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ただごと歌の系譜、の会。

 個人面談がずれ込んで、奥村晃作氏の「『ただごと歌の系譜』を語る会」に参加できなかった。5時ちょうどに竹橋の教育会館に滑り込み、懇親会のみ出席した。

 話の流れは一部の方々からお聞きした。褒めてくださる方々が多かったようでうれしい。

 その一方、キビシイご意見もあったそうだ。その中には、奥村さんがただごと歌を標榜されてからご自身の歌が荒れてきたというコメント、現代短歌と江戸時代のただごと歌をつなげても良いのかどうか疑問だというご指摘などがあったそうだ。率直に言ってくれる方はありがたい。

 わたし個人としては、奥村氏の現在の歌業そのものの密度の濃さが、氏の言う、江戸時代ただごと歌の評価を左右するのではないかと思う。それが、仮に写実とか前衛とかなんだとかとは関わりなく、仮にその論を立てている人の実作が、仮に空疎だとしたら、なかなかその論を信用できないのではないだろうか。論作のせめぎあいでむずかしいところだ。

 奥村さんには、作品面でもうひと踏ん張り、本領を発揮していただきたいと願うばかりだ。

 うれしかったのは、しばらくお会いしていなかった、『百年の眠り』の著者、鶴田伊津さんご夫妻にもお会いしたこと。他の方々ともお話しし、少しずつ話題になっていることを確認した。ぜひ、お読みいただきたいです。いい歌集とはこういうものかとつくづく思う。

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エキネセア。

Photo_110Photo_111Photo_114   タイショウ閣の帰り、駅までの途中にある〈生活の木・薬香草園〉による。

 ショップもあるが、広いハーブ園もある。いろいろあったが、はじめてエキネセアを見た。アメリカインディアン愛用というハーブ(根っこを使う)で、風邪をひきそうなときに効く。私の人体で実証済みである。(ボウズ頭みたいな花がそれ。)

Photo_112Photo_109Photo_113  昼食は、園内のレストラン〈ヤハラテナ〉で食べる。スリランカの地名らしい。実際に、スリランカ人のシェフが来ているという。そういうだけでありがたく思えてくるのはなぜだろうか。

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タイショウ閣。

 用あって、夕刻、埼玉県飯能(はんのう)市の「タイショウ閣」にゆく。飯能駅から車で30分ほど入った、旧名栗(なぐり)村にある。

KoiPhoto_102Photo_101Ayu 食事は鮎づくし。鯉も あPhoto_104る。鮎の骨酒も飲む。酒というよりスープみたいになっていた。容器もいい。

 その後、近くの川に蛍を見に行く。蒸し暑い夜が最適だときいたが、まさにそのとおりの天候。子供のときに新潟県かどこかで見た記憶がある。そのとき以来。30年ぶりくらい。40匹くらいいたということで、なかなかいい眺めであった。ただし、写真・ビデオにはまったく写らない。

Photo_105 ちなみに、この宿。名前に惹かれて以前にも来たことがある。わが家の所有ではありません。

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読んでますか。安立全歌集。

 『安立スハル全歌集』を少しづつ読んでいるのだけれど、なかなか進まない。なんとなく立ち止まるところがあって、歌を作りたくなって、いつのまにかぼんやりしてしまうことが多い。

 いい歌集は速読できない。速読してはもったいないという気持ちもある。旅行詠にも、他の歌人に比べて、いい歌が多いような気がしている。

・なりはひに牡蠣を剥きつつ女らは終始黙せりわが行くときに(昭和44年

・この国の空ひろくして秋風は愛語のごとし聴きつつ立てば(昭和47年)

・刃を当てて剥きしなま栗円空のほとけの顔に似つつひそまる(昭和47年)

・かなしみてわが思ふかなこの壷に映りて過ぎし宋の代の人(昭和48年)

・たたら跡のこれる山に聞かむとす世にあはざりし人の声ごゑ(昭和50年)

 あげればきりがない。とりあえず。

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面談つづく。

 今週は、授業の合間と放課後に保護者の個人面談を入れている。高校2年生だから、この先卒業までクラス替えはない。顔合わせのつもりもあって、39人の生徒の親御さん全員と15分くらいづつ話す。都合10時間という計算。勤務日一日分を超えるなあ。

