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岡井さんが高野さんを。

 「未来」3月号で、岡井隆さんが高野公彦さんの『甘雨』をとりあげて、褒めている。

 私は、1月号分から「ニューアトランティスを読む」を担当している(掲載は4月号から)のだが、岡井さんの言う、インターネット世代の〈二十一世紀短歌〉が多いように思う。

 転載させていただく。Photo_52クリックすればさらに拡大されるはずです。

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上海旅行・補遺2。リートン。

Photo_48  漢字を眺めているだけで法悦、というのが、中国に滞在する楽しさである。

 例えば、このリプトンのティーバッグのパッケージ。(印刷もきれいだ。)

 「立頓」の発音は、リートゥンであろう。(ちなみに、今、「頓」はオオガイの9画を調べていて、難儀していたところ。簡体字なので、6画が正解。)

 日本では、「YELLOW LABEL TEA」と英語表記なのだが、さすが中国。すべて漢字である。シンニョウに先は、「選」(シュアン)の簡体字。精選ということ。

Photo_44   簡体字も、ひたすらおもしろい。慣れると感動は薄れてしまうが。

 裏面もスキャンしてみた。

 「建議飲法」と書かれるとかしこまる、ということはないか。

 高校時代の漢文教育のせいかもしれない。ただし、今では、ふぁんいーぱおちゃーたいつぁいべいちゅん、と音訓しようとしてしまうようになった。

 西暦なのも助かる。

 

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幸綱さんの反撃。

 角川「短歌」3月号の松村正直さんの時評に対して、4月号に佐佐木幸綱さんが、強烈に反撃を書いている。ちょっと幸綱さん大丈夫か、というような感情をあらわにした怒り方である。

 個人的には、3月号の松村さんの文章は明快ですばらしかったと思う。論点には全く賛成する。ただ、書き方が少々きつかったのかもしれない。私は、幸綱さんだって人間だから読み間違うこともあるねえ、と思っていたくらいであった。

 焦点の、花山多佳子さんの歌2首、

①エレベーターとまちがへてわが家の呼びリンを押す人がゐる年に二、三度

 は、十分にありうる話だし、(フィクションだとして)あり得るものとして提示されていると思う。

②一車輛に乗り合はせたる運命の扉がひらきわれが降りゆく

 の、「乗り合わせたる」が修飾する語句も、私も松村さんと同様に。「運命」としかとれない。幸綱さんはかなり自由に解釈しているけれど、強引過ぎるのではないか。

 また、幸綱さんは、花山作品を取り上げたことを「結社派閥的」としているけれど、松村さんにはそんな意図は無いと思う。作品の優劣に言及してはいないからだ。

 最後に、幸綱さんが松村さんを「三十半ば過ぎの中年男」と言っているのは、同い年の私にとってややこたえた。

 そんなところ。

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中野通りの桜。

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中野通りの桜はかな り咲いている。平均で8分咲きくらいか。(すぐに平均という概念を持ち出すのは教員の悪いところかもしれない。)

 歩道の陸橋から手を触れられるところが自宅を出たところにある。通称「ウチの桜」も咲いている。

 映画「パフューム」を見る。いかにも映画らしい、筋の通ったいい映画だった。ただ、設定が荒唐無稽でやや説得力に欠けたかもしれない。

 吉岡生夫さん著『あっ、蛍』の書評を書かせていただいた「短歌人」4月号が届いている。

 明日からホーチミン。ブログは自動更新します。

 

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ソムオー。

001_14  出勤して、補習と新学期の準備をする。24人分の席がある英語科職員室にいたのは私だけ。でも、やはり全部の蛍光灯を点けないと暗くて仕事ができない。構造が悪いのだろう。アル・ゴアに怒られそうだ。

 昼食は、新大久保駅の裏手のタイ料理「ソムオー」にて。パッタイ(きしめんのような麺の焼きソバ)を食べる。生のニラとモヤシの食感も効いている。サラダもデザートも、独特の香りがする。タイ人の料理人の香り付けなのだろうか。とてもいい。盛りも大きくて満足だった。

