか。

Photo_3 朝ごはんを何を食べましたか、というような質問から入ればよかったのになあ、と思った。

 吉川さんの「評論集は問いを見つけるために書くものだ」というセリフを引き出せたのはよかった。

 第2部は、川野里子さん、東郷雄二さん、松村正直さんのパネル。川野さんも東郷さんも巨視的に微視的に鋭く分析されていた。のほほほほほんと読んでいた私は驚く。でも、松村さんの明晰で的確な発言が一番よかった。

 一冊で何を言おうとしているのか不明だという意見が多かったようだった。が、私としては一篇づつがよければいいんじゃないかなあというスタンス。もっと大きく読まないとだめかもしれないなあ。

Photo_5 きっと、「コスモス」であれば、具体的にこの章がいい、この章がよくない、という発言が続いたのだろう。

 当てられて、吉川さんは宮崎の緩やかな時間を体に蓄えている人、もしかしたら60代かもしれないと言ってしまった。すいません。

 最後に吉川さんが「バラバラになりかけているリアルさそれぞれに架橋したい」というような挨拶をされていた。なるほどそうだ。

 2次会、3次会では、「塔」「牙」「音」「短歌人」「玲瓏」など同世代の多くの友人知人に会えた。やはり京都には京都の面子があって、楽しい。

 3次会は百万遍へ。永田さんの歌集『百万遍界隈』を思い出してうれしくなる。焼酎をボトルで注文したら、一升瓶で出てきた。15人ほどで空けた。選歌や割付システムなど、他の結社の友人と情報交換するのはおもしろい。

 「中々」は宮崎の麦焼酎。批評会がなかなか良かった、という意味ではない。批評会はすごくよかったのだ。

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30代の作家。

 「短歌現代」10月号は、〈30代の作家〉という特集。

 30人の作品が出ている。(そんなに大人数だとは思わなかった。)

 総評で岡井隆さんに「この特集を読んでのぼくの感想は先づ、あまり気色のいいものではないといふことだ。」と書かれてしまう。

 たしかに、総じておとなしく、地味かもしれない。

 編集のTさんに許可をいただいたので、転載させていただく。

 http://www4.ocn.ne.jp/~tanka/  (短歌新聞社)

 tanka@poem.ocn.ne.jp  

  ご連絡いただければありがたく。

0009

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おくりびと。

2008_9_25_bap_002  昼前、中野の蔦屋(TSUTAYAと書くべきか?)に枝雀を返しにいき、ついでに北口の〈ボナペティートパパ〉で食事。

 天草豚のラグー(煮たもの)のトマトスパゲティ・クレソン付き。この店独特の、モチモチした麺がいい。天草豚と言われても、普通の豚との違いはわからない。

2008_9_25_bap_005 前菜・パン付きで1000円は安い。(前菜の代わりにコーヒーをつけて欲しいが。)

 中野にはデパートも映画館もない。新宿から中央線で1駅、吉祥寺まで5駅だからしょうがない。蔦屋とユニクロがあるのがせいぜいありがたい。

 その足で、「おくりびと」(滝田洋二郎監督)を見にゆく。

 納棺師(という人がいると初めて知る)のドラマであるから、それなりにおごそかに、しかし映画なりにユーモアと起伏を交えて進行してゆく。

 ストーリーは予定調和で陳腐だし、映像が特に美しいわけでもない。だが、しっかりとしたすばらしい作品になっている。

 妙にひねりを加えたり、冷めたり熱くなったりしないところがいいのだ。これ以上にもこれ以下にも作れないだろう。王道をまっすぐ歩いている感じ。それでいい。

 人に薦めたい映画であった。

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5ヶ月。

Photo  国立大学の2次試験が2月25日・26日にあるとして、これからちょうど5ヶ月だと気がつく。

 自分の動きだけを考えると、12月初旬でレギュラーの授業は終わり、1月は冬期講習。だから、あと2ヶ月少しのような気がして、焦りもある(ような気もする)。

 だが、現役生には、時間が無いといえば無いけれど、それなりにあるといえばあるんだなあ、と思う。あと5ヶ月(あるいは17ヶ月)も受験勉強をしなくてはならないなんて大変である。

 同僚にすすめられて、このごろ、ビールの代わりにサンペレグリーノとかペリエを飲んでいる。炭0009_2酸入りのミネラルウォータ ー。イタリア語でガッサータ、というやつだ。(なんでビールみたいに、星印なんだろう。)

