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穂村さんと『甘雨』。

 「短歌研究」5月号の〈作品季評〉では、高野公彦『甘雨』が取り上げられている。横山未来子さんも松坂弘さんもきちんと読んでくれている。

 しかし、穂村弘さんの詠みにはかなわない。穂村さんは本当に高野さんの歌が好きで、本当に理解しているのだなあ、と思う。

 例えば、

・うまいですよね。素直な詠いぶりなんだけど、

・イメージで負荷をかけて無理に作り出したインパクトじゃないですね。

・一連の中に必ず一首は、すごい歌があります。日常の、全然無理しないでそのレベルに。

・人間とか日本とか世界とかの宿命みたいなものが日常の細部から感受できるみたいですよ。

などのコメントを読むと、もしかすると、穂村さんはこの逆を行っているために苦しんでいるのではないかと思ったりする。

 現代短歌の白けるところは、なんだか無理やりに劇的な状況や言葉を作り出して読者に押し付けるところだと思うのだが、高野さんはそうではない。負荷をかけないで、無理しないで、素直に、日常の細部を感受する。それで十分いい歌になる。もちろん、魔法のようなものがあるからなせる業ではある。

そして、

・高野さんの歌集を読むと、短歌は面白いなと思います。

とも言う。うがって見ると、他の歌集はそれほど魅力は感じない、ということか。そうかもしれない。おそろしいけれど。

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