002_18   通勤路にあたる戸山(とやま)公園の桜はもう一歩。一番咲いている樹でもこの(←)程度だった。

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青山墓地の桜。

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 用はないけれど、青山女子短大へ。

011_12012_18014_5 青山墓地まで散歩。プラダのお店などを通過する(写真左上)。まだ咲いている桜は少ない。3割咲きというべきか。しかし、中には先を行っているソメイヨシノもある。

 外人墓地のあたりに、知らない(タカノさんも)小柄な木がある、名前をご存知の方はお知らせください。写真の赤い花です。

016_4015_4 その後。いつもの、「ひごの屋」で夕食。

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上海旅行・補遺1。

Photo_38  サッカー雑誌を発見。6元(約100円)。日本の10分の1以下の値段。表紙は、ミランに移籍したばかりのロナウド。

 中国(でなくても外国)に行くと、例えば、日本・イタリアという二国間の関係で視ていたものが、実は中国・イタリアという関係も存在する、という当たり前のことに気づかされる。(酒井順子さん風に言うと、三角関係の発覚ということになるだろうか。)世界は多面的なのだ。それは、世界的スポーツ選手に対する扱いでもっとも実感する。

 それはそうと、なかに、「イタリア人カカ」という記事がある。カカはもちろんブラジル人。すっかりイタリアに溶け込んだ、という記事(に違いない)。

0002_3 卡卡という表記である。「卡」はカラオケの「カ」に当てはめられる文字で、カードの意味でもある。いかにも外国語というイメージだろう。

 中国にはあたりまえだが、カタカナがない。すべての音を中国語に換算しなくてはならない。漢字を使うと、しかたなく意味が入る。

 ロナウドが、「羅納爾多」(簡体字なので、もっとおもしろい)になり、アドリアーノが「阿徳里亜諾」になったり、ジーダが「迪達」になったりする。

 これをおもしろいと思うか否かは、分かれるところ。

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2007.3 上海・杭州⑤

007_21003_19015_3 5日目。  雨の西湖を散歩。その後、「門耳」でお茶。名古屋式朝食のような店。お茶の013_10メニューがもともと1000円くらいからで高い。(お茶は中国式にいくらでもお湯を継ぎ足して飲むことができる。)が、食べ物がバイキング。おこわ、煮物、春巻きなど夕食になりそうなものから、チョコレート、アイスクリームまでなんでもある。砂糖黍もあった。地元の人々が5人10人単位で宴会をやっている。トランプをしている人たちもいる。土曜日の朝10時なのに。休日は教会に行って知り合いに会うという感じだろうか。

017_14019   その後、再び新幹線に乗り上海へもどる。ホームで、おかず選択方式の弁当を売っている。到着先の南駅ではタクシーのながーい行列。急遽、地下鉄を乗り継ぎ、リニアモーターカーで空港へ向かう。

022_5021_1  そのリニアモーターカー(磁浮列車)もすごかった。空港までの30キロあまりを8分で走る(走るというのか?)。最高時速431キロを体験。平均時速220キロ。これが、実用されているのがおどろき。40元(約600円)だから、営業当初に比べて値下げされているとはいえ、かなり高めである。

 ちなみに、地下鉄は初乗り約16円。15駅ほど乗っても約80円。タクシーは初乗り3キロ約180円。

 いろいろと乗り継いで、深夜帰宅。「東京は端正な街だ」という家人の意見。

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2007.3 上海・杭州④

014_4012_15009_19004_20  4日目。西湖、西湖、西湖。シーフーである。

  白居易が知事時代に創ったという堤を歩く。柳が揺れ、桜と梅と桃と蘇芳と海棠がいっぺんに咲いている。適度に観光 客がいる。箱根と鎌倉を足したような感じか。いい季節であった。

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シャングリラホテルで龍井茶。

 日本の曹洞宗の本山という浄慈寺を見学。宇治の萬福寺のような雰囲気。雷峰塔は、数年前に再建された塔。外見は古いが、途中までエスカレーター、4階までエレベーターで上れる。温故知新というべきか。おそるべし。

058055056 清時代の街並みを残したという、河坊街を散策。ふたたび、お茶。飲み物には、おつまみがたっぷりと付いてくる。これがここのスタイルらしい。ひまわりの種、ぶどう、干あんずなど。キュウリがおいしかった。