 悪くない。夜にはお酒を飲まなくても、疲労で酔ったような気がすることもあるから、ちょうどいい。 

 伊坂幸太郎『魔王』が文庫になったので、読んだ。架空の憲法改正議論とか、首相とかが登場する。新首相の顔とは重ならない。

 伊坂幸太郎は、いつも見えない敵と徒手空拳で対決するようなイメージがある。文体の丁寧さと自然さも好きだ。

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10分。

2008_9_23_002_2  今日が秋分の日。

 光もともに運ばれて行く、ということもなく、自宅で休養。おだやかな日曜日のような空気感。

 東京の日の出が5時30分、日の入りが17時35分。昼の時間が10分長い。ぴたりと半分づつというわけにはいかないようだ。

2008_9_23_007 昼は、〈コパン〉へ。

 ファミリーレストランのようなカジュアルさと客層。

 前菜のチーズオムレツ、ホタテのカルパッチョ、タコのグリーンソースは定番。きのこのピザ。海老のパスタ。リコッタチーズとヘイゼルナッツのタルトなど。

2008_9_23_013_2  その後、哲学堂公園を散歩。来週末からは古建築物の公開がある。

 高野公彦の近刊『ことばの森林浴』のゲラを読む。「えひめ雑誌」に連載していたものをまとめたもの。

 言葉そのものに興味ある人にとっては最高の一冊である。

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イークイナックス。

Photo  明日は秋分の日。

 英語で言うと、オータム・イークイナックス・デイ(昼と夜の長さがほぼ同じ日)である。

 と言ってみて、以前、あるアメリカ人の友人に、日本はなんでそんな日を休みにしているのか、おかしいじゃないかと詰め寄られた(比喩的に)のを思い出した。確かに変だ。

 そのときは、天文学の関係かなあとか言って、曖昧なままになっていた。

 が、今日、ウィキペディアで調べてみると、

皇霊祭(こうれいさい)、すなわち春季皇霊祭・秋季皇霊祭は、明治11年(1878年)にそれまでの歴代天皇や主たる皇族の忌日を春と秋に纏め奉祀したものである。現在は「国民の祝日に関する法律」によりそれぞれ春分の日秋分の日となっている。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E5%AD%A3%E7%9A%87%E9%9C%8A%E7%A5%AD

Photo_2とあった。なんだ、皇室関係なのか、と初めて知る。文化の日や勤労感謝の日と似た考えだ。なんてことはない。

 ついでに、夏至と冬至と満月の日は休日にしてください。

 「無月」も「天孫降臨」も宮崎産の芋焼酎。

 ラベルに「宮崎県」と書いてあるとついつい買ってしまう。飲むときに伊藤一彦さんを思い出すから、さらにおいしく思えるのである。

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ノーゲーム。

Photo_3  ある予定が急にキャンセルになったので、千葉マリンスタジアムへ緊急出動。

 これを逃すと9月は観戦ゼロになる、という気持ちもあった。

 台風が去ったあとだから、天気は悪くないだろうと甘く考えていた私Photo_4が愚かだった。

 4回雨天ノーゲーム。写真のとおり、マウンドや ホームベース付近に土を入れたのも無駄だった。

 こういうことがあっても、ドーム球場で試合するよりは、ましである。

 先週のうちに文化祭をやってしまったのは幸運 だっただろう。今日であれば花火は中止になっていたはず。

Photo_6 花火は中止の場合でも保存しておくことはできない。

 過去には、翌日の昼にお客さんのいないグラウンドで打ち上げ処分したこともあったなあ。

 緊急出動すべきは、加藤治郎さんの歌集の批評会だったかもしれない。『雨の日の回顧展』というタイトルを思い出した。

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判断。

Photo  台風13号は、土曜日の未明に関東を抜けたようだ。

 朝5時の判断で、学校は平常通りとなった。電話連絡でなく、ホームページを見るべしという方法は今のところ最善の策だろう。

 もしこれが前夜の判断だったら、休校になっていたかもしれない。実際に、港区のある私立校は休校だったらしい。

 午後、「コスモス」編集室へ。

 途中、〈カフェ野田〉で一休みして、「展望」を見直す。大辻隆弘さんの『時の基底』について書いた。

Photo_2  〈カフェ野田〉では、M英子さんがときどきひとりでランチを召し上がるそうである。(マンゴーチーズケーキは当たり。弾力があり、甘すぎず臭すぎず。)