 身上調査書と、その前に生徒と面談したときのメモをもとに話をする。

 最近は、保護者の年齢が気にかかる。いまのところ、同い年の親には会っていない。ただ、ついつい親の年齢から生徒の年齢(16か17)を引いてしまう。例えば、現在50歳の人なら34歳のときのお子さんだなあと(しみじみ)思う。

Gannko なんとなくだが、生徒の中に親の年齢が入っているような気もする。

 夜は、自宅近くのラーメン〈がんこ一徹〉にて。くだらない名前のお店だが、味はいい。わざわざ「味噌ラーメンではありません」と書いてあるほど、濃厚な魚ダシの和風ラーメンである。クセになっている。

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鶴田伊津歌集 『百年の眠り』

Photo_104  鶴田伊津さんの第一歌集『百年の眠り』(六花書林)ができあがった。

 私は、小池光さん、佐伯裕子さんとともに、栞を書かせていただいた。

・会わぬ日の続いて我はユリノキのようにまっすぐ背中を伸ばす

・葉桜となりて心はおちつきぬ からだに季(とき)をめぐらせながら

人生を寂しい水と思うとき余生を生きている心地する

スズランの花の萎れし部屋に帰りただかなしいというをかなしむ

・ああそうかわたしは泣きたかったのだ 布団ふわりと子にかけやりつ

などを引用して、「樹の人、水の人。」というタイトルで書いた。これだけでも、とてもいい歌にあふれていることがお分かりになると思う。

 鶴田さんは、「短歌人」で活躍する中堅の歌人なのだが、最近はさらに朝日歌壇に子育ての歌などを投稿しているようだ。

 多くの人に読まれて欲しい、気持ちのいい歌集である。

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対ヤクルト戦。

004_34   小雨が断続的に降る神宮球場で、東京ヤクルト対千葉ロッテの試合を見る。神宮に来るのは久しぶり。観客は、ロッテ側の方が多く、ホームゲームのような雰囲気さえあった。

011_22002_30  試合は、石井一久にタイミングをずらされっぱなし。ところが終盤、エラーなどのあと、元ロッテのシコースキーから、里崎が満塁ホームランを打って逆転。ふらふらと上がって左翼線ぎりぎり入った、なんとも情けないものだったが、それでもホームランである。最終回にも小林雅英が 青木にホームランを打たれたり、なんだか勝った気のしない勝利であったが。

 ま、いいか。

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高野公彦を解剖する。

Photo_103 角川「短歌」7月号は「高野公彦を解剖する」という51ページの大特集。私も、〈旅先での高野公彦〉というテーマで書いた。

 ちらちらと見ていると、宮英子さんが、本名の日賀志康彦時代のことなどを書いている。貴重な一文である。

 その中に私の名前が2回出ている。一つは、高野氏の奥さんがいれるコーヒーをごちそうになっているらしいという件。

 もう一つは、山西省で高野氏が超二日酔いになったとき、オーマツ君が「汾酒で憤死ですね」と駄洒落を言っても反応がなかったという件。ともにわざわざ名前をあげるほどでない文脈。宮英子さんに感謝である。

 また、穂村弘さんの「高野公彦氏への二十の質問」のところで、高野氏が「注目する若手歌人」として、吉川宏志さん、梅内美華子さんと並べて私の名前を出してくださっている。これも大きな励まし。もったいないことである。

 その穂村氏からの質問の最後「短歌の未来はどうなっているでしょう?」に対する答えを引用しておく。

日本語が存続すれば、短歌も生き延びているのではないでしょうか。《①難解な歌を減らすこと。②面白いキャラの歌人を増やすこと。》短歌の将来はこの二点にかかっている、と僕は思います。

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メリメロなど。

 研究日。佐太郎論約10枚。「コスモス」詠草7首。『安立スハル全歌集』はいくら読んでもなかなか進まない。

 夜は、フランス田舎料理の店〈メリメロ〉へ。雨は止んでいる。徒歩10分。

Photo_95Photo_96Photo_98Photo_100  海胆のグラタン、スペアリブのリヨン風、エスカルゴと茸(写真にとってもなんだか不明だが)などがうまかった。二人で取り分けると二倍食べた気がした。もうスイカの季節だ。