066064067   夕食は、適当に入った「状元館」にて。店構えの割りに安い。地元価格とはこんなものか。二人で1500円くらいで吃飽。湯葉巻き竹の子など。今回は、竹の子料理が多かったようだ。店員は肉を食わせたがるが、不好(プハオ)を連発して野菜中心にする。ビールを注文するときには、必ず「冰(ビン)」と言って冷えたものを要求するのだが、ここの店員は、生温いビールを冷たいと主張していた。

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2007.3 上海・杭州③

011_9009_15010_11 3日目。午前、人民公園を経て、上海博物館へ。焦点の絞られた展示がいい。

017_15  午後、浦東の金茂大廈へ。88階から展望。広大な平地に1600万人の人口を持つ上海。数年前になかった(と思う)建物群が、「生えて」きているというような感じ。過激な発展のスピードがわかる。東京はほぼ開発されつくしているのだろうが、ここはまだまだ土地があるようだ。或いは、強引な土地利用なのか。隣では、日本の森ビルによる建物も建築中。

 その後、杭州へ移動。

001_13002_14004_18   昨年7月に開業の上海南駅へ。これには驚いた。飛行場のようなシステム。荷物検査007_18もある。今まで利用した鉄道駅のなかでも最高レベル。

 1月に開通したばかりの新幹線に乗る。。一等席(グリーン車)で900円くらい。車両はほぼ日本の「はやて」と同じ。ただし、今のところ最高時速は150キロくらいに抑えられているそうだ。乗客は、いかにもアタマの良さそうな人々が多かった。隣には、6人かたまって、パソコンで仕事をしている30代の男性の一団がいた。こういう人たちが中国を支えているのだろう。

010_6021022_6 夕食は、「知味観」にて。生臭い淡水魚に黒酢の餡かけの〈西湖醋魚〉など。値段に比べて量が多く、注文しずぎる。ウエイターはまったく英語も日本語も話そうとしない。中国語でまくしたてられるばかり。これもナショナリズム的現象なのか。

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2007.3 上海・杭州②

 2日目。

 午前。ホテル近辺を散歩。そこそこ高級な住宅街だが、干し物は中国流。静安寺公園の紫木蓮がきれいだった。002_16013_8009_12 

 昼食は、豫園内の「緑波廊」にて、点心。

 その後、裏通りを通る。平日の昼間なのに、アメ横のような混み具合。路上の床屋や歯医者をやっている。1元(約16円)ショップもある。その後、家人の友人の宅(マンション17階)へ。お茶007_20 014_3006_17009_13をごちそうになる。古い町並みと高層ビルが入り混じる光景を高層から眺める。二 025020_11胡の生演奏とおいしい岩茶をごちそうになる。

 それにしても、電線に洗濯物を干すのはすごい。毛沢東グッズも多かった。鄧小平バッジも趙紫陽バッジもない。

031033  その後、歩いて新天地へ。古い町並みの一角を改装して、綺麗なお店を入れた地区。汐留に表参道の同潤会アパートを入れた感じか。

 夕食は、「シンプリー・タイ」。生春巻き、パッタイなど、タイ料理。

057044043_1 夜は、上海雑技団の公演を見る。これで3度目だが、毎回驚くばかり。演出も衣装も音楽も洗練されてきた。ドラリオンなどの影響なのか。

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2007.3 上海・杭州①

 夕刻、上海着。

 家人の友人に案内されて夕食。マロニエ並木のフランス租界にある「圓苑(ユエンユエン)」にて。どれもおいしい。ナツメの中に餅を入れたデザートは初めて。固めの豆腐をスープや炒め物に使うのはいい。小エビや帆立の貝柱を多用するのもいい。蘇東坡が褒めたという東坡肉(トンポーロウ、広辞苑にも載っている)も食べる。

 初日から吃飽(チーパオ)(まんぷく)。いくらか打包(ターパオ)してもらい、持ち帰る。

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終業式など。

 今日は終業式。

 いろいろあった高校1年の一年間が終わった。一部、悪意のある生徒が弱そうな生徒に辛くあたったりしたが、それを上回る善意のある生徒たちの力によって、なんとかクラスの体裁を保てた、と思う。