 編集部で歌集の話題になる。

 『夏鴉』がとてもよかったという人が2人いて、私の読み方が不安になる。尾崎まゆみさんの最新刊がまったくわからない、と言うとみなさん同意してくれた。

 M英子さんから、「あの方、まだ80代じゃないの。(まだまだ若いわよ。)」という発言が出て一同驚く。

 〈美たか庵〉のカキフライは来月から。

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ハルヒ。

PhotoPhoto_2  台風13号が近づいている。

 早明浦ダムの貯水率はまだまだ回復していない。

 お気楽な生徒が、河Photo_3合塾の東大模試を〈涼宮ハルヒ〉の偽名で受験したことが発覚。学習指導部長から大目玉をくらう。〈涼宮某〉は、軽小説の 女子高生主人公の名前。

 お気楽な卒業生もいる。先日の文化祭のときに、在学当時の制服を着て来校した。大学生の肩書きよりも何かが効果的だったようだ。

 教員陣に説得されて制服の校章を外す。(帰らされたという情報もある。)

 昨日の夕方は、永福町のドイツ料理の店〈ぷろ ーすと〉へ。

Photo_4 「棧橋」のM上比呂美さんのパステル画が先月につづき、6点展示されている。

 どれも季節の果物を題材にした雰囲気のある絵。水Kさんは多彩である。

 ビールはドイツ直輸入のものも各種あり、それに合うおつまみも豊富。生ハムが特にうまかった。

 明日の授業の有無は、朝5時の学校のホームページで発表することになっている。

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ふれあい館など。

 先日、9月12日の朝日新聞に、李仁夏(イ・インハ)氏のお悔やみ記事があった。

 李氏は、川崎にある「ふれあい館」を創設した牧師さん。記事には、裵重度(ペ・ジュンド)氏(ふれあい館館長)の名前もあって、とつぜん、大学生のころを懐かしく思い出した。

 大学には、ビセンテ・ボネット神父(教授)のゼミがあった。

 ゼミとはいっても一般教養の科目。ゼミのように親しく意見交換したり発表したりした。アジア・ウィークというサークル共同体の学生の参加が多かった。みな硬派の社会問題を取り上げていた。(スペイン人の先生自身が指紋押捺を拒否して、不法滞在の身分にあったし。)

 私はその中では落ちこぼれであったが(帝国主義国家の言語を専攻するヤカラと罵られたことしばしば)、識字問題や在日の人たちにいくらか関心があった。

 横浜・寿町の識字学級に通ったり、朝鮮大学校を訪ねたり、大阪の釜ヶ崎に泊り込んで肉体労働をしたりした。ややこしかった。

 その流れで、「ふれあい館」(文化交流施設と定義すればいいのか?)http://www.seikyusha.com/fureaikan/index.html を何度か訪ねた。

 ふれあい館の子供キャンプのお手伝いに行ったこともあった。西湖だった。班の名前が韓国語だった。ブドウはポドだった。遊びや歌も韓国語だった。在日の大人たちががんばって韓国語を使っていた。夜は、裵重度氏を囲んで酒を飲み、しゃべらされた。怖かった。

 そんなこともやってたんだなあと懐かしく思い出した。もちろん、すでに「コスモス」には入っていた。そのころの歌もある。歌集には入れていないけれど。

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子午線の風。

0009_3  小坂喜久代さんの第一歌集『子午線の風』(柊書房)を読む。(繭ではありません。)

 小坂さんは、「棧橋」の名簿(生年月日順)で、高野氏の次にくるベテラン。

 神戸に住む阪神ファンで、甲子園のグラウンドにラジカセを投げ入れた、という伝説がある。(あくまで伝説です。なんでラジカセなんだろう?)