 こういうものを全て食べてしまうニンゲンというものもすごいが、それを備えている冷蔵庫もすごい。

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公開講座。高野氏。補遺。

 昨日の歌人協会の講座では、インタビュワー三氏が的確に高野氏に質問していたのがとてもよかった。

 高野氏の言葉の一部をメモしておく。

・関東地方との小さなぶつかり合いのたびに、ふるさと愛媛への思いが増したようだ。

・時間がたつと見た風景が濾過される。そうした時間の力を借りて歌を作っているようなものだ。

・死について考えたり歌を作ったりすると、死への恐怖感がすこし和らぐ感じがする。

・自我を消して俯瞰的に物をみると、超越者になれる。(歌の表現という点で)

・現実世界にでなく、コトバへの執念がある。言葉をきちんときれいに使いたいという執念である。

「はるかなるひとつぶの日を燭(しよく)としてぎんやんま空にうかび澄みたり」という歌について。 銅版画風に作ってみた。実際よりも風景を暗く描くといいこともある。遠近法を変えてみる(遠くのものを近く描くなど)も効果的である。

などなど。

 訂正、補足があれば、お知らせください。

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公開講座。高野氏。

006_23  夕刻、現代歌人協会の公開講座。今回は、高野公彦氏に、吉川宏志さん、東直子さん、穂村弘さん(司会)がインタビューする、というもの。@学士会館(神保町)。

 学校の会議にはまってしまい、40分も遅刻して到着。高野氏は、お三方のなぜなぜなぜなぜ、という質問攻めに合っている。

 「棧橋」の方もちらほら見える。中にはわざわざこの120分のために、新幹線に乗っていらっしゃた方もいる。頭が下がります。

Photo_92Photo_93Photo_94Photo_5 8時に終了。小学館地下の〈九州〉というお店(元・サンクス)に12人ほど集まって食事をする。きびなご、からし蓮根などなど。芋焼酎3本が空いた。

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対巨人戦。

Photo_89Photo_88Photo_91Photo_4  あわただしく仕事を終えて、東京ドームへ。対巨人戦。

 わが千葉ロッテマリーンズは、これまで巨人に11連勝中であったが、今日はキサヌキという名のピッチャーにやられた。

 それでも、一死2、3塁からの本塁タッチアウト、二死1、2塁からの本塁タッチアウトが続いたイニングもあって、盛り上がった。

 終盤、予期せず根本のツーランホームランがあったときには、観客の皆さんがどこに隠し持っていたのかと思うほど多くのマリーンズフラッグが揺れた。

 一昨年まで西武の豊田・ロッテの李、昨年までオリックスの谷、日本ハムの小笠原なども見られて楽しかった。

 試合には敗れたけれど、エンターテインメントとしては十分価値のある時間であった。

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智者・悟者。

 昨日の、「コスモス」合同出版記念会。15冊の最後は、『安立スハル全歌集』を高野公彦氏が話すというものだった。(20分くらい。)

 高野氏が「コスモス」に入会した年に、『この梅生ずべし』が発行されて、ほんとうに勉強になった、という意味のことをおっしゃっていた。

 『この梅生ずべし』から3首、それ以後から7首。例えば、

・底なしに青む冬空ささへたつ断崖の秀より寂寥は来る

・また思ふ死にゆくときに人間の眼のやうな眼でわれを見し犬

・大それたことかしらねど何物も持たずすべてを持たむと願ふ

・見たかしり山葵の花に見入りけりわが波羅韋僧(はらいそ)もここらあたりか

・ひそひそと六十五年のかたまりの生きて動いて葱きざみ居る

などをあげて、「深い真理をユーモアの衣につつんで提示している」「智者・悟者と言う感じ」などと述べていた。

 少しづつ読んでいるのだが、いい歌が多くて、すぐにお腹一杯になってしまう感じがする。贅沢なことである。

 

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狩野さんに会った。

 「コスモス」出版記念会。@東京駅大丸の上のルビーホール。この会場を使うのは今回が最後である。

Photo_84 狩野さんが来た。ふつうだった。

 私が12時過ぎに会場に到着するとすでに来ていた。奥さんの赤崎さんともに電車で来たという。黒いニットの帽子。杖もある。少しお痩せか。しかし、意識は鮮明。2月18日に倒れてからの記憶はもちろんないそうだが、その前日の記憶もあるし、そのまえも問題ない。言語明瞭。退院して一週間だという。(リハビリ施設が空いていないので自宅療養ということ。)