002_12003_18 通知票はコンピューター出力にハンコを押したもの。コメント欄などもないので、助かる。

昼食は、いつもの「栄寿司」で、ランチメニューの「ちらし」を食べる。名物のしめ鯖を追加。マスターが無精をして、食べ終わった飯台の中に投げ込んだ結果が、写真の図。ぜんまい(薇、と書くのか)のお浸しや、中トロのぶつ切りをおまけにもらう。とにかく、おまけが多くて、座っていると次々にサービス品が出てくる。このオトク感が常連をつなぎとめる絶妙の商売の上手さという ものなのかもしれない。

006_15007_14  中野通りの桜はまだまだ。

 明日から上海。

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卒業式。すし〈春〉。

 卒業式。

 中学が午前10時から、高校が午後1時から。

 高校の部だけに出席。卒業生395名の氏名、皆勤賞・精勤賞の生徒の氏名をすべて読み上げて起立させる。その他表彰、祝辞関係を含めて、ちょうど2時間。ああ。

 夕方、用あって文京区千石の実家へ。その後、巣鴨駅前の、すし処〈春〉へ。

003_16006_12009_11011_8007_11 白海老、のれそれ、トリガイ、とらふぐの白子炙り(原形をとどめているところがスゴイ)、カキバター焼きなどがうまかった。ひとつひとつ丁寧な仕事である。だいぶゼイタクをしてしまった。

 まだ60代の両親とこうしてお酒を飲めるのは幸せなことだ。母親からは、文京区の状況をいろいろ聞くのだが、離れてちょうど10年、関心が薄れていることが自分でもわかる。父親の逆説的会話(アマノジャクというのか)も変らない。まだまだ健在であるという証明なのだろう。

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狩野さんのいない編集会。

 職員会議、補習を終えて、「コスモス」編集会へ。

 4月号の「コスモス便」で、宮英子さんが触れられているように、編集室勤務の狩野一男さんが前回の編集会の翌日に急病になられ、いまだ御入院中である。ちょうど4週間になる。その間、てんやわんやなのだが、これも宮英子さんのお書きのとおり、連繋を密にしてなんとか乗り切っている状態。

 今日も、編集室に向かう途中、もしかしたら、狩野さんのご病気というのは昨日までの冗談で、ドアを開けたらいつもの調子の明るい狩野さんの声が聞けるかもしれないと、ありえない期待をしていた。しかし、現実は現実。狩野さんの席は空いていて、机の上に書類が山積みになっていた。事務的にも、いかに狩野さんの判断を仰いでいたことが多かったか、ほんの数時間で思い知った。狩野さんからのメールが来ない日々は寂しい。

 一日でも速い快癒を願うばかりである。ほんとうにほんとうに願う。

001_12002_11005_13 しかし、狩野さんがいなくても、他の委員はとりあえず元気にやった。元気なふりをしてやった。そして、いつもの「美たか庵」に行き、狩野さんのことを考えた。サービスのお新香、いつものカキフライ(来月は時期は時期外れか?)、野菜炒め、鯖の味噌煮、かつ煮などを食べる。

 しかし、大きな存在が欠けていたように思っていたのは、私だけではないだろう。

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記念日。コパン。

010_5  ちょっとした記念日。自宅から徒歩1分のイタリア料理〈コパン〉へ。コパンはフランス語で「仲間」。英語で言うカンパニーだろうか。

 生ハムがうまい。きどった料理屋のような、うすーくてしょっぱい感じではない。(メロンもない。)田舎風のぎこちないカットがいい。上品なのがいいと限らないのは、短歌も同じ。  

007_9 トリッパ煮も好きだ。ふつう、トリッパとは、牛の第2の胃(ハチノス)のことだけれど、ここではギアラ(第4の胃)も入っているという。自分で作ろうとすると、たぶん下茹でとか臭い消しとかたいへんなんだろうなと思う。もともとローマの下町みたいなところ(東京で言うと浅草とか?)の食べ物(しょせん。モツ煮込み)だから、気取って食べるのもおかしいのだろう。

016_3 この店のピザはうまい。いい釜があるのか。いつもパリッとしている。きょうは、ジェノバ風。魚介たっぷり。アサリの水気が抜けて味が凝縮されている感じ。バジリコの香りが焼かれて増幅されている。食べきれない残りは持ち帰る。