 20年分の作品なので、娘さんお孫さんの成長、神戸の大震災、いくつものご不幸が早回しのように登場する。人の人生の過ぎ行く速さを歌集のページをめくる速度からも体感できるようだった。

・竿竹を売るこゑ路地を流れゆく語尾の上がりは山陰訛り

・ロッカーにいつも置きゐし雨傘を定年の荷に包み込みたり

・早春の便りに嘘字ひとつありそこより少女の笑ひ声する

・死の前日母が言ひゐき「お願ひします」何を誰に頼みてゐしや

 など、日常のちょっとした喜怒哀楽をさっと掬う、「コスモス」の典型的な得意技を発揮している。

・来る時は電話かけてね長の娘よさう言はるると行きにくくなる

・留守なので帰るねのメモはさまれて姉の鯖鮨ポストの中に

 この2首を読むと、ゆるやかな時間が流れているところにお住まいだなあとうらやましくなる。基本的には家を行き来するときにも事前に連絡しない、という昔風の習慣を保っている(保ちたい)のがわかるのだ。(これは娘さんには通用しないでしょうけれど。)

 人生に沿って短歌を詠んで詠んでゆくことの楽しさを感じる一冊であった。

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全粒粉。

2008916_002_3   秋の過ごしやすい気温。

 今日が日曜日の代休。昨日の敬老の日の代休はわづかの手当てで取り上げられてしまった。

 昼は、有機全粒粉スパゲティー、なるものを試す。

 蕎麦で言うと田舎蕎麦系だろう。が、蕎麦のように定番になっているわけではない。

 ボソボソ感があって、おいしさは劣る。小麦の香にクセがある。蕎麦に蕎麦の香があると思えば、まあまあ。 

 玄米がなかなか表舞台に定着しづらいのと同様に(ウチではお米は全て玄米であるが)、このパスタもレストランでは出せないレベルだと思う。

 イタリアのパルマ・ベローナ・モデナあたりの穀倉地帯の産らしい。

 これにジェノベーゼソースを絡めた。そのソースもイタリア製。フードマイレージのことを考えると申し訳なくなる。

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片付け。

 文化祭の片付けの日。

 文化祭には、土曜日が8500人、日曜日が9500人、2日間で18000人超の入場者であった。これは、実行委員の生徒が1つしかないゲートでカウンターを使って数えているから、おそらく正確。

 昨年よりも2000人多い。これは、他校と重なったことによる相乗効果かもしれない。

2008914_004 期間中、気になったのは、実行委員の中にアタマの硬い生徒が多かったこと。

 ルールを守るのは大切。だが、カラオケ機の故障によるスケジュール延長は認めても、ドアひとつ先の下駄箱への通行は阻止するということが起こる。

 2日目の花火が終わった後の観客の退出誘導を見ても、ルールを守るのにこだわって合理的思考ができなくなってしまうのが多い。(現場にいないと状況はわかりづらいでしょうけれど。)

 命令系統の下の方の生徒のほうが頑固で、にわか権力を持ったように振舞うのである。責任感とは違う何物かに突き動かされているようなのだ。

 これが日本の官僚システムの端緒(かつ短所)だろうか。 

 もちろん、ほとんどの生徒と作業は合理的に円滑に(中学生高校生なりに試行錯誤して)行われている。その水準は客観的にみてかなり高いと思う。

 片付けを抜け出して、昼は新大久保の〈ソムオー〉で「カオマンガイ」。カオがご飯、マンが油、ガイが鶏、らしい。

 鶏肉の量が多く、お米に味がしっかりとついている。大当たり。

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花やすらい。

Photo 道浦母都子さん『花やすらい』(角川書店)を読んだ。

 道浦さんとは面識がない。いままでもほとんど接点がない。なのにお送りいただいたこと、ありがたく、すらすら二度読んだ。

 9年ぶりの歌集だと言う。苦しげな印象はある。それはご病気(くわしくはわからないが、眠剤の名前もある。)で、心身ともに大変な時期であられたようだ。)

 それゆえに、人間の弱さを深い所から観察なさっていて、ふくよかな鋭い視線を持たれている。

 ゆるやかさ、やさしさが、心と体の危ういバランスをとるところからにじみ出てきている、と言えようか。

・ここに来て熊野の河の二(ふた)分かれ鳥になるかも風になるかも

・すんなりと豆腐の白に沈みゆく縫い針そしてスペース・シャトル

・信仰のようにすっくと立ちつくす桐のむらさき紀の国にあり

 のようなかろやかで幻想的な歌から、

・眠れ眠れ眠りの底のやわらかな音楽こそが死かもしれない

・畳の上できっと死ねない暗未来パラソル開くたびにひらめく

・自爆テロ十秒前のおののきが群肝に充つ草片(くさびら)食めば

 のような生死の境を見すえてたゆたうような作品まで、さまざまな世界を見せてくれる。題材はネガティブなものが多いけれど、けっして暗い歌集ではない。

 ひとりの人の背後の背後の暗い影の中に、あたたたく穏やかに射す日差し、のようなものを感じた歌集であった。

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ゲンキョウワーン。

 今週末は、勤務校の文化祭。

 高校3年生は、開会式の出席だけが義務。だが、後輩をひたすら手伝ったり、イベントに参加したりしている生徒も多い。(実行委員は高校2年生が主体である。)