 9月くらいを目処に事務室に復帰したいとおっしゃっていた。狩野さんは夏の暑さが苦手である。会う人ごとにみな、泣きそうな顔で狩野さんに握手した。その後、6時過ぎまで会場にいらっしゃった。

Photo_78Photo_79Photo_80Photo_81 Photo_82  記念会の司会は、私が代行した。1時から6時まで。その後、祝賀パーティー。大丸地下のニュートーキョーに移って二次回もふだんどおり。

 みな、狩野さんの復活・復帰という大ニュースのおかげで、幸せな気分の会になった。

 奥村晃作氏のページもご覧ください。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~kosakuok/nisi.html

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狩野さんが来た。

 ご病気だった、というより、生存も危ぶまれていた狩野一男さんが、今日の「コスモス」編集会に見えたという。

 私は、夕方5時くらいに到着したので会っていない。奥村、高野。宮里、桑原の各氏も会っていない。ただ、影山氏が会って、「ふつうにしゃべっていた。手が少し冷たかった」という情報を聞いたくらい。

 それでも、涙が出る。(出た。)

 明日の出版記念会には無理をされないでほしいが、狩野さんの復帰(復活というべきだろう)は、本当に、神様の存在を信じたくなるほどである、というか、信じたい。

Photo_74Photo_75Photo_76Photo_77     そんな嬉しい雰囲気になりながら、いつもの「美たか庵」で、夕食。ソフトバンク対読売の試合を見つつ。いい試合だったが、残念。

 狩野さんには、ゆっくりもどって来てもらいたい。先は長いので、ゆっくりゆっくりお体を大切にして戻ってきてもらいたい。そのためには、周りが迷惑をかけないようにしなくてはならない。

 左上は、砂肝焼き。左下は、京王井の頭線三鷹台駅のホーム。(ここでかつて、宮柊二が電車を止めたとか止めないとか。)

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迢空賞。栗木さん。

 研究日。梅雨に入ったはずなのに、どこに行ってしまったのか。快晴の東京地方である。

Photo_69Photo_70Photo_71  昼は、いつもの〈コパン〉でランチ。キャベツとアサリのサフランソースというパスタがおいしかった。80歳くらいのおばあちゃんが二人、おいしそうにたべていた。そういう方がいると、地域密着の食という感じがしてうれしい。

 夕方からは、迢空賞・蛇笏賞の贈呈式、祝賀会。@東京會舘。(「會舘」とすぐに出るのは東京カイカンのおかげか。すごいものだ。)

Photo_73Photo_72  迢空賞は栗木京子さんの歌集『けむり水晶』。お祝いに参上する。白いキモノの栗木さん、かっこよかった。(手が栗木さん。)たくさんの歌人の先輩方にお会いする。京都の「塔」の方々にも会う。

 一階(シェ・ロッシーニ)での二次会参加してすぐに帰宅。

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河野さんの。

Photo_101  「歌壇」7月号の、河野裕子〈私の会った人びと〉(聞き手・池田はるみ)は、宮柊二とコスモスの歌人、についてである。

 宮柊二という名前も知らずに「コスモス」に入った経緯、高野公彦、坂野信彦、柿崎村彦の「三彦」の歌と思い出を中心に話されている。もう歌をやっていない坂野さん、柿崎さんの歌(どれもいい歌である)がたくさん引用されているのも、河野さんらしい歌を大切にする思い出の語り方である。

 その中で、河野さんが「コスモス」から「塔」に移るとき、宮英子さんに挨拶したときのこと。

「宮柊二ってどんな方でしたか」って尋ねましたら、俯いて長いことじーっと考えておられました。「何だったんでしょねぇ」と、一言おっしゃいました。深いところから出た、お言葉だと思いました。

と言っているのが印象的だった。

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ボス。

 いろいろの一日を終えて、夕飯は高田馬場のタイ料理店〈ボス〉へ。名前はヘモイけれど、きちんとしたお店。

 何をもってタイ料理というのか。酸味と辛味だろうか。パクチーはタイ語で、シャンツアイは中国語で、コリアンダーは英語か。この草が大好きな私にとって、日本語に無いのはさびしい。