 とてもありがたい気持ちになる。合掌。

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解散会。

 「学年解散会」があった。高校は1学年9クラス。主任・補佐(副担任)を入れて14人のメンバーがいる。担任陣は変わらないが、補佐が入れ替わるので、3月にはいちおう「解散」ということになる。

 高田馬場の居酒屋「海へ」に集合、のち「土風炉」に移動。

 英語科の会と違って、同じ集団を担当しているので、どうしても生徒の話が中心になる。多方面からの観察は、ときに意外な面あり、ときに共通点ありで、参考になる。だれかが貶せば、だれかがフォロウするという流れになる。そうでないと救いがない。

 考え方の相違も明らかになる。例えば、あるバスケット部の顧問は、クラブ活動は絶対にサボってはいけないと主張する。私は、たまには気分転換のためサボってもいいと言う。練習日が多すぎると不平を言いながら練習に出つづけるよりも、たまにはプイっと練習を休んでしまう方が潔く健全だと思うのだが。納得してもらえない。

 学校も同じで、たまには(とても天気がいいとか、急に海が見たくなったとかいう理由で)サボってしまう生徒がいてもいいと思っている。(実際、たまにそういう生徒もいる。)もちろん、バスケの先生には否定される。

 いろいろな大人がいるから、集団として機能するのだというまとめになってお開きになった。

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鯨のベーコン。

004_15  所用で新宿へ。東口の〈安具楽〉で、〈鯨のベーコン〉を食べた。

 鯨を口にしたことがないという20代の人のリクエスト。赤く縁取りをしているのは、昭和中期の名残なのだろうか。

 鯨という流れから、給食の話になる、私の小学校時代の前半には、鯨が献立にあって、お米が出なかった。後半はその逆。お米が頻繁に出るようになってうれしかったが、鯨の龍田揚げが消えた(ように思う)のは残念だった。過渡期であったのだろう。

 高野公彦さんは、関東に来るまでは、鯨は食べなかったという。(瀬戸内海に鯨はいないようだ。鯨といえば、高知県か?)また、小学校のとき(愛媛県長浜町)は、昼食はみんな自宅に帰って食べていたという。のどかなものである。

 現在、公立学校の給食一食にかかる経費は800円~900円であると聞いた。給食のオバチャンの実働日数を考えればそうなるかもしれない。なんだかなあ。

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送別会。文流。

 英語科のある先生の送別会。高田馬場の〈文流(ぶんりゅう)〉に行く。33年目という老舗のイタリア料理店。じつは、ここはときどき来るお店で、気分的には自分のホームグラウンドに他のセンセイたちが来てくれたような奇妙な感じ。16人が集まる。

006_10003_14004_17   3リットル瓶の巨大ワインを開けて、楽しく宴。ふだんはじっくりと話をできない人ともよく007_8 話す。シカゴ人のセンセイは防衛庁の「省」への格上げ問題について、北朝鮮の核開発モンダイについて、聞いてくる。日本語でだって考えたことはない。しどろもどろに答える。他にも、旅行や家庭の話など、日本人男性教員同士ではわざわざ言わないような内容が、外国人のセンセイを触媒にいろいろ出てきておもしろかった。ワインのおかげかもしれない。

 小麦をそのまま食べるサラダが珍しかった。他にもいろいろ。会計してみてびっくり。みなさんよく飲んだ。 

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秋田県散歩。

Photo_35 昨日の読書会は、「街道をゆく」29巻(秋田県散歩・飛騨紀行)の最初100ページ分。

 このシリーズは、基本的には司馬遼太郎の雑談である。話があちこちに飛ぶのがいい。

 繰り返し登場する事柄も多い。例えば、この巻でも、戦時中の戦車部隊の話が出る。終戦時におけるソビエトの領土侵略を怒る。菅江真澄についても過去に何度か読んだ。それでも、詳しく覚えているわけではないから、何度読んでもいいのである。

 西行が、実際に象潟(きさかた)に行ったのかどうか考えるくだりで、窪田章一郎氏、安田章生氏が否定的なのだが、司馬さんは、

ただ私は研究者ではないから、西行が象潟へきたということは一議もなく信じている。

 というところ、おもしろかった。他にも、西行と能因について、

若いころ北面の武士(佐藤義清)だった西行も、能因と同様、恋によってこの世のにがさを知った。そのすえに出家したというより、能因と同様、自由の境涯をのぞんだのであろう。