 就職して14年目。この日にだけは校内を女子高生が歩いている姿にも慣れたし、ウチの生徒や他校の男子生徒がそういう女の子たちを口説いている姿を見るのにも慣れた。感動がないのだ。これを、飽きてきたというのだろうか。

2008913_001 10年前には、ガラの悪いヤカラが毎回入ってきて、それを監視したりしていたが、今はそれもほとんどない。世間的にも若者のホネが抜かれつつあるということか。

 それでも、明日の夕方は校門前にパトカーに止まっていてもらう予定。ポリス・プレゼンスが何よりの混乱予防策であるということらしい。

2008913_002  昼食は、校内の喧騒を逃れて、新大久保裏の(浦、であるといいのだが。)タイ料理「クンメー」本店にて。 

 鶏肉のグリーンカレー〈ゲンキョウワーン〉

 カレーと名前がついているけれど、ココナッツミルクでかなり甘い。スープとサラダとデザートとジュース・コーヒー自由で840円はリーズナブルである。

 実行委員の片付けが終わる7時過ぎに解散。

 NHKの「上海タイフーン」を見る。中華料理屋の名前みたいだ。木村多江ががんばっている。

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ポロシリ。

0009  時田則雄さんの『ポロシリ』(角川書店)を読む。

 ポロシリは、「大きな山」の意味だという。札幌のポロだ。(網走のシリとは違うようだ。)

 どしん、ずしん、くっきりとした人間がいる。突き抜ける強い命がある。骨太の時間がある。明日がある。体がある。

 帯広で生まれ、農業高校、畜産大学を経て、40年以上農業をしている時田さん。総経営面積66ヘクタール、というのは想像を超える広さだが、歌を読むとその規模の大きさにさらに驚く。

 目線が農作や農業機械とパラレル(並行)であるところがいい。生きるリズムの静と動、退屈と躍動、などが感じられるのだ。

 亡き父を恋、ともに働く母を慕う。大規模農家というキャラクターを全面に押し出していながら、そうではない歌の巧さもある。

 多面的に読める歌集であるが、やはり、「命」の輪郭がはっきりと見えるのがいいのだ。これは、都会で(ちまちまと)暮らす人間には作れない。

・ポロシリに向かひて二キロほど行きて戻り来ぬ明日を創り出さむと

・肥料一トン足りぬと慌てて買ひに行く橋ふたつ渡り森ひとつぬけ

・くたびれし軍手の指の穴の中覗けば明日が追ひかけて来る

・コンベヤーに運ばれて来る馬鈴薯のどいつもこいつも顔 自慢顔

 などの、農業詠が中心を作り、

・春の水を集めて走る朝の川さうだよ俺は朝の川だよ

・骨片のひとつひとつに影のあるを眺めてひとり帰りて来たり

 などの、技巧的にすぐれた歌がある。ともに、作者の深いところからにじみ出てくるアブラのような歌である。いいものを読んだ。

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ベルルスコーニ。

Kif_6044_2  もう秋。

 研究日にて在宅。

 昼は新井薬師近くの沖縄料理「ちむ屋」へ。ちむ、とは「心」の意味らしい。

 「沖縄風やきそば」。少し粉っぽい感じの沖縄ソバの麺と塩味が合っていて、とてもうまい。

 OLや主婦らしき人が続々と来店する。野菜が多くて、女性好みなのかもしれない。

 録画しておいた、セリエA開幕戦「ミラン対ボローニャ」を見る。

 今年のミランは、ロナウジーニョ、ザンブロッタが新加入、シェフチェンコが復帰。豪華メンバーとなっている。

 シェフチェンコはウクライナ人。ディフェンスのカラーゼはグルジア人。平均年齢の高さは相変わらずである。

 ときどき、スタンドのベルルスコーニ会長が映る。実業家で現役首相がチームを持っているなんて、日本に当てはめると不思議である。

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夏鴉。

0008_2  澤村斉美(さわむらまさみ)さんの『夏鴉』(砂子屋書房)を読んだ。

 正直に初読の感想を言わせてもらうと、〈狙いすぎ、構えすぎ、ひねりすぎ〉ということになるだろうか。

 澤村さんには、「豊作」や夫君(チェスト!)など、すばらしい仲間がいるのは知っている。おそらく、これまでの現代短歌史をしっかり勉強してきて、それとは違う歌を生み出そうという熱意がよく伝わる。