Photo_66Photo_67Photo_68 卵サラダ、海老とレモングラスの炒め(これに香り米をつけて食べる)、トムヤムクンなど。

 お店の前のビレッジバンガード(という書店兼雑貨屋)に寄ってから帰る。

 千葉ロッテは連敗を止めている。

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亀治郎。

Photo_100 JR中野駅近くの〈あおい書店〉は数年前まで東急ストアのあったところ。スーパーマーケットのフロアが3つの階から1つの階だけになったのに、書店が残りの2つの階で営業を始めて、いまだに続けているというのは快挙である。

 そのあおい書店をぶらぶらしていたら、『あたらしい教科書』というシリーズを発見。その「古典芸能」の巻を買う。

 いくつもの、いわゆる古典芸能が金原瑞人による若手へのインタビューで解説されていく。

 その歌舞伎の項は、市川亀治郎。

 何をもってすれば、歌舞伎なのか、という問いに、

「僕は、基本的に歌舞伎役者が演るものは全部歌舞伎だと思っています。だから、高麗屋が演じる『ラ・マンチャの男』は立派な歌舞伎だと思うし、(中略)つまり、歌舞伎役者という身体なんです。息遣いとか、間とか。」

と述べている。なるほど。

 これを短歌と歌人に当てはめて考えたけれど、ちょっと無理なようである。やはり、演劇による肉体表現と詩歌による言語表現は求心力が違うのだろうか。

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生徒として。教員として。

 ある教員と生徒たちのちょっとしたトラブルがあって、私も生徒たちに感想を述べた。

 生徒として授業を受けていたときと、教員として授業をやっているときの、一番大きな違いのこと。

 1つ目。自分が生徒だったときは、〈生徒たちの集団対1人の教員〉、というイメージで授業を受けていた。だから、1人くらい集中していなくても目立たないのだと思っていた。しかし、じっさいに教員として授業をしていると、〈生徒ひとりひとり対教員〉×生徒の人数、というイメージになる。

 つまり、教員は(生徒という立場からは気にしないけれど)、意外と、ひとりひとりの生徒のことをよく見ているし、気にかかっているということ。

 2つ目。教員にも「感情」がある、ということ。

 オトナであるし、仕事でもあるので、いちいち感情を表面に出してもいられない。しかし、授業態度や対応が悪ければ、教員だって人間だから、確実に感情を害されるのだということ。(もちろん、きちんとがんばっている生徒に対しては、良い「感情」を持つ。)

 これも、生徒だった時代には気が付かなかった。怒るとか怒られるとか言うけれど、それはもっと冷静・客観的な付き合いだと思っていた。

 しかし、程度の差はあるにしても、教員だって「感情」があるわけで、友人づきあいと同じように、お互いに誠意をもって、人間としての付き合いをしたいということ。

 ちょっと理屈っぽくなりました。

 

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いせや。

 バレーボール部のインターハイ予選の引率で、武蔵小金井の某高校にゆく。午後まで雷が鳴り響く不穏な天気。自衛隊の演習でもしているのかと思ったほど、連続した雷鳴だった。

 結果は、まあ、いつものように残念。指導者がいないのによくやっている。

Photo_63Photo_64Photo_65Photo_2 3月に卒業したばかりのOBが2人来て、審判をやってくれた。ありがとう。ということで、吉祥寺に出て(他の同僚を交えて)伊勢屋で食事をする。焼き鳥の写真を撮っていると、そのOBに、何事ですかと聞かれる。左上は、伊勢屋の前の通り。右上は餃子。

 私だけ6時すぎにおいとまする。

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ジャパノロジー。訂正。

 コメントをいたいたので、調べてみると。

 日曜日深夜の「ウイークエンド・ジャパノロジー」の放送時間は、

 6月10日深夜1時25分~2時12分 

が正しいです。徳本さん、ありがとうございます。

 私も情報は、ディレクターさんからのものそのままで、古かったようです。お詫びして訂正いたします。http://www.nhk.or.jp/nhkworld/japanese/japanology_j.html