 うんぬん、と書いてある。ここだけ引用してもわからないけれど、その書き方はなんともいえない味である。

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カメこ①。

「棧橋」のSさん(バンブースピリットさん)から、倉敷の古本屋「蟲文庫」さんのページを教えていただいた。http://homepage3.nifty.com/mushi-b/中には、猫にちょかいを出すカメちゃんがいてかわいいかった。

 ということで、うちのカメ3匹にも登場してもらう。上の3枚が、クサガメのミニラ(たぶん雄)。愛嬌がある。ふだんは浅く水を張った水槽にいるが、一日一回、ダンボール箱に入れて乾し、たまに部屋を散歩させる。ヒーターの下に入って、背中をゴリゴリやるのが好きである。人間の足の甲にも上ってくる。靴下の匂いが好き。

018_10001_10006_8 下の二匹は、タイワンハナガメのデルピエロ(雌)とトッティー(雄)。高野氏からは、カメに命名するなんてばかげていると言われる。

 真冬でも日中は暖房を必要としないマンションの南側にいるので、冬眠しない。冬は活動は鈍るけれど。(赤と灰色の浮遊物011_6は餌017_4である。)

   

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ナビイとかまど。

 自宅採点日②。東京大空襲の命日だ。

 花粉症の小症状は〈アプラチン〉の錠剤で抑えているけれど、花粉が体内でワルサするのは防げないのかもしれない。身体が必死に何かと戦ってる感じがする。がんばれ、カラダ。ホメオスターシス。

005_11007_6 夕方、新宿駅ビルの「ナビィとかまど」という沖縄料理のお店に行く。きちんとした企画が、きちんと実行されている感じの料理店。

 沖縄料理は好きだが、実はなか009_9なか 食べる機会がない。

 島らっきょう(東京のものより細めで濃厚ならっきょう)、シマアジ・シイラ刺身、ミミガー(豚の耳スライス。台湾料理のものよりあっさり味)などを食べる。中でも、フーイリチー(←)という、お麩に卵を浸み込ませて炒めてあるものがうまい。こういうものを食べていれば(そしてお酒を飲まなければ)長生きするかもしれない。

 泡盛は、すっきりした香りでウォッカのような「残波」、甘さ濃厚で日本酒のような「カリー春雨」を飲む。カリー(嘉例)とは、「沖縄地方でおめでたく縁起がよいという歓びを表現する意味の言葉です。」という。同じ泡盛の種類とは思えないほどの対極的な二杯であった。(http://www.sakesake.com/item/kurabetu2/30/2-30-3.html

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セルティク。フラガール。

 期末考査の〈自宅採点日〉。

 それはさておき、録画しておいた〈ミランvs.セルティック〉を見る。集中力の途切れないすばらしい試合だった。

 グラスゴー(スコットランド)に本拠地のあるセルティクだから、それらしい名前の選手がいてうれしくなる。

 McGeady、McMannus の2人には、Mc(~の息子)がついている。アイルランド、スコットランドなど、ケルト系の名前だ。McDonald や McIntosh などとも同じである。  

 Lennon という赤ら顔をした白人の選手もいる。かの、ジョンレノンは、リヴァプール出身。リヴァプールは、貧しかったアイルランド人がイギリスに出稼ぎに来るときの窓口港であった。ジョンレノンの祖先はアイリッシュなのだろうか。

 そのあと歌舞伎町に、映画「フラガール」(李相日監督)を見に行く。

 なぜか1000円。なぜか英語字幕付き。(英語では、Hula Girls ときちんと複数形になっていた。)

 良質の日本映画。ちょっと泣いた。名作を超える佳作という感じ。もっと早く見に行くんだったなあ、と思う。まだ全国65ヶ所でやっています。ぜひ、見てください。(詳細は以下。)http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/tymv/id324255/

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HR委員長。

 試験最終日。クラスのホームルーム委員長(いわゆる学級委員)を労う会。

 突出した存在の生徒がいない場合、リーダーとして他の生徒の協力を得るのは大変である。成績だけが良くても、人格だけが良くても円滑に周りを抑え込めない。ある種のいい加減さを持ち、教員との微妙な距離を置くこと002_9も必要だ。強い権限があるわけではなく、下働きの要素が強い。ストレスに感じる生徒もいるようだ。

