衝立の絵の乙女。
米川千嘉子さんの第六歌集『衝立の絵の乙女』を読む。米川さんは私の好きな歌人で、『たましひに着る服なくて』は現代の歌集の中でも最高傑作の一つだと思っている。
しかし、(ここから辛口になるのだが、)最近、どうも往時のストレートな悲しみが伝わってこない気がする。それは、見るべき現実があまりにも辛いからなのか、巧みに言語的な処理がほどこされてしまっている歌が多いのである。もっと現実を深く抉るべきところ、植物などの事物に逃げ込んでいる傾向があるのではないか。
もちろん、二物衝突の意図はわかる。しかし、作者が対象とする現実はもっと切実なものが多いのだ。野球でいうと(すいませんが)、ボール球を打たせる技巧派になってしまった感じ。もっと、ストレライクゾーンにズバリと速球を投げ込むような往年の歌が読みたい。というのは、読者の勝手な思いである。
例えば、
・心の闇、ではなくて心は闇である人の世に咲く巨大朝顔
という歌。おそらく、精神を病む人が多いという、現代の都市生活者の現状と関わるのであろう。そこを突き詰めてほしいところを、朝顔に仮託してしまう。かなりいい歌だけれど、隔靴掻痒なのだ。好みの問題だけとは言えないと思う。
と、述べたが、もちろん、秀歌が多い。そのうちから挙げてみる。
・にんげんのさびしい息のおほきさの青風鈴に風は滴(しづく)す
・裏かへることなき男のこゑになり甘えたき日の息子わからず
・人のきもち溢れこぼれる世にありて「犬のきもち」「猫のきもち」出る
・容疑者の名前はいくつ今日聞きしその子どもらは何人をらむ
・病むときは静かに並んで歩くゆゑ息子の背丈よくわかるなり
など、作者個人を通しての現代を大きくつかんでいるいい歌だ
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コメント
復活というより脱皮に期待。狭く濃い思いに囚われるのは、世間が狭いから。「衝立の中のお母さん」じゃ、実力からしてもったいない人です。
投稿: ひびき | 2007年9月26日 (水) 03時05分
米川さんのことですから、きっと復活してもらえると思っています。挙げてゆくと、いい歌は多いのですが。どうでしょうか。
投稿: おおまつ | 2007年9月23日 (日) 12時35分
守られている側にいるという自覚に誠実すぎて表現の冒険から遠ざかったのか、俗世の混沌に身を任す生の選択に居直ったのか。もう若い頃のようにびんびん感じないのか。
大松さんに同感。
「世間では合格」の深さまでしか届いていない歌ほど、つまらないものはありません。表現者としての老化は女性のほうが早いのかなぁ。
投稿: ひびき | 2007年9月22日 (土) 04時27分