 しかし、もともとの生真面目さ(たぶん)のせいなのか、考えすぎてしまって、観念的になるきらいがあるようだ。これは短歌にとっての弱点ではないか。

 「塔」には、(困ったことに)身近に突き抜けた先輩方(江戸雪さんや前田康子さんなど)が家風を確立している。そういう人とは違う何かを確立するのはたいへんなのだ。

 しかしだからといって、ムツカシイ方向に行くの読者として残念である。一首の中で、ここにアタマを使ったな、という痕跡が見えてしまっている歌が多い。現実と自分の感覚の間に、コトバのバリアが張られてしまっているという感じか。

 もちろん、そこにだまされるようにして惹かれるということもあるのだけれど。

 いい歌もたくさん挙げられる。

・ミントガム切符のやうに渡されて手の暗がりに握るぎんいろ

・不意に影もたらし長くとどまれる父は襖と思ふまでしづか

・日の当たる場所には鍋が伏せられて私がうづくまつてゐるやうだ

・キーボード打つのみの仕事に前任の打ち癖はあり コンマが半角

・しづかな力われに及んでゐたことを力の主の去りぎはに思ふ

など。あまり考えていないような(花山周子さんがそうだけど)歌がいいと思う。

 最後の歌は観念なのだけれど、成功している例。観念的なのが必ずしも悪いとは限らない。ただ、アタマの使いすぎで、ちぢこまっている感じが残念なのだ。

 江戸さんや前田さんや周子さんのような、よくわかんないけどこんなのできちゃいました、というような方向へ行くと読者としてはたのしいのだけどなあ、と思ったしだいです。

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ヒステリック。

Photo_2  英語科のアメリカ人ふたりが、露鵬、白露山の解雇について話しているのを小耳にはさむ。

 やはり、アメリカ人にとっては、マリファナの陽性反応くらいで解雇されるというのは、驚きなようだ。

 マリファナに関しては様々な議論があるけれど、日本では完全に違法であるのは承知している。

 ただ、2人の力士は所持していたわけでもなく、売買していたわけでもないのだから、いきなり解雇は厳し過ぎるんじゃないかと(直感的に)思う。

Photo ドラッグはいろいろあるし、影響もさまざま。マリワナだって悪いのはわかっている。でも、それを全部まとめてヒステリックに断罪してしまうというのは、臭いものにフタをするような感じじゃないかなあと思う。制裁の加減ってもんがあるんじゃないかと思う。

 というと、ヒステリックな反論があるかもしれない。

 今週は、文化祭の準備のために、中学生は6時、高校生は7時まで学校に残ってよい。そのための臨時の日直が対応している。今日はその係。

 ココログのルール変更で、1MB以上の写真はアップできなくなってしまった。私のデジカメでとるとちょうどそれを超えるくらいなので困った。 

 新宿西口〈ニュートーキョー〉の「突き出し」と「タイのカマ」。こういうものに箸を突き刺して食べる文化に育った私である。

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「宇宙花」。

Photo_2 「第十宇宙花」(うちゅうか、と読む。)が届いた。

 「宇宙の花」は、「コスモス」が、創刊以来5年ごとに発行してきた会員の自選歌集である。(35周年時は、宮柊二逝去後の特集が他にも多く、発行せず。)