 選出は、立候補、投票などにもよるが、私の場合、指名してしまうことも多い。大人から見て不適格な立候補者や、からかいの票が集まったりすると、クラスが混乱する可能性があるの003_12で、しかたないと思っている。

 委員長ほか5人を連れて栄寿司へ。〈ちらし〉に、鯖、穴子の握りをおまけにつけてもらう。 (栄寿司には座敷もあって、そこならマスターも入れてくれる。)

 生徒たちの話題は急回転してゆく。これが10代風なのか現代風なのかは知らないが、もっと話題を煮詰めてゆくということをした方がいいんじゃないかと思う。そう思う私はもうおじさんなのかもしれない。

 まあ、高校生なんて、そんなものかな、と思っていないとやっていられないことが多いのだ。

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サンゲタン定食。

  月曜日から、4日間の学年末考査。考査のときは、昼に外食することもある。

 韓国料理〈韓友家・ハヌガ〉へ。どういう意味なのだろう。韓国の友達の家なのか。

001_8  「サムゲタン定食」を食べる。本物の参鶏湯のように、若鶏のお腹に、もち米を詰め込んであるわけではない。白米が別にあって、ぐつぐつしているメインの器に入れる方式。ナツメも朝鮮ニンジンも栗もちゃんと入っているし、鶏の骨も崩れるほど煮込んであるので、すべて食べられる。本場では、各自が塩を足して味付けするのだが、ここでは、日本人向けに最初から絶妙の味付けがされている。

 ご飯に汁物をかけるのが日本文化で、汁物にご飯を投入するのが韓国文化である、と聞いたことがある。

・蔘鶏湯はふはふ食へり倭奴か日本人かいづれぞわれは (高野公彦『天泣』)

 を思い出す。それぞれ、蔘鶏湯(サムゲタン)、倭奴(ウエノム)、日本人(イルボンサラム)とルビがある。うまい。

 ついでに言うと、同じ一連の

・日本酒を注(つ)げば新羅(シルラ)の徳利は良きひびきせりチャルサックチャルサック

 という歌のオノマトペは、実は、高野氏の創作ではない。

 茨木のり子さんの『ハングルの旅』(朝日文庫)に、「波の音」として紹介されている。それを歌に取り入れた氏の感覚はすごい。

 勤務先の近くにはコリアンタウンがあるのだが、なかなか行かず仕舞いである。もっと開拓したいものだ。

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『雲母集』

Photo_34  用あって、『雲母集』を再読。

・丸木橋(まるきばし)の上と下とを真白きもの煌々(くわうくわう)として通りけるかも 

・浦安橋春の鴎は自在にて橋のうへを飛ぶ橋の下を飛ぶ (『水行』高野公彦)

は、どことなく通じるものがあると発見する。(高野氏は、とくに意識した作品ではなく、偶然だ、とおっしゃる。)

 他には、

・生きの身の吾がいとしくもぎたての青豌豆の飯(いひ)たかせけり

・豚小屋に呻(うめ)きころがる豚のかずいつくしきかもみな生けりけり

・水あさぎ空ひろびろし吾が父よここは牢獄(ひとや)にあらざりにけり

(けり、ばかりだ)など、生命礼賛の力にあふれている作品を、今はいいと思う。しかし一面、家族を含めて他人との関わりがあまり出てこないところからすると、孤独の裏返しなのかとも思う。
 とにかく、何度読んでも、堂々として大きく、原始的なよろこびに満ちたすばらしい歌集である。

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きむら。

 春の嵐の一日。

 自宅近くの〈きむら〉に行く。

 「加賀料理」と いう看板だけれど、気取っているところがない、居心地のよ003_11005_10012_12い小料理屋風のお店。ひな祭りにちなんだ(?)盛り付けの前菜、鯛の海鼠腸和え、鰹タ011_5タキ、ヨモギ饅頭フキ味噌入り、ちらし寿司など、驚くような素材はないが、どれも的確な味。ホタルイカが3つの皿に入っていたのは北陸の季節料理らしいか。獣の肉はゼロであった。