 永田さんは、生業のサイエンスのことなら、準備が無くても英語で講演できるとおっしゃっていましたけれど、短歌は語彙を前もって考えておかないとむずかしいですね。

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うすけぼー。

Photo_56 昨日。用あって青山学院短大へ。タカノ研究室。

 昼は近くのナチュラルハウスのお弁当。

 夜は、〈うすけぼー〉へ。

 ウスケボーとは、ケルト語で「命の水」という意味の言葉で、それがウイスケ、ウイスキーと変化していったということらしい。1170年ごろにイギリス人がアイルランドを侵略した時(悪い奴らです)、すでに蒸留酒の製造が行われていたということ。の技術がスコットランドに渡ったようだ。すごい。

Photo_57Photo_58Photo_59Photo_60Photo_61Photo_62 ちなみに、このお店は、ニッカウヰスキー本社の地下にある。ウイスキーも豊富だが、ニッカ製造の焼酎や、和食・中華も豊富。脈絡らくいろいろ食べる。客層は、オジサンが優勢。

 ソーセージのように見えるのは、「ドイツの餃子」という一品。たしかに餃子の香りと味がする。餃子とは何だろうか。

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ウィークエンド・ジャパノロジー。

 NHKテレビに『ウィークエンド・ジャパノロジー』という番組があります。(ジャパノロジーは日本学、の意味ですね。)海外向けの英語放送で、日本を紹介する番組です。せっかくだからということで、国内でも流しているそうです。

 その「短歌」の回の国内放送が、

6月10日(日)の深夜0時40分~1時24分 総合テレビ

             1時25分~2時12分

であります。

 実は、昨年、私が出演の打診を受けたのですが(英語ができるというだけで)、やはり私にはちょっと無理だとNHKの人もわかってくれたようです。

 永田和宏さんが登場します。こういう仕事は永田さんが適任です。

 ピーターバラカン氏と永田さんがどういう話をするのか、楽しみです。ご覧いただければ幸いです。

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巨人戦。

 昨日は〈千葉ロッテ対巨人〉のテレビ中継を見るためにそそくさと帰宅。

 しかし、なんと。巨人戦でありながらテレビ中継がどこでもやっていない。(ここは東京です。)巨人戦・イコール・テレビの時代は終わったのか。

 しかたなく、パソコンで見る。無料のうえ、アナウンサーと解説が千葉ロッテ贔屓である。これがインターネットの力。楽しい。http://baseball.yahoo.co.jp/npb/

 しかし、ずっとパソコンと睨めっこしているわけにはいかない。(原稿を書くときはそうしているのに。)ときどき書斎に来て眺めていた。

 結果は、一昨年からの対巨人戦9連勝。9打席(打数)連続安打のサブローこと、大村三郎選手は、95年の入団。在職年数が私と同じ。私も励まされる。

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スポーツ大会。

 今日は、勤務校の高校の部のスポーツ大会。

Photo_96Photo_97Photo_98  各学年、7種目に分かれて参加。バレーボール、サッカー、ドッヂボール、卓球、バドミントン、バスケットボール、腕相撲、である。かつてあった〈駅伝〉はなくなった。意外と盛り上がるのが、ドッヂボール。すこし恐怖感があるほどの迫力である。(写真は学校のホームページから借用。グラウンドのサッカー、前庭のドッヂボール、体育館のバスケットボール。大目に見てください。)

 改めて驚くのは、生徒たちが、どの競技もだいたいはルールを知っていることである。日本のスポーツ教育のレベルの高さだろうか。他の国では、これほど様々な競技が浸透しているのだろうか。もっと偏りがある気がする。

 勤務校では、中1から高2まで、柔道か剣道のどちらかを週に1時間学ぶ。それでも、選択しない方の武道のルールを、(例えばバレーボールほどに)把握しているとは思えない。

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黒檜。

Photo_93 用あって、北原白秋『黒檜(くろひ)』を読む。

 白秋生前最後の歌集。視力を失いつつある時期の歌集であるが、いろいろあって、「私は寧ろ現在の境涯に於て幸せられてゐる。」と「巻末に」で述べているように、嘆く感じはない。