 今年の55周年で第10号ということになる。

 原則として、全ての会員の過去5年の自選5首が、50音順に並んでいる。(物故者分もある。)氏名の読み方、生年が付されているのも、実は便利な資料である。

  その他、「コスモス叢書」一覧(877篇まで)、各賞受賞者一覧もある。

 出詠者2089人、物故者作品抄144人、合計2233人分。

 ものすごい資料である。直接、編集・発行に深く関わった人々には頭が下がる。

 不遜ながら、高野さんと私の作品を並べPhoto_4て、サPhoto_3ンプルに載せておく。

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リガトーニ。

Photo_2 なんだか集中できないなあと思えば、やはり暑いのである。

 気持ちの上では秋だが、室内は30度はある。あきらめてクーラーを入れると、なんとか人間らしくなる。

 昼は、リガトーニのトマトソースを作る。

 〈リガトーニ〉とは、「筋」という意味らしい。つまり、筋がついているところが重要なのだろう。ソースがよく絡むようになっている。太い筒状のパスタ。

Photo_5   いつものホールトマトに、ツナ缶(高野氏の最も嫌 う食材)と魚ソーセージ(家人の食べない食材)を入れる。ニンニクとオレガノと擂りゴマとコショウもたっぷり入れて、好みのソースにする。

 このパスタは吸水性が強いらしい。130グラムで満腹になってしまった。

 夕方から読書会。

 千葉ロッテはようやくようやく勝率5割になる。プロ同士戦って、勝率50%になるのはたいへんなのだ。前半のけが人の多さをなんとか立て直した。

 2年目の川崎、荻野がチームを支えている。やはり、バレンタインはすごいのだろう。

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体力。

Photo  体育の教員によると、授業を再開してみて、高3生の体力が顕著に落ちているのがわかるという。

 個人差があるだろう。しかし、クラス単位でサッカーやバスケットをやるのを見れば、7月初めから約2ヶ月間を「体育」をやっていない集団の体力の落ちようはよくわかるらしい。(高3の夏はクラブ活動がないのだ。)

 17歳・18歳でさえそうなのだから、大人(特に老人)が入院した後の体力(筋力?)の落ち方はおそろしいほどだろうと想像できる。

Photo_2  昼は、久々に〈一六八〉へ。

 「半・牛スジ刀削麺と半・チャーハン」。

 麺は、パクチー(コリアンダー)がたっぷり入っているのがいい。ある同僚は、これをカメムシの匂いだと言って忌避している。人生を損しているみたいな気がしてかわいそうになる。

 チャーハンは塩味が足りない気がした。自分だけが汗をかいて塩分を欲しているのか。とにかく、蒸し暑いここ数日の東京である。

 夜には、落雷と集中的な豪雨。もう慣れたパターンだ。

 

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あじむ。

 ある入試問題(英語)に、映画「タイタニック」のことが出ていた。

 ファーストクラス・セカンドクラスの男性乗客がわれ先に救命ボートに乗り込もうとして、銃をもった船員に制される、というシーンがあるらしい(あったかな?)。

2008828 しかし、実際には、そのクラスの男性はほとんど死に、子供と女性はほとんど助かったという統計があるという。

 彼らは、自分の命と引き換えにでも女性と子供を助けるべし、という暗黙の了解をしっかりと守り、階級としての責任感を果たしたというのだ。

 しかし、そんな映像を作っても信じてもらえないから、映画では金持ちほど強欲に助かろうとした、という話に変えたようだ。

 (そこから、現在の、のっぺらぼうな平等信仰社会批判へとつながってゆく。)。

 日本の首相の無責任さなどが思い浮かんだ。

 「安心院」と書いて、あじむ、と読む。 http://www.ajimukk.com/

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コンフィ。

 研究日。どんよりとした曇天、のサンプルのような天気。

 「コスモス」選歌80人分、「棧橋」依頼状の封筒印刷85人分などをこなす。

 中野の〈オリエントスパゲティ〉へ。

20089_4_003  「大山鶏のコンフィとプチトマトのマリネのカッペリーニ(冷製)」(というような名前。)

 カッペリーニ、は髪の毛という意味の極細のパスタ。コンフィ、は漬けたという意味。油でも酢でも砂糖でも。

 チャーシュー麺のようにもデザート盛り合わせのようにも見える。

 バルサミコ酢がいい。ついつい大盛り(150g)にしたが、酸味がきいているおかげでペロリンと食べられt。

 初期のスティービーワンダーとかボサノバとか、ちょっと気のきいたBGMが流れていて、有機コーヒーがうまくて、ラーメン屋のようなカウンターで気楽にパスタが食べられて、食後もしばらく本を読んでいられる、という点で言うと、ここは最高である。