 お酒は、弘前市の〈豊盃〉(ホウハイ)をいただく。真昼の虹のような幻想的な味と香りである。こういうお酒を飲むときは、水を飲みながら飲む。少量でも充足感があった。

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私の野球に署名できます。

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 今日の東京は、春の陽気。コートが軽くなって、からだ全体で春を感じる楽しさがある。

  3日の「朝日新聞」夕刊に、こんな写真が出ていた。

 少年の持っているボードには、

「松坂氏、あなたはどうか私の野球に署名できます」

と書いてある。

おそらく原文は、

 "Mr, Matsuzaka, could you plelase autograph my baseball?"

だと思う。(autographを動詞で使うとして。)

  まず、日本人だから(?)苗字で呼びかけるという礼儀を尽くす。日本語だから主語を入れねばならない。オートグラフは署名、ベイスボール(野球用のボール)は野球、と辞書にある。さらに丁寧に尋ねようとする気持ちを込めている。

 ふつうなら、「マツザカさん、サインしてください。お願いします。」と書くべきなのだろう。こういう、不可思議な日本語を見かけると、心底いとおしくなる。おそらく私の英語もそういうものだろうからだ。

 英語では、こういう場合、どういうのか。知りたいところです。

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授業の数。

 今日の授業をもって、3学期(つまり年間)の授業はすべて終了。来週から期末考査に入る。

 年間どれくらいの授業があるのか。

 今年、私が担当した週3コマの授業を例にとると、多いクラスで73回(少なくて72回)であった。1学期25、2学期30、3学期18。これに定期考査5、実力考査2を加えて、79回が年間の時数ということになる。(休講した3、4回分は含まず。)

 『DUO 3.0』という英単語帳の小テスト(クイズと称する)だけでも24回やっている。全部覚えれば、1500語以上の内容である。

 定期考査5回×各4日、実力考査2回×各2日を足すと、年間で24日分は授業の代わりにテストをやっている計算になる。かなりの日数である。どおりで、試験を作って採点してばかりいる気になるのだ。(そして、生徒は、またテストですかあ、と言うわけである。)

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ひごの屋。

 昨日のつづき。

 茂吉の墓を見た後、歩いて表参道まで戻る(15分くらい)。高野氏にはなるべく歩いてもらいたいと思う。

 青山墓地から青短のあたりは、土屋文明『青南集』の世界(つまり南青山)なのだが、そのあとかたもない。キレイキレイな建物ばかりである。美容院が多い。カリスマ美容師とかカリスマ洗髪師とかいるのだろうか。

029_5024_2028_1003_10005_8  いつもの〈ひごの屋〉で、麦焼酎〈とっぺん〉を飲む。じゃこ豆腐、「せせり」(鶏の首のあたり)の山椒風味焼きなどがうまい。焼き鳥の中央にある「ねぎだれ」もうまい。葱をたたいてゴマ油をつけている(と思う)もの。これだけでもつまみになる。

 中島みゆきの「寒水魚」の話で盛り上がる。「傾斜」「歌姫」「捨てるほど愛でいいから」などを(レバー、砂肝など食べながら)小声で歌う。

 短大図書館前の斑入り椿にも盛りであった。

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茂吉の墓。

013_7018_6009_8020_10011_3  用あって、青山学院短大へ。用が済んで、青山墓地まで散歩。15分くらい。斎藤茂吉の墓へ。

  昨年、斎藤茂太氏が亡くなったのだが、茂太氏の手で斎藤家のお墓は再建、整備されていたようであった。(3基のうち、いちばん左にあるが茂吉の墓、中央が斎藤家の墓、右が墓碑銘。)茂太氏てる子氏と同じところに埋葬(分骨)されているということで、あらためて、茂吉が斎藤家の主であり、生活人でもあったことを意識する。なんだか生々しい。

 そのほか、志賀直哉の墓、外人墓地などを見る。時枝誠記、吉井勇も青山墓地に埋葬されていることを知る。白木蓮が咲いていた。

 高校生のとき、渋谷から文京区の家まで徒歩で帰ったことがある(終電がなくて)。そのときに青山墓地を通過した強い記憶がある。そのとき、あらためて茂吉の墓に来るとは思わなかった。

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