・春ふかむ隣家(りんか)のしろき花一樹(ひとき)透影(すいかげ)ゆゑにいよよおもほゆ

・な悲しみ霧(き)りてをぐらき我が眼にももろもろの頭(づ)は光(て)りて見ゆるに

・我がほかは日の白光(びやつくわう)にこだましてラヂオ体操の響くあるのみ

・庭に観て眼もひらく今朝のよろこびは雪つもる木々の立体感なり

 などのいわゆる薄明吟がすばらしい。他にも、

・観音の千手の中(なか)に筆もたす手一つありき涙す我は

・夜戦(よいくさ)は月をこもれば黍の根に鳴き澄む虫のその翅(は)すら見む

など、圧倒的な歌集である。さすが、白秋センセイ。

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狩野さんからのハガキ。

Photo_95  病床の狩野一男さんからハガキをいただきました。赤崎さん(奥さま)からの「コスモス」事務連絡に同封されていたものです。

 私信ではあります。無許可ではあります。しかし、狩野さんのことをみなさんがとてもとても心配しているなかで、これほど狩野さんの復活を示す最新の情報はないと思い、スキャンして掲載します。ご理解ください。狩野さんには事後承諾でいいと思います。

 ゆっくりと良くなってくれることを祈ります。

 とりいそぎ。

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パパダニエル。

 昨夜、テレビ東京の「アド街ック天国」で、文京区白山・千石を放送していた。ふるさとである。http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/070602/index.html

 その中にケーキ店〈パパダニエル〉が入ってるのがうれしかった。私が中学生のころだろうか。フランス人(で気のいい)シェフが突然お店を出して、地元に衝撃を与えた。当時の和風洋菓子とは違って、洗練された本場風という感じのケーキだったのだ。番組では、そのシェフが、カヌレを日本に紹介した人物とされていた。知らなかったなあ。

Photo_52Photo_53Photo_55  日曜日の今日。昼は、徒歩1分の〈コパン〉で。木の子のピザ、海老のトマトクリームパスタなど。地味だがしっかりしている名店である。

 夕方から読書会。桑原正紀さんの歌集『妻よ。千年待たむ』を読む。

 

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エルピー。

 今日、考査後の生徒のやる気を考えて、「イエスタデイ」を扱った。ふだんはスティングとかクラプトンとかクイーンをやるのだが、たまには古典をと思ったしだい。

Photo_92  解説のところで、1965年8月に、〈LP HELP!〉の中でリリースされた、という記述があった。それで、(LPという物体は周知のもとして)LPは何の略語かをたずねたところ、まったく反応がない。(ロングプレイイング)学年で一番英語ができる生徒が、「ロスト・ペアレント(LP)」ではないですか、と真顔でいう。親を無くしてヘルプ、というのはいかにも文部(科学)省的なでき過ぎなタイトルである。

 つまり、彼ら17歳には、〈LP〉という概念がほとんど無いのである。〈レコード〉というものの知識はあるようだ。A面とB面の間で裏返しにするというのが驚異的のようだった。

 私(1970生まれ)が高校生のときには、もうCDの世界だった。平成生れの生徒が過去を知らなくてもしかたない。

 生徒の中に、ひとさし指を上から下へ垂らして、「こうやって音を出すヤツですね」と答えた生徒がいた。悔しいけれど、大正解であった。

 スキャンしたのは、ポールマッカートニーの手書きの草稿。大英博物館のショップで見つけたもの。でも生徒は。それってだれですか、と聞く。

 ダイエー博物館は買収されて、ソフトバンク博物館になったんだ、と言うと、すこし反応があった。それが救い。

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あやめ・がくあじさい。

Photo_43Photo_44  研究日。

 近くの哲学堂公園を散歩。まだあやめがある。ショウブとアヤメとカキツバタの見分けが分からないが、水のないところに咲いていればアヤメであろう。

 あじさい、がくあじさいは路地にもある。四葩のうち、内側の一枚が小さいのがかわいい。

Photo_46Photo_47Photo_49Photo_51  そのあと、落合の〈エシャロット〉にゆく。サーモンマリネサラダ、若鶏のローストなど。リーズナブルなので、超満員。狭い店内に27人+屋外に1人いた。(人数を数えるのは教員の癖かもしれない。)

 夕方に家にいると、日脚が伸びているのを実感する。

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