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願書。

 2学期が始まって3日目。

 学校に行くのは楽しい。昼過ぎは眠い。

 センター試験の願書について、教員向けの説明会があった。ついに来た。これを来週、生徒に記入してもらい、(厳重にチェックして)、10月3日ごろに発送する予定。現役生は学校でまとめての申し込みである。

Photo_2 中1から高3まで、18の学期があるとして、今はその17番目にいる。野球でいうと(言わなくてもいいのだが)、9回表という感じだろうか。これから確実にアウトを取るのが大変。というか、サッカーでいうと(言わなくてもいいのだが)、とにかくゴールを入れなくては試合が終わらないという感じだろう。

 延長戦は避けてもらいたいものである。

 栄寿司の〈アナキュウ〉。anna Q。穴子と胡瓜。

 昨日の短歌講座で、

・〈ひかり〉にて長きトンネル過ぐるとき曲がりくねつた胡瓜こひしき

                          (高野公彦『渾円球』)

を紹介した。

 今ならまだ、〈ひかり〉は超特急であるという皮膚感覚があるけれど、もうしばらくすると〈ひかり〉は遅い列車という印象を持たれるかもしれないなあと思う。どうして〈のぞみ〉じゃないんだとか。

 われわれが過去の作品を読む時にも、その当時の名詞の喚起力を考慮に入れないとおかしなことになるかもしれないなと思ったのである。これは簡単なことではないけれど。

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バリウム。

 2学期最初の授業日。

 時間割を変更してもらい、午前中に4つの授業をする。午後、新宿。朝日カルチャーセンターの講座へ。

 京王プラザ1階の〈樹林〉でケーキを食べつつ予習。(マスカルポーネレアチーズの「よろこび」。日本語の名前に好感を持つ。)

Photo 高野公彦『渾円球』花山周子『屋上の人屋上の鳥』を紹介。

 『渾円球』の中に、

・粥飯(しゆくはん)を一晩絶ちてバリウムの不味(まづ)きを飲めり生存欲のため

・母胎より出でて墓場に着くまでの道草ならむバリウム飲むは

の2首がある。バリウム関係は、他にもあるので、M上比呂美さんがエクセルに打ち込んでくださった貴重な「高野公彦全作品データ」を使って「バリウム」を検索する。

・バリウムを排泄すべく苦悶せり曲がりくねつた暗き管(くだ)われは (『水行』)

・わが一生(ひとよ)つかふ胃の腑に一椀のバリウム下(お)りて一日蟠居(ばんきよ) (『雨月』)

・くつさめにまたくつさめをつぎ足してさあ寝よう明日はバリウム飲む日

 (『天平の水煙』)

を発見。合計5首バリウムを飲む歌があることになる。

 高野短歌の、聖と俗をどう組み合わせるかというテーマの一つとして注目した。M上さんに感謝。

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星状六花。

Photo  紺野万理さん歌集『星状六花』(短歌研究社)を読んだ。

 言葉ひとつでありふれた光景をひっくり返す技がとてもいい。もちろん、短歌の意義の一つはそういう見立ての力で世界を開くことにあるのだが、この歌集の切れ味はまことにいい。

 また、連作が個々の歌を引き立て、連作の中の盛り上がりを作れるあたりのツボを心得ているのも特長だと思った。

・肩の辺に獣よりそふけはひしてふりむけば白もくれんが散る

・凍雪をざくりと踏めばあかときの心はしるき輪郭をもつ

・幹まはり五尺の槻が倒るるよ悲鳴のやうな香りをたてて

・みづがただ落ちるひたすら落ちつづけるそのひたすらの外側に居る

 作者は、木蓮、雪、槻木、滝などなど、自分の外部のものの痛みを敏感に察知することのできる人である。(「落ちつづける」の字余りにその当たりが濃厚にでている。)だからこそ、

・驟雨去り大夏原へ歩み出づ生きながらまた生(あ)るる思ひに

 というスケールの大きな歌ができるのだろう。

・タマリンド並木の風のたまりんどゆるゆる強きベトナムと思ふ

 これは、ベトナム旅行の歌。国の印象をひとことで言っている。すこしぎくしゃくした統語によって風にしなやかに揺れるタマリンドの木を表してもいるようだ。ベトナムはホーチミンしか知らないが、確かにこんな感じである。

 栞は、栗木京子、松村由利子、大口玲子の豪華三氏。なかでも、松村さんの文章が私の受け取り方に一番近いと思